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Ⅰ 4-7

浮上の気配すらありません……。

 あの南方貴教其の人が、である。

 「人間は固有の心理構造が故に自我の存在を超えて死後も存続する様な何らかの対象に結びつかない限り生きていくことなど出来ない」等というの此れ迄数えきれない程の人間の共通した感想であり謂である。そして、そう成らざるを得ない理由というのは詰まる処、「全くの非業の死は遂げたくない」――たったそれだけの人間の欲求である。 

 人の欲――業と謂ってしまってもよいだろうか。

 「生というものは其れに何らかの存在理由が認められる時に、或いは労苦に値する目標がある時に初めて生きてゆける」――人生に対してやや悲観的なものの謂なのであろうか?

 ところが、残念な事に人は、個人は、自分自身だけでは自分の活動の十分な目標となる事は出来ない。歌を歌う者には歌を聴いてくれる者がまた必要な様に――

 個人とはあまりにも儚く、とるにたらない存在である。其の存在は空間的にのみか時間的にも完璧に支配されている――全くもって限定されている。従って、自分以外に志向すべき対象を持たない時には、「我々のしてきた努力も結局は無に帰してしまうに違いない」という観念からは逃れられなくなる。そして、事実、無に帰さざるを得ない。そして、この無への消滅の恐怖は抱かせる。

 而も、幼い時から、それこそ三歳や四歳の頃から、誰よりも無に帰すことを、死を恐れてきたのが貴教という人なのだ。

 それが……。

 如何に労苦を重ねても残るものとて何も無い。事実何も無しえず残っていない。こうして貴教は生きる勇気――闘う勇気を挫かれてしまってしまった。行動は薄暗い部屋の片隅で停滞――何もやる気が起きない。甘美な“囁き”ばかりを耳にしていた。

「死にたい」ーー


…どん底の人間なんてそんなものです……。

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