Ⅰ 5-11
「俺は俺なりに最善の策で臨むよ。なあに。本当に本物の無罪なんだからきっと何とかなるよ」と、自らをも励ますような言葉を口にしようとしたのだが、インターセプトされてしまった。勿論、ばあちゃん――ふみこに。
「だったらとっとと行くわよ!」
そう言うとふみこは立ち上がり、テーブルを回り込むと、貴教の右手首をガッチリと捕まえた。
「へっ?」
それから引っぱられた。結構な御老人とは思えぬ力で。
「えっ? ちょ、ちょっと…」
貴教を社長室の外迄引き摺り出し、最初に行き会った社員に、
「ちょっと、たーぼー借りますんで」
と言うとぺこり例をして更に孫を引き摺ってゆく。
「ちょっと…。何処へ…」
エレべーターの前迄連れていかれた時点で今日の仕事はもう諦めた。甘えられる所、人に任せられる所は既にあらかた分担させているので、貴教がこなしていた仕事は貴教本人でなければ替えがきかないのだからしょうがない。
エレベーターが一階に着きチーンとなってドアが開くとすぐにまたふみこは掴んだままの右手首をぐいと引っ張ったがもう負荷は無い。貴教は素直に従っていた。つかつかとおばあさんらしくないストライドでフロアを横断するふみこに、貴教は改めて訊いた。
「一体何処に行くつもりなの?」
「ついてくればわかるよ」
なんだか嫌な予感がした。
ビルの外に出て、雑踏をかき分け、路肩迄やって来ると、ふみこは手を挙げてタクシーを止めさせた。後部ドアが開き、祖母と孫は車にのった。ドアが閉まると、ふみこはドライバーに言った。
「“ケン”のところまで」
「“ケン”?」
“ケン”と聞いて反射的に貴教の脳裏に浮かんだのは『北○の拳』の「世紀末救世主伝説」のあの胸に七つの傷を持つ主人公、昂る度に下に着ている赤シャツはおろか革ジャン(?)迄をもお釈迦にするマッチョマンだった。
(救いが欲しいんかな? やっぱ追い込まれてんのかな? それとも疲れていんのかな? 俺。真っ先に連想したのが、世紀末の救世主って…)
だが、問題は其処じゃあない。
(いきなり「“ケン”のところまで」で通じる訳がねえじゃん。「東○都 ハ○セイコー」でファンレターが届くみたいにいくかよ。“ケン”どんだけ有名なんだよ。少なくとも俺はそんな超有名人知らねえぞ。“ケン”ったって、只のケンだったり、ケンタだったり、ケンジだったり、ケンゾウだったり、ケンタロウだったり、とんでもなくバリエーションがあるぞ。それなのに“ケン”って…。それだけで特定の場所へ行けって…)
それなのに…、
「承りました」
ドライバーの返事に貴教はビビった。
(何それ何それ何それ!)
持ち前の知識欲もあって、職業柄流行の最先端はキッチリと抑えているつもりの貴教であった。
(それなのに)
貴教にはわからなかった。
知らなかった。
(“ケン”。其れだけで通じる存在。一体何者なんだ?)
若しかしたらば、どこかのお店の名前だったり、何かしらの施設の愛称だったりするのかもしれないが…。




