Ⅰ 5-29
「あの絵はいくらくらいするの?」
(子供の率直な疑問みたいな質問だがこの際しょうがない。急場を乗り切るのが第一だ)
貴教は一枚の絵を指さした。
「そんなに高い絵じゃないと思うわ。有名な画家の作品じゃないし。アタシ知らないし」
描かれているのは法服を纏った裁判官の肖像である。高い椅子に腰を据え、椅子の燦然たる輝きが、複雑な色調で浮かび上がっていた。が、奇妙な事に、此の裁判官は威厳を示して悠然と座っているのではなく、左腕は背と肱もたれに押し付けていつが、右腕は全く自由にさせ、微かに肱の持たれを握っているだけであり、次の瞬間には烈しいそしておそらく憤怒に燃えた身振りで飛び上がり、何か決定的な判決をすら下そうとする、そんな規気勢が感じられる。
「そんな、有名だったらあんなヤツの絵なんか描かないわよ。いくら金を積まれたって」
「あんなヤツ? 知っているのかい? この絵の人物を?」
(描いた奴も描かれた奴も生きているのか)
「そりゃあ知っているわよ。ちょくちょくここへ来てるもの。あの男の若い頃って注文で描かれているだろうけど、実物は全っ然似てないわ。チンチクリンでハゲでデブでブサイクなくせに、ひどい見栄っ張りだからこんな仕上がりになったんでしょうね」
「どんな地位の人?」
「予備判事よ」
反射的に脳裏に“吊るし上げ”の場面を浮かべた貴教であったが、
(あの場にこんな格好したヤツいたか? テ○アイの黒服が仕切っていたし、あとはムダにノリのいいサディスティックなオーディエンスだけだったような。フロアディレクターじゃなくて、総合ディレクターみたいな地位の奴ってこと? だったら、あの“和也”っていうのはどういうポジションのヤツなんだろう。あのテ○アイのボンボンみたいなのは。
取り敢えず、ニッポンの司法、一般人の知らない“裏”多すぎんか? 『ここ本当にニッポンかよ』って“裏”多過ぎんか?)
ますますデ○ープ・ステイトの影が見えてきた気がする。
「タカノリ、自分の訴訟の事で頭がいっぱいなのね」
「そ、そんなことはないよ」
「タカノリって、すっごく強情なんだってね」
「誰がそんなことを」
そりゃ、プロフェッショナルのアーティストなのだから作品に妥協はしないのであるが。
(「アタシの友達のファンの娘」っていうオチか?)
「それは話せないんだけど」
(うわ、何か気になる。俺の知人とかにいるってこと? そいつが?)
「名前はどうしても困るの」
!
この一言で貴教は気付いた。
Ⅰ-5「おばあちゃんといっしょ」あと残り三話です。




