Ⅰ 4-21(「作者雑記」)
前書きとも後書きとはちょっと違うなあと感じたのでこういうかたちを採らせて頂きました。
「作者雑記(本篇とは少々離れます。全くの無関係とい訳では勿論ありませんが)」
本篇の主人公・貴教のモデルである西川貴教氏は昔実家で犬を飼っていたそうで“彼女”の死を電話越しに知らされた時(氏は当時既に家を出ており、時期的にはT.M.Revolutionのプロジェクトが発動される一年程前の事だったそうです)、「もっと一緒にいれば良かった」という後悔も含め、色々と考えたそうです。そして、そんな経験を経て、西川氏は『疾風』(『ザ・テレビジョン』連載時の元々のタイトルは『ウラ☆ハラ塾』)こんな事を言っています。
「僕はそれ以来、犬を飼っていません。きっとこれからも、よほどのことがない限り、犬を飼うことはないでしょう。彼女の死に目にあえなかった僕の、せめてもの罪滅ぼしとして。」
西川氏の其の後の著作である『おしゃべりな筋肉』には明らかに犬と同居している描写があるのですが、この間に氏に、如何なるの気持ちの変化があったのでしょうか? そりゃ、人間です。生きているうちに考え方が変わるなんていうのは幾らだってあるでしょう。ですが、私にはそれなりに調べてはみましたが、其れが何だっのかは分かりませんでした。
御存じの方、教えて戴けないでしょうか?
そこのところが分かれば、史実準拠でまんま“原作”に沿ったものになるか、“原作”をなぞっているようでいて実はトンデモ与太話になったりするのかは判りませんが、作者なりになるべく丁寧に描いてみたいところではありました。命に対する向き合い方という意味で。だって、西川氏が日々本人がいき過ぎと認めてる筋トレで培っている筋肉なんて、生命が纏う、生命が彫琢した、生命の鎧そのものじゃあないですか。生き様が出ていると想うのです。だから、其処の処は命というものを特に強く扱っている此のパートでもっとやりたかったなあとは……。
まあ、本小説の作者としては西川貴教氏に関する限り知りうる限りは全てを知っておきたいというのが本音ではあります。ペットの件以外にも。其れは其れで流石に如何ともし難いでしょうが。
唯、私にも解っているところはあります。少なくとも貴教(本篇主人公の方)はアウラングゼーブと死別した後はほぼトラウマの様な喪失感のあまり、頑なにペットを飼う事を拒否していましたが、其の後スポンサーの都合やら、周りに薦められたりした事もあり、シー●ン(@S●GA)を育成したりはしています。ポ◯モンのトレーナーにはなりませんが。だって、手塩に掛けて育てたポ◯モンが痛めつけられるところも、逆に人様に手を上げるところ等も見たくなんて無いんだもの。
更に其の後、とある“罪(私が用意している処の、私が事あるごとに“V-MAX”と称している本物語ーー此の小説の根幹を成す核心事項です)”により出廷させられる時点では犬を飼っており、毎朝起床して最初にこなす貴教の日課は意見のトイレの掃除であり、 仕事と仕事の間でポッカ〜ンとする時間ーー本篇の主人公・貴教にとっての癒しとなっています。
次回からは、Ⅰの5に移ります。
物語は回想から現在(物語内の時間軸で)に戻ります。
あと、貴教の血縁、実際の西川氏の親族がモデルのあの方に御出演願います。
一つ御安心を。ストーカーをやったり探偵使って調べさせたとか、西川氏の御迷惑になる様なことをして調べて上で造形したキャラクターを出すこと等絶対にありませんし、私はしません。そんな金もないですし。まあ、西川氏は其の方の事、番組でネタにしちゃっていたりしましたけど。其れをモデルにさせて頂いた方に出演して頂くという次第でして…。西川氏のファンならおそらく察しがついているでしょうね。「ああ、あの…」って感じで。
因みにじいちゃんではないです。じいちゃん程此の物語に、もっと言うと貴教に大きな影響を与えたキャラクターはいませんし、そういうキャラクターは今後物語が終了する迄もう出てきません。
ただ或る意味、キーとなるキャラクターではあります。其のとある方は。其のキャラクターは此の小説のストーリーを進める上では必ずしもそうではありませんが、此の小説のストラクチャーを或る意味象徴していたんだなというイメージを、此の小説が完結し、全貌が明らかになった後で見返してみると、読者の方々には持って頂けるのではないかと想っています。
物語全体の骨格はほぼ最後迄出来ていますが、肉付けが全然追いついていません。“V-MAX”を発動させるところ迄すら未だそこそこあります。いつになったら「V-MAX、発動! Ready! 」となり、物語を完結される処迄もっていけるのやら……。
先日、“王国”KAD◯KAWA“は「“勝ちパターン”の敗北を認めた」のが記事になっていました。「異世界もの」「なろう系」に頼り、そういうのばかりを出版してきた結果、それらは赤字を計上したのだというのです。類似したものを過剰供給し過ぎたという事でしょうか。
そんなことがあったりすると、私の書く様な誰もやって無さそうというのもあってもいいんだなと、勝手に前向きに考えています。
「なろう」の“本拠地”でこんなものを書いていたってあり(?)だろう、と。
兎も角も、また幾らか書き溜めた後、Ⅰの5をアップしてゆきます。
連載を再開し出した(順調にいけばまた数カ月後という感じになると想います。何しろ元々遅筆な上に少々色々と患っていて不健康ときているので確約は…)ら、宜しければまた読んでやって下さい。
作者は喜びます。
長文に御付き合い下さり有り難う御座いました。
それだはまた。




