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パラダイス・ロスト  作者: 須賀マサキ
第六章

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第二十一話 気持ちに気づくとき

 冬枯れの木が並ぶプロムナードを、聖夜はのんびりと歩いている。綺麗な青空が広がっているが、そのぶん冷え込みの激しい一日だ。息を吐くたびに白く変わる。

 商店街を抜けて駅前に着いたとき、腕時計は十六時半を表示していた。加織たちとの約束時刻通りだ。



 聖夜が待ち合わせのファストフード店に視線を移すと、ふたりの女子高生が楽しそうに会話している。加織と澪だ。コートとマフラーで寒さを凌いでいるようだ。


(先に入っていればいいのに)


 聖夜はクスッと笑い、ふたりの少女に駆け寄った。

「寒くなかったかい?」

「大丈夫だよ。風があるわけじゃないし、お日さまの光を浴びていたら暖かいもの」


(ああ、そうだ。()()()()()()


 聖夜はふと、昔の自分もそうだったと思い出す。



 三人で連れ立ってファスト・フード店に入る。オーダーを済ませ、聖夜は加織と澪の正面に座った。


 今日の加織はナチュラル・メイクで、いつもコンサートに行ったときのような派手さがなかった。

 素顔の方が素敵だとは言わない。それを口にすると加織の「可愛くなりたい」という努力を踏み躙ることになる。


(もしかして、ぼくに合わせたメイクにしてくれたのかな)


 と勝手に想像し、聖夜は自惚(うぬぼ)れた自分を軽く反省する。

 好きだと告白されていても、全てが自分のためだと感じるのは身勝手だ。


 でも——。


 今日の加織は今までで一番輝いている。


 コンビニに来るとき、楽園祭で一緒に歩いたとき。

 いつも元気いっぱいの加織が(しお)らしく見える。


 控えめなメイクと大人しいファッションのせいだろうか。


 コートの下は、裾にレースを取り入れたカジュアルなスウェットに、デニム地のロングスカートを合わせている。

 まさに女子高生という雰囲気そのままだ。



 逆に澪は、グレーとブラックの段染めで編んだニットに、黒のミニスカート。

 ブーツもロングの黒で、ゴスロリに近い。

 祐司たちはV系バンドではないし、いつものカジュアルな高校生とはかけ離れている。


 聖夜と目が合うと、澪は頬を赤らめて少し(うつむ)く。これは澪の私服ではなく、加織のを借りたのだろう。

 加織に「そんなおとなしいファッションじゃ目立たないよ」などと口車に乗せられ、無理やり着せられたのかもしれない。



「聖夜さん、やっぱりあたしのコーデ、似合ってませんよね」


 澪は両手で顔を隠しながらぼやく。


「そんなことないよ。澪ちゃんの新しい魅力だね」

「そ、そうですか? よかった。嬉しい」


 澪は軽く握り拳を作り、パッと目を輝かせる。



「ねえねえ、聖夜くん。あたしはどう? イメチェンしてみたんだよ」


 加織が自分を指差しながら、弾む声で問いかけてきた。


「もちろん。加織ちゃんも新鮮だね」


 褒めたつもりだが加織は上目遣いで聖夜を見る。


「魅力的とか、可愛いとか言ってくれないの?」

「あっごめん。清純派の加織ちゃんも可愛いよ」


「本当にそう思っている? お世辞じゃなくて」

「本当だって。実はさっき見惚れていた」


 やった! とバンザイをして喜ぶところは、元気いっぱいの加織そのままだ。

 黙っていれば清楚なお嬢様で通るのに、行動まで変えるのは難しいようだ。



 ふたりは右手でハイタッチして喜んでいる。

 見た目こそが入れ替わっているが、こういうところはいつもと同じだ。


 加織と澪に聖夜は、高校時代の大切な少女ふたりを重ねていた。


(あのときも、ぼくがもっと早くヴァンパイアに気づいていたら、彼女たちも命を失わずに済んだかもしれない……)


 何もできない状況だったと解っていても、思い返すたびに胸に鋭い痛みが走る。

 だが今日は嫌な過去を忘れ、気のおけない仲間と楽しもう。



「聖夜くん、番号呼ばれたから受け取ってくるね」


 加織の呼びかけで聖夜の心は今の時間に戻る。

 三人分だと重くなるので、聖夜が受け取りに行った。


 ファストフード店で軽い食事を取りながら、聖夜たちは他愛のない会話をする。

 授業中の失敗、今日はいない江莉との気のおけないつきあい、先生の悪口に赤点すれすれのテストのこと。

 そこにあるのは、ごく普通の女子高生の姿だ。



 今の加織は、少し前までグレて悪い仲間のリーダーをしていたことなど、少しも感じられない。

 毎日のように聖夜のバイトするコンビニに通ってくるのを見ると、不良仲間とは完全に縁が切れているだろう。


 大きな瞳がよく動く。加織の表情は豊かで活き活きしている。

 心から楽しそうに笑うところ、口を尖らせて不満を見せるところ、目を細めて微笑むところ、未来に希望の光を見いだすように遠い目をするところ。

 楽しそうな表情も、悲しそうな表情さえも、加織の魅力を引き立てる。


 楽園祭がきっかけで、信頼できる友を得た加織は、毎日が充実している。

 聖夜は温かい気持ちに包まれた。


(もしかしたらぼくは……)


 聖夜が意識しているよりもはるかに、加織との時間を大切に感じているのかもしれない。

 恋愛感情と呼ぶには早すぎる。

 だが友達というには、気持ちが近づき過ぎていた。


(このままじゃだめだ)


 甘ったれるな。

 自分の立場を考えろ。

 いつまでも加織のそばにはいられない。

 いつかは離れなければならないのに、気持ちを残していいのか?


 今の時点で踏み止まれば、加織たちを不幸にしなくてもすむ。



「聖夜くん、どうしたの? 急に黙りこんじゃって」


 加織の心配そうな瞳に、わずかに不安の色がまじっている。


「いや、澪ちゃんと加織ちゃんのお喋りを見ていたら、口を挟むタイミングがないなってね」

「あたしたち、そんなに喋ってばかりでした?」

「澪ちゃんはそこまででもないけどね。加織ちゃんはいつも以上に会話を楽しんでいるよ」

「うう。否定できないかも」


 加織が少し泣き真似をすると、また笑いに包まれる。



 ひとしきり笑ったあとで会話が途切れ、店内で流れる音楽が聖夜の耳に届いた。

 子供向けに流れているポップな曲は、今に季節にぴったりのクリスマス音楽だ。



 あれから一年が過ぎようとしているのに、聖夜はなにも成長してない。

 血の覚醒で身体は変化したのは、日々の生活で感じることがある。


 普段は意識しなくても、何か特別なときには無意識のうちに感覚が鋭くなる。

 澪が通り魔の被害に遭った瞬間も、その力が発揮された。

 あくまでも限られたわずかな範囲に過ぎなかった。


 身体と違い心の中は、今でも昔のままだ。

 ヴァンパイアの気持ちは一ミリも理解できない。

 それが証拠に、聖夜は「血を飲む」という行為を嫌悪している。


 それゆえにいつの日からか、昔の生活に戻ることを真剣に考え始めた。

 周りを巻き込みたくないと考えて、愛着のある生活を捨てたというのに。


 だが穏やかな日々が続く中で、一年間何もなければ、父に連絡を入れて帰宅することを真剣に考えていた。


 それがここにきて、揺るぎ始めている。


 加織たちと同世代の少女たちが、今もヴァンパイアの犠牲になっているかもしれない。

 綾子から聞いた話では、古くからこの土地には吸血鬼伝説が語り継がれている。


 全てを放り出して故郷に帰るにしても、ヴァンパイア事件を解決するにしても、ここにはもういられそうにない。



 ——だから愛着を持ってはだめだ。



 加織や澪、江莉の三人。

 何度拒否しても、諦めることなく友達になってくれた祐司。

 行き場をなくした聖夜を助けてくれた、綾子とバイト先の店長。


 誰ひとりとして傷つけたくないからこそ、定住できない。


 周りの人たちを大切に思う聖夜は、ずっとそれらのことを考えていた。



 そのときだ。


 聖夜は自分に向けられた視線に気付いた。


 振り向きたい衝動を抑えつつ、視線の出所を探る。

 解らない、どこだ?

 少なくとも店内に視線の主はいる。

 そして間違いなく聖夜を見張っている。



「ごめん、下宿に忘れ物をしたみたいだ。今から取りに帰るから、遅くなるようだったら先に行ってくれないかな」

「うん。そのときはあたしと澪で行くね」


 加織の返事を聞い聖夜は店を出た。冬の日は短い。あたりはすっかり日が沈んでいた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ブクマや一話ごとの評価などをいただけたら執筆の励みになります。気に入ったよという方は、ぜひよろしくお願いします。

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