第二十一話 気持ちに気づくとき
冬枯れの木が並ぶプロムナードを、聖夜はのんびりと歩いている。綺麗な青空が広がっているが、そのぶん冷え込みの激しい一日だ。息を吐くたびに白く変わる。
商店街を抜けて駅前に着いたとき、腕時計は十六時半を表示していた。加織たちとの約束時刻通りだ。
聖夜が待ち合わせのファストフード店に視線を移すと、ふたりの女子高生が楽しそうに会話している。加織と澪だ。コートとマフラーで寒さを凌いでいるようだ。
(先に入っていればいいのに)
聖夜はクスッと笑い、ふたりの少女に駆け寄った。
「寒くなかったかい?」
「大丈夫だよ。風があるわけじゃないし、お日さまの光を浴びていたら暖かいもの」
(ああ、そうだ。普通の人には)
聖夜はふと、昔の自分もそうだったと思い出す。
三人で連れ立ってファスト・フード店に入る。オーダーを済ませ、聖夜は加織と澪の正面に座った。
今日の加織はナチュラル・メイクで、いつもコンサートに行ったときのような派手さがなかった。
素顔の方が素敵だとは言わない。それを口にすると加織の「可愛くなりたい」という努力を踏み躙ることになる。
(もしかして、ぼくに合わせたメイクにしてくれたのかな)
と勝手に想像し、聖夜は自惚れた自分を軽く反省する。
好きだと告白されていても、全てが自分のためだと感じるのは身勝手だ。
でも——。
今日の加織は今までで一番輝いている。
コンビニに来るとき、楽園祭で一緒に歩いたとき。
いつも元気いっぱいの加織が萎らしく見える。
控えめなメイクと大人しいファッションのせいだろうか。
コートの下は、裾にレースを取り入れたカジュアルなスウェットに、デニム地のロングスカートを合わせている。
まさに女子高生という雰囲気そのままだ。
逆に澪は、グレーとブラックの段染めで編んだニットに、黒のミニスカート。
ブーツもロングの黒で、ゴスロリに近い。
祐司たちはV系バンドではないし、いつものカジュアルな高校生とはかけ離れている。
聖夜と目が合うと、澪は頬を赤らめて少し俯く。これは澪の私服ではなく、加織のを借りたのだろう。
加織に「そんなおとなしいファッションじゃ目立たないよ」などと口車に乗せられ、無理やり着せられたのかもしれない。
「聖夜さん、やっぱりあたしのコーデ、似合ってませんよね」
澪は両手で顔を隠しながらぼやく。
「そんなことないよ。澪ちゃんの新しい魅力だね」
「そ、そうですか? よかった。嬉しい」
澪は軽く握り拳を作り、パッと目を輝かせる。
「ねえねえ、聖夜くん。あたしはどう? イメチェンしてみたんだよ」
加織が自分を指差しながら、弾む声で問いかけてきた。
「もちろん。加織ちゃんも新鮮だね」
褒めたつもりだが加織は上目遣いで聖夜を見る。
「魅力的とか、可愛いとか言ってくれないの?」
「あっごめん。清純派の加織ちゃんも可愛いよ」
「本当にそう思っている? お世辞じゃなくて」
「本当だって。実はさっき見惚れていた」
やった! とバンザイをして喜ぶところは、元気いっぱいの加織そのままだ。
黙っていれば清楚なお嬢様で通るのに、行動まで変えるのは難しいようだ。
ふたりは右手でハイタッチして喜んでいる。
見た目こそが入れ替わっているが、こういうところはいつもと同じだ。
加織と澪に聖夜は、高校時代の大切な少女ふたりを重ねていた。
(あのときも、ぼくがもっと早くヴァンパイアに気づいていたら、彼女たちも命を失わずに済んだかもしれない……)
何もできない状況だったと解っていても、思い返すたびに胸に鋭い痛みが走る。
だが今日は嫌な過去を忘れ、気のおけない仲間と楽しもう。
「聖夜くん、番号呼ばれたから受け取ってくるね」
加織の呼びかけで聖夜の心は今の時間に戻る。
三人分だと重くなるので、聖夜が受け取りに行った。
ファストフード店で軽い食事を取りながら、聖夜たちは他愛のない会話をする。
授業中の失敗、今日はいない江莉との気のおけないつきあい、先生の悪口に赤点すれすれのテストのこと。
そこにあるのは、ごく普通の女子高生の姿だ。
今の加織は、少し前までグレて悪い仲間のリーダーをしていたことなど、少しも感じられない。
毎日のように聖夜のバイトするコンビニに通ってくるのを見ると、不良仲間とは完全に縁が切れているだろう。
大きな瞳がよく動く。加織の表情は豊かで活き活きしている。
心から楽しそうに笑うところ、口を尖らせて不満を見せるところ、目を細めて微笑むところ、未来に希望の光を見いだすように遠い目をするところ。
楽しそうな表情も、悲しそうな表情さえも、加織の魅力を引き立てる。
楽園祭がきっかけで、信頼できる友を得た加織は、毎日が充実している。
聖夜は温かい気持ちに包まれた。
(もしかしたらぼくは……)
聖夜が意識しているよりもはるかに、加織との時間を大切に感じているのかもしれない。
恋愛感情と呼ぶには早すぎる。
だが友達というには、気持ちが近づき過ぎていた。
(このままじゃだめだ)
甘ったれるな。
自分の立場を考えろ。
いつまでも加織のそばにはいられない。
いつかは離れなければならないのに、気持ちを残していいのか?
今の時点で踏み止まれば、加織たちを不幸にしなくてもすむ。
「聖夜くん、どうしたの? 急に黙りこんじゃって」
加織の心配そうな瞳に、わずかに不安の色がまじっている。
「いや、澪ちゃんと加織ちゃんのお喋りを見ていたら、口を挟むタイミングがないなってね」
「あたしたち、そんなに喋ってばかりでした?」
「澪ちゃんはそこまででもないけどね。加織ちゃんはいつも以上に会話を楽しんでいるよ」
「うう。否定できないかも」
加織が少し泣き真似をすると、また笑いに包まれる。
ひとしきり笑ったあとで会話が途切れ、店内で流れる音楽が聖夜の耳に届いた。
子供向けに流れているポップな曲は、今に季節にぴったりのクリスマス音楽だ。
あれから一年が過ぎようとしているのに、聖夜はなにも成長してない。
血の覚醒で身体は変化したのは、日々の生活で感じることがある。
普段は意識しなくても、何か特別なときには無意識のうちに感覚が鋭くなる。
澪が通り魔の被害に遭った瞬間も、その力が発揮された。
あくまでも限られたわずかな範囲に過ぎなかった。
身体と違い心の中は、今でも昔のままだ。
ヴァンパイアの気持ちは一ミリも理解できない。
それが証拠に、聖夜は「血を飲む」という行為を嫌悪している。
それゆえにいつの日からか、昔の生活に戻ることを真剣に考え始めた。
周りを巻き込みたくないと考えて、愛着のある生活を捨てたというのに。
だが穏やかな日々が続く中で、一年間何もなければ、父に連絡を入れて帰宅することを真剣に考えていた。
それがここにきて、揺るぎ始めている。
加織たちと同世代の少女たちが、今もヴァンパイアの犠牲になっているかもしれない。
綾子から聞いた話では、古くからこの土地には吸血鬼伝説が語り継がれている。
全てを放り出して故郷に帰るにしても、ヴァンパイア事件を解決するにしても、ここにはもういられそうにない。
——だから愛着を持ってはだめだ。
加織や澪、江莉の三人。
何度拒否しても、諦めることなく友達になってくれた祐司。
行き場をなくした聖夜を助けてくれた、綾子とバイト先の店長。
誰ひとりとして傷つけたくないからこそ、定住できない。
周りの人たちを大切に思う聖夜は、ずっとそれらのことを考えていた。
そのときだ。
聖夜は自分に向けられた視線に気付いた。
振り向きたい衝動を抑えつつ、視線の出所を探る。
解らない、どこだ?
少なくとも店内に視線の主はいる。
そして間違いなく聖夜を見張っている。
「ごめん、下宿に忘れ物をしたみたいだ。今から取りに帰るから、遅くなるようだったら先に行ってくれないかな」
「うん。そのときはあたしと澪で行くね」
加織の返事を聞い聖夜は店を出た。冬の日は短い。あたりはすっかり日が沈んでいた。
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