第三十一話 ハンターとダンピール
それはまだ人々が闇を恐れ、異形のものたちを信じていた時代の話だ。
数多の魔物たちが絶大な力を有し、人間たちはそれらの存在に恐怖を抱きながら生活していた。
中でも一番の脅威は、夜の世界を支配しすべての魔物たちに君臨する、闇の帝王であるヴァンパイアだった。
彼らは人々を襲って命を奪うだけでなく、襲われた者を自分たちの下僕という名のヴァンパイアに変える。
たったひとりがスレーブに変えられたために、ひとつの村が数日の間に全滅してしまうことも珍しくなかった。
現代における致死率の高いウィルスのようなものと捉えれば、その脅威は想像に難くない。
人々はヴァンパイアを倒すべく努力を重ねたが、彼らの力は強く、多くが命を落とし、また彼らのスレーブとなった。
だれも勝てる者はいなかった。
ダンピールを除いて。
ダンピール——それはヴァンパイアの父と、人間の母の間に生まれた子供だ。
ときとして、ヴァンパイアに血を吸われてもスレーブにはならずに帰ってくる少女がいた。
少女の中に新しい命が育まれていることが解ると、村人は歓声をあげた。
村のものたちは、産まれた子供がダンピールとして育つことに望みをかけ、その子が男女問わず成長するのを見守った。
ダンピールに変化した者は、村で重宝され、大切に扱われる。他の村でヴァンパイアが出たとき、倒せる力を持った唯一の存在だからだ。
村人はヴァンパイア退治に彼らを送り、多くの謝礼を手にした。
大切に扱われたのは、彼らが村に富をもたらす存在だからに他ならない。
一方で、ダンピールは半分とはいえヴァンパイアの特性も引き継いでいる。
彼らは、人間の血を求め、世話をする人物を犠牲にすることもあった。それはまさに宿敵の血を引き継いでいるという事実を人々に突きつける。
犠牲を最小限に抑えるため、村人は彼らを豪邸という名の檻に閉じ込め、行動を制限していた。
父親がヴァンパイアでも、産まれる子供が必ずしもダンピールに変化する訳ではない。
普通の人間のままだったものは穀潰し扱いされ、村を追われるか、奴隷のように扱われるのが常だった。
ダンピールは一時期多く存在した。
だが彼らとて絶対ではなく、戦いに破れることもある。
ヴァンパイアたちは、自らの落とし種によって自らが滅びるという愚行を繰り返さないために、人間の少女に対する扱い方を徐々に変える。
結果的に、ヴァンパイア・ハンターとなって人間の側に留まるダンピールは少しずつ減っていった。
最後のひとりこそが、肖像画を残した人物だった。
名前はもちろん、出生や生歴の記録も残っていない。そのため、組織内では存在そのものを疑問視する者も多い。
あちこちの村に赴いて仕事を行い、長年において村を豊かにしたという記録は残っている。
彼はあるとき、一晩で村ひとつを滅ぼしたというヴァンパイアを相手にするため、そこに派遣される。
彼の健闘のおかげで、ヴァンパイアはいなくなった。
しかしこの仕事を最後に、彼は姿を消した。生きているのか、死んでしまったのかも解らない。
こうして最後のダンピールはいなくなり、活躍だけが伝説と化した。
人間たちの世界から宿敵が消えたことで、ヴァンパイアたちは再び無敵の存在となる。
人々はいつまでも家畜扱いされるのをよしとしなかった。
状況を打開するために、力自慢、腕自慢の男たちを中心に、ヴァンパイア・ハンターの集団を結成した。
ダンピールたちの戦い方を調べ、少しでも彼らに近づけるように研究を尽くす。それと同時に、ハンターとしての能力を持つ人間を育て上げることに、力を注いだ。
一方で彼らはダンピールを捜し出し、最強のハンターとして育てようとした。
しかしそれだけは今に至るまで実現していない。
やがて長い歴史の中で、ダンピールはただの夢物語となっていった。
☆ ☆ ☆
組織の誕生とダンピールについて語り終えた香取翁は、ソファーの背もたれに身体をあずけ、上向き加減に軽く目を閉じた。
「わたしは物心ついたときから組織にいた。両親も解らない孤児を養子縁組でもして、組織に入れたのだろう。
そしてハンターとしてヴァンパイアとの戦い方を訓練され、敵の弱点を学んでいった。
だが組織にダンピールはいない。いつのころからか、仲間内でもすでにダンピールはただの伝説となっていた。
それでもわたしは、ずっと信じていた。なぜなら」
言葉を止め、香取翁は真顔で聖夜を見る。
「月島くんと瓜ふたつな方の肖像画を見て育ったからだよ。
あの方は必ずいる。今もどこかでヴァンパイアを倒していると信じていた。
そしてわたしも同じように強くなりたかった」
残念ながらコナーは人間の昼の世界を捨てて、夜に生きることを選んだ。
おそらく彼はそのときにヴァンパイアとなったのだろう。そして流香を心から愛し、子を儲けた。
それが聖夜だ。
「そうですか。ハンターとダンピールには、そんな歴史があったのですね」
聖夜はコナーのこと、そして組織のことを初めて聞かされた。
本来なら母である流香が語る話だったのだろう。
育ての親である秀貴もここまでのことは知らなかった。だから知識不足の聖夜と秀貴は、余計に振り回された。
(あのとき協力してくれた神父さまは、かつて組織に身を置いていたのだろうか)
ハンターたちのことを明言こそしなかったが、伝手があるようなことは口にしていた。
「ところで組織の人たちは、どうやってヴァンパイアを見つけるのですか?」
聖夜の心に浮かんだのは、一年前の事件だった。
あのとき組織の存在がわかっていて、そことコンタクトがとれていれば、悲劇は未然に防げたかもしれない。
「監視者がヴァンパイアたちを探すため、あちこちに散らばっている。だが規模も方法も、わたしの知る限りではない。
昔とちがって人々はヴァンパイアを空想上の産物だと思っているし、彼らもそれを利用して、人間の中にうまく巧みに紛れ込んでいる。
人々が知らないだけで、闇の世界はすぐ隣のあるのだよ」
だれもが監視者であった時代は過ぎさり、ヴァンパイアはフィクションの世界の住人になった。
実在すると叫んだら、おかしな人物として無視されるだけだ。
そうやって虚構の世界に入り込む。それこそが彼らにとって最高の隠れ蓑となった。
「そうですか……」
あのとき取った行動とそれがもたらした結果は、仕方のないことだと解っている。
聖夜には悔やんでも悔やみきれないことにかわりはなかった。
「しかし、そのダンピールに、組織を離れてしまったわたしが出会うとは。なんとも皮肉なものだ。
おまけにそのダンピールは、ハンターにはなりたくないと言う」
香取翁の顔に、わずかだがあきらめの表情が浮かんだ。
「監視者は、きみの能力を試してみた。そして出した結論は、ダンピールは当てにならない、ということだ。
もともと彼らは伝説のみの存在に疑問を感じていたからな」
悔しいが、それが真実だった。聖夜は返す言葉をなくす。
「おや、気を悪くしたかね。
だが、きみ自身ハンターになることを拒否してるのだから、好都合ではないのかね?」
「そんなつもりは……」
ない、と聖夜は断言できなかった。
「ではどうして自分の運命から逃げるようなまねをする?
その能力をもっと人々のために役立てたいとは思わないのか」
「役立てるも何も、ぼくはダンピールどころかヴァンパイアのことだってほとんど知らないんです」
小説や映画で得たわずかな知識しか持たず、それすら真実を伝えてるかどうか定かでない。
「きみの母上は、何も教えなかったのか?」
「母はぼくの命を守るために、父ではない、別のブラッディ・マスターの元に行きました。
そしてぼくは母を救うつもりで彼を倒したけれど……」
そのときが、流香の死のときでもあった。
何も知らない聖夜がまねいた結果は、すべてを消滅させたことだけだった。
「そのときまで何も知らなかったぼくは、手探り状態で自分の信じた道を進み、その通りに実行しました。
でも事件を終わらせただけで、だれも救えなかった。
その後もヴァンパイアたちの目に触れないよう、まわりの人たちを巻き込まないよう、居場所を変えてきた」
「ではきみは逃げるだけで、やつらと闘う気はないんだな。
すぐ近くでやつらの気配を感じても、自分には関係ないと見捨てるつもりなんだな」
「そんなに簡単に割り切れるものじゃない……」
聖夜の事情を知らない人物に、心の奥まで土足で踏みにじられたくはなかった。
「否定はできないだろう。月島くんの言ってることは、そういうことだ」
自分の能力に目を閉じ、平穏だった過去に心を奪われている姿は、他者には卑怯者に映るのだろう。
ハンターとして戦いの日々を経験した香取翁には、なおさらに違いない。
「わたしだけではなく、組織に属するハンターはみな普通の人間だ。
ほんの少し、他の者よりも運動能力が優れていたり力自慢だったりする程度で、普通の人間となんら変らない。
だがわたしたちはヴァンパイアを倒すべく、厳しい訓練に耐えた。
五人集まってやっと、たったひとりのダンピールに肩を並べるくらいの能力だったとしてもな」
香取翁は手の中のグラスを握りしめた。腕が小刻みにふるえている。
過酷な訓練に耐えて、なんとか得られるその能力だった。
だが聖夜は、ダンピールというだけで、ヴァンパイアを倒す力を潜在的に持っている。
「わたしたちが望んでも得られない能力を持っていながら、なぜその事実に目を閉じようとするのだ?
現に今も、すぐそばにヴァンパイアの影が忍び寄っているというのに」
「なんですって?
それじゃあ、やはりあの楽園祭の事件は……」
「気づいておったか。さすがはダンピールだな。
倒すつもりはなくとも、敵の気配だけはかぎつけるというわけか」
「教えてください。ヴァンパイアはどこにいるんですか」
聖夜は立ち上がり、テーブルの上に両手を置いて香取翁に詰め寄る。
だが香取翁は静かに首を横にふった。
「ハンターではないきみには、必要のない情報だ」
「でもぼくならヴァンパイアを」
「ふざけたことを言うな!」
突然一喝されて聖夜は言葉を失い、後ずさってソファに崩れ落ちた。
香取翁の激しい感情には、取りつく島も見つけられない。
「今回の事件は半世紀前にわたしがやり残した仕事だ。
一瞬でもダンピールや他のハンターの力をあてにしたのが間違いだった。自分の後始末は、自分でつける」
テーブルの端におかれたキャンドルが、わずかに炎を揺らした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ブクマや一話ごとの評価などをいただけたら執筆の励みになります。気に入ったよという方は、ぜひよろしくお願いします。




