第二百九十六話 ブルーノの娘
「……お疲れ様だったな、アベル」
「……本当に疲れたぞ、ブルーノ。なんだ、あのバカ親は。人の息子を散々バカ息子だのクソ息子だのと言いやがって……」
アルベルトの帰った国王執務室に置いて、アベルが少しだけ不貞腐れた顔で杯に入った酒を舐めるように口を付ける。時刻はギリギリ夕方、まあ本来であればお酒が許される時間帯では無いが――先ほどのアルベルトの嵐ですっかりやさぐれたアベルが『仕事なんかやってられっか! ブルーノ、お前も飲め!!』と早々に酒宴の開催を決定したのである。普段のブルーノなら止めるところだが、流石にアベルが可哀想なのと……まあ、自分も『のんべえ』なブルーノ、上司直々のお酒のお誘いならば断わるのもアレだと自身に言い訳をしてご相伴に預かっていたりする。
「それにしても驚いたな。まさかルドルフ殿下が」
ブルーノの知るルディは、およそ子供らしくない程の冷静沈着さを持つ、実年齢よりも精神年齢の高い子供だったはず。そんなルディがまさか。
「……まあな。それに関しては俺も驚いている。あいつ、結婚なんか絶対にしないと思っていたのに……まさか一気に嫁さん候補を二人も連れてくるとは」
「アルベルトが言っていただろ? 三人だ」
「……ああ、メアリ嬢もいたな」
アベルが深い、深いため息を吐く。そんなアベルに、ブルーノが少しだけ言い難そうに口を開いた。
「……どうする?」
「……メアリ嬢は幼いころからルディの事を見ていてくれる。ルディも懐いている……と言って良いのか? まあ、信頼はしているだろうし、嫁さんにするのは問題にない。問題ないが」
「……アルベルト言っていたな? 側妃と」
「……ああ」
「クリスティーナ姫殿下とクラウディア嬢より、問題が多いな」
「……そうだ」
クリスティーナとクラウディアの嫁入り。これ自体は良い。正妃がクリスティーナ、側妃がクラウディアという事で、メルウェーズ家が――というより、諸侯貴族がなんと言うかという……まあ、『ウチのボスの一人娘が側室だと!?』みたいな問題はあるにはあったが、その辺はアルベルトが納得している以上は問題ないだろう。それよりももっと問題なのが、である。
「貴族ではあるも、メアリ嬢の実家は男爵家。正直……そこらの商家の方が金も権力もある。そのレベルの家格では、流石に国王の『側妃』になるには……身分差が大きすぎる」
ブルーノの言葉に、アベルは大きくため息を吐く。
「……だよな~。側妃は流石に、だよな」
正室と側室、或いは正妃と側妃の権力の差というものは確かにある。確かにあるが、それは所詮は『序列』の問題でしかない。正妃も側妃も、公式な『王家』の人間であり、言ってみれば王妃が社長、側妃が副社長みたいなものなのであり、立派な国家の『役職』なのである。
「……愛人とかで納得してくれないかな、ルディ?」
「クレア嬢の時の事を忘れたか? エドワード殿下ですら『アレ』だぞ。ルドルフ殿下に『身分差があるから愛人で』などと言ったら……」
「エディ以上に過激派だもんな、ルディ」
「過激派かどうかはともかく、ルドルフ殿下の考えだろうからな。『身分差の撤廃』というのは」
「……ややこしい事を考えるよな、あいつも」
「……個人的にはダメな話ではない。事実、学園の卒業生は平民でも優秀な人材もいる。いるが」
「時代が追いついていないからな」
「……そういう事だ」
正妃、側妃と違って『愛人』というのは公式な『王家』の人間ではない。国家の役職でもなく、個人的なルディの『いい人』というだけである。それだけでも、権力の『おこぼれ』は当然あるのだが、それでも難しい顔をする老害の様な貴族の溜飲を下げるだけの免罪符にはなったりするのだ。
「……まあ、そんな顔をするな、アベル。それでもメアリ嬢が優秀な人間なのには間違いないだろう?」
「イロに溺れてメアリ嬢を求めている訳ではないだろうから……逆に言うと、それだけが救いだな」
そう言ってアベルはちらりとブルーノに視線を向ける。そんなアベルの視線を受けて、ブルーノは小さくため息を吐く。
「それしか方法はない、か」
「……頼めるか?」
「仕方ないだろう。ルドルフ殿下を取り巻く状況がこうも変わっているんだ。これでルドルフ殿下にまでヘソを曲げられて『王位に就かない』なんて言われてみろ。こんどこそアルベルトがブチ切れるぞ?」
「今日で充分、ブチ切れてたけどな、あいつ」
そう言ってアベルは乾いた笑顔を浮かべて。
「……すまんが頼む。ルディは俺が説得するから……メアリ嬢を」
お前の『娘』にしてやってくれ、と。
「……それもこれも、ルドルフ殿下が納得してくれたら、だがな。まあそうなれば……悪いようにはせんさ」
そう言ってブルーノは杯に入った酒を煽った。




