Ⅰ 2-3
Ⅰの2は此れも含めてあと3話です。
中学二年生位迄は、貴教にとっては迷いの時期とでもいうのか…。空手をするにしても、じいちゃんが褒めてくれるというのがあったやっていたのに、もうそれも無くなって、誰も褒めてくれない…。
だったら、ねぇ?
「別に、褒められなくてもいいや」ーー
音楽を好きになっていったのは、特に楽しみが無くなったところ――ぽっかり空いたままだった空白に、たまたまやっていた「ミュージック・トマト」とか、夜中にやっていた「ソニーミュージックTV」や、ラジオから流れてきたビルボード“トップ40”が馴染んだから。――不思議な位にしっくりきた。そんな風に洋楽を聴いていると、「自分は他の小学生とは違う」――そんな気にも成れた。
中学は一学年十二、十三クラスもあるマンモス校――「田舎なのに」等と言ってはいけない――だった。小学校の二、三クラスの中ではいなかった同好の士が其の規模になると一人や二人は居るもので、「えっ、おまえ、エイジア聴いてん⁈」的な流れからバンドを結成した。当時はLAメタル全盛期であったから、花形はギタリスト、二番目がドラム、三番目がベースでボーカルはやり手がいなくて、貴教は其処に嵌まってボーカリストになったのである。自分から望んでやるようになったと思われていがちなのであるが、実際は他に誰もやる者がいなかったからやった――其れが始まりなのである。其れが今日に迄繋がろうとは、誰が予想出来たであろうか?
此処で少し恥ずかしい話を一つ。貴教は国〇さゆりの「バ〇ンタイン・キッス」のシングル盤を持っている。当時はおニャ〇子ブームが到来しており、クラスの男子全員がお二ャ〇子クラブが好きだった。貴教は実は誰が好きというのは特に無かったのであるが、そうなると、「お前は人間じゃない!」的な扱いを受けてしまう手前、無理矢理にでも誰かお気に入りを作らなければいけない、今で言う押しを作らなければならない様な環境下に有ったが為に、偶々周りに好きな男子が居なかった国〇さゆり“推し”に名乗りを上げたのである。ボーカリスト誕生の成り行きと酷似しているのは彼の人と成りを語る上でとても興味深いのではあるが…、
話を戻そう。
其れ以降は3に入ります。
西◯貴教氏に関しては勿論ずっと自分なりに研究を続けていますが、3を書くに当たり要となるイナズマロック◯ェスの資料なり情報なりが、表に観えている分は十分なのですが、そうで無い部分の情報収集に苦労しています。私の知りたいのはガチ◯ピンやム◯クが案内している裏側よりも、もっとずっと深い裏側や細部、そして全体像でして…。




