Ⅰ 6-8
実際、ギャプみたいなものは感じたそうです。
此の傾向は地方である程、田舎である程――田舎と言ってもコンサート会場は貴教の地元であるヤ○(文化ホール )を除ては全て県庁所在地以上の規模の都市ではあったが――顕著であった。観客が「(アーティスト)T.M's.Revolutionのパフォーマンスを観てみたい」というよりは、「ティーエム何ちゃらとかいうあのオモロいあんちゃんを見に行こう」という感覚なのはステージの上からでもイヤになるくらい明らかだった。
観客の抱くテレビの番組のトークから視聴者が見て取ったキャラと実際にコンサートで観るアーティストとのギャップ。そういうのが嫌であれば、完全にとは言わない迄も可成りの部分は削いでしまう事も貴教には出来た。音楽番組のトークのコーナー(実は貴教は音楽番組以外には意外な程出演していない。特に若い頃は。次期SIGA県知事とか騒がれる様になった後年とは異なり)で、俳優としての長○剛が「家○ゲーム」や「親○ゲーム」で演じていた様なキャラを一気に「と○ぼ」の英二にキャラ変しまえば良いだけである。この時点で最早一流アーティストととし十分な人気を博していたのだから。ドカンドカンと視聴者に受けまくる(元来フルスイングをしなくともスタンドに届くだけの長打力はあるし、それでいて元からしてハイアベレージヒッターでもある。“桶狭間”ではほぼ知名度がなかったこともあり、オーバーヒートしそうなくらい気合いがはいっただけである。そんな事情が背景にあったが故に、V-MAX発動からの強制冷却みたいなことになったのである)トークを披露して注目を集める様なこと等しなくとも、ステージに立ちたい会場を押さえ、解ってくれているオーディエンスの前で(当然SOLD OUTである)プロフェッショナルとしてのパフォーマンスを披露すればいい――既にペイ出来るかどうかなど考える迄も無いレベルには余裕であったのだから。
だが、貴教はそうはしなかった。オファーされた音楽番組は基本断らなかったし、トークでは相変わらず持ち前のサービス精神を発揮して爆笑をとりまくり、本職の歌では言わずもがなの出色のパフォーマンスを披露した。そして、コンサートツアーは会場を厳選するどころか寧ろ拡大した。 それはツアーの日数や公演回数を増やしたというの留まらなかった…、どころではなかった。貴教は敢えて全国津々浦々、どころか各都道府県の二番目、三番目の都市を廻るツアーを敢行したのである。
「これまで誰もやったやったことのないことをやる」「あっと驚くことをやる」――貴教の信条である。故に「『こんなん違う』とドン引きされる」にも立ち向かったのである。歌で以って成す革命の闘士として、生粋のエンターティナーとして、そして、抜け目のない近江商人として。
それでも更に地方へ、ギャプが大きくなるであろう地へ赴く。そのこころは…。




