第二十二話 監視者との対決
聖夜としては、監視されるのは気持ちのいいものではない。
だが、何かをしかけるつもりもなかった。
自分の勘違いでないことと、相手が敵意を持っているかどうか、それを見極めるのが先だ。
そのためにひとりで店を出た。
少し遅れて再び視線を感じる。
聖夜を追って、少し時間をずらして出てきたのだろう。
徐々に強くなる視線は、明らかに攻撃性を伴っている。
相手の目的は解らない。
でも何もなく終わるとも思えない。
ちょうど電車が到着した直後で、駅前の通りを行く人は多い。
相手を簡単につきとめられない。
店を出た直後に見張っていれば監視者を特定できただろう。
だがそれは、監視されていることに気づいていると白状するようなものだ。
人混みの中ではおとなしくしていると高を括っていたが、この気配ではいつ牙をむいてきてもおかしくない。
ここでは手を出さないはずだ。
それを実行すれば無差別の通り魔事件だ。
(人混みを避けられる場所はないか?)
聖夜の目に、建築中のモールが見えた。
奥は更地で住宅がほとんどないので、行き交う人もいない。
聖夜は通りを外れて工事現場の裏側に歩を進める。
(見失わないでくれよ)
都合のいいことに、そばに小さな公園があった。運よく誰の姿もない。
聖夜はうしろを歩く人物にちらと視線をむけ、いきなり公園まで全力で走った。
慌てて追いかけてくる人物がいる。
聖夜は木陰に身を潜め、相手を待つ。
男が公園に駆け込んできた。
聖夜は闇に溶け込んだまま、月明かりをたよりに男を観察する。
年のころは二十歳前後。この街に多く住んでいる大学生そのものだ。
群衆の中に埋もれることで、存在を気づかれない風貌だ。
(彼は……ああ、普通の人間だ)
ヴァンパイア特有の気配が感じられない。
ではなぜ聖夜を監視している?
男は軽く身構え、遊具の影や植え込みなどを用心深くチェックしている。
このまま見過ごしてもよかったが、同じことを繰り返されてもかなわない。
通り魔事件のときのように、聖夜は気を集中させる。
意識して能力を解放し、素早く男の背後に移動した。
「ぼくに何かご用ですか?」
男は肩をビクッと上げた。
ジャケットの内ポケットから刃物を取り出そうとするのを、動くな、と静止する。
男は自分の背中に武器を突きつけられるのを感じたのだろう。
歯噛みしながら聖夜の言葉に従った。
「用心深く尾行したつもりでしょうが、殺気を漂わせ過ぎです。あんなやりかたでは、ぼくでなくとも気づきますよ」
聖夜の挑発的な言葉に、相手がわずかに動揺した。
男は不利な状況にいることを悟りながらも、虚勢を張っている。
「少しはできるってことか。気づいてたのなら話は早い。おれの用件はこれだ!」
言葉の終わりと同時に、男は振り向きざまに聖夜の手首に手刀を落とそうとする。
聖夜は素早く一歩退き、攻撃を避ける。
下手な尾行と違い、男の動きは機敏だ。
男は聖夜の手元を見て露骨に顔をしかめる。
背中に突きつけられていたのは、武器ではなくただの小枝だ。
男はプライドを傷つけられたらしく、怒りに顔を赤らめて右腕をふりかざした。
ナイフが空を切る。何度も、何度も。
だが聖夜を掠ることすらできない。
最小限の動きで、男の攻撃をかわし続ける。
聖夜には、男の動きがゆっくりに見えた。
ナイフを振り回されても、恐怖は感じない。
(血の影響……か?)
日常生活では意識することのないダンピールの能力は、確実に聖夜に備わっていた。
相手の動きを目と気配でとらえる。
どんなに素早く動いても、聖夜にはスローモーションに見えた。
そうだ。澪が通り魔に襲われたときと同じだ。
今の状況では、聖夜は絶対に傷つけられない。
だが逃げてばかりでは先に進まない。
聖夜は男の手首を蹴り上げた。ナイフが宙を舞う。
間入れず男の右手首をつかみ、彼の背中に捻じ曲げる。
男が悲鳴を上げた。
ナイフは回転しながら、聖夜の手の中に吸い込まれるように落ちてきた。
「何が目的で、ぼくをつけ回したり、傷つけようとしたりするんですか?」
男の背後から、聖夜は落ち着いた口調で質問した。
返事はない。
聖夜は手にしたナイフを男の首筋にあてた。
鋭い刃が月光を反射する。
「ぐっ」
冷たい刃の感触で、男は冷汗を流す。
動きを封じ込められているにも関わらず、答えは返らない。
「脅しじゃないよ。血を見るのは、嫌いじゃないんだ——」
ナイフをわずかに動かし、頸動脈を傷つけぬよう薄皮一枚を切る。
男の首筋から血が滲む。
(あ……)
赤い生命の源に、聖夜の目が吸いつけられた。
動悸が高まり、心臓の鼓動が耳につく。
(澪ちゃんを助けたときは平常心だったのに、なぜ今になってこんなことになるんだ?)
そして聖夜は違いに気づく。
(自分の意思で力を高めようとしたから、ヴァンパイアの血が目醒めかけたのか)
そのときだ。
小枝が踏まれて折れる音が、聖夜の耳に飛び込んできた。
一瞬のうちに現実に引き戻される。
血の匂いに振り回され、正常な状況判断ができていない聖夜は、ほんの瞬間、隙が生じた。
男はそれを見逃すことなく、聖夜の腕から逃げ出す。
(しまったっ!)
逃した敵を捉えようとダッシュしようとした瞬間。
聖夜は後ろから左肩に強い衝撃を受け、その勢いで地面にうつ伏せに倒れた。
わずかな時間差で、肩に焼けるような痛みが広がる。
立ち上がろうとして身体をささえるが、左腕が思うように動かない。
なんとか右手を動かして肩にふれると、ぬるっとした感覚がした。
(ぼくの……血?)
銃で撃たれたと気づくまで、ほんの少しの時間を要した。
「お前もまだ半人前だな。こんな子供に捉えられるとは」
背後から新たに人物が姿を現した。
小言を言われた方は「すみません」と謝る。
聖夜は痛みのために体勢を変えられず、襲撃者の顔を見られない。
「一人前の反撃をするから、あるいはと思ったが……」
聖夜を撃った男の口調は、ひどく落胆している。
どこかで聞いたような声だ。
だが痛みのせいで考えがまとまらない。
気力を振り絞って起きあがろうとする聖夜に、最初の男が蹴りを入れる。
聖夜はそのまま吹き飛ばされて、そばにあった木に背中を打ちつけられ、意識が徐々に失われていく。
「まだ若いとはいえ、自分の役割くらいをまともにこなせないなら、いつまで経っても下働きだ。まあ、それがいいのなら止めはしないが」
「で、でも……こいつがあまりにも普通の人物すぎて……」
「だから油断したとでも言い訳するのか? 呆れたな」
聖夜の頭上で、上司が部下を叱責するような会話が交わされている。
聖夜の意識は朦朧として、ふたりの会話が理解できない。
聖夜自身の流す血が、本能の奥に潜む魔性を刺激する。
鼓動が高まり、全身を流れる血が熱くたぎる。
身体が変化しようとしていた。
聖夜は痛みと闘いながら、変化を止めようとする。だが覚醒をコントロールする自信がなかった。
男たちが聖夜に近寄り何か話しかけるが、言葉は耳を通り過ぎる。
駆け抜ける奇妙な感覚。犬歯が鋭い牙に変わり、瞳が月光を反射して輝き——。
聖夜は血にまみれた手を伸ばし、目の前にいる若い男を捉えようとする。
「う、うわあー!」
まごうことなき魔性の覚醒に、若い男は悲鳴を上げ、聖夜の腹部をナイフで刺した。
「ぐっ」
聖夜は口から血を吐き、仰向けに倒れた。
リーダーらしき男が何かを指示する。
ドアが閉まる音がした。
あれは車の音だと、聖夜は残った意識で想像する。
予想通り、車のエンジン音が遠ざかった。
聖夜の意識は、深い闇の中に沈んでいった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ブクマや一話ごとの評価などをいただけたら執筆の励みになります。気に入ったよという方は、ぜひよろしくお願いします。




