第二十三話 ヴァンパイアの血
「聖夜さん、遅いよね。どうする? 先に行く?」
澪は腕時計を見ながら、加織に問いかける。
加織は「聖夜と一緒にいきたい」という気持ちが強い。
でも澪は早く祐司に会いたいだろう。
「どうするかは、聖夜くんに連絡してから決めようよ。
途中で合流できるならそれでいいじゃない」
加織は澪の返事を聞く前に聖夜に電話する。
だが何度かけても留守番電話に繋がるだけだ。
「電話に気づいてないのかもしれないわよ」
「だといいんだけど……」
澪は励ましてくれる。
加織もそう思いつつ、なぜか胸の中に暗雲が広がる。
はっきりした理由はない。強いて言えば直感だ。
「まずはあたしたちだけでライブハウスに行こう。
聖夜くんにはまた連絡を入れるよ」
加織と澪は店を出る。
そしてすぐ電話をかけるが、相変わらず留守番電話が応答するだけだ。
そのときだった。
ライブハウスに向かって歩いているふたりの前に、工事現場横の道路から黒い車が出てきた。
加織は、その中にいる人物が、首のあたりにハンカチを当てているのが見えた。
それが血で染まっているのを見逃さなかった。
(まさか、聖夜くんが)
加織の中で、連絡の取れない聖夜と彼らが繋がる。
「澪、あたし今から聖夜くんを探してくる」
「探すって……あてがあるの?」
「解らない。でも気になるところができた。
あたし、ちょっと見てくるから、澪はここで待ってて。
聖夜くんを見つけたら、すぐに連絡するから」
言うが早いか、加織は車の出てきた道に向かって走り始めた。
☆ ☆ ☆
(聖夜くん、どこにいるの?)
加織は胸に広がる不安を否定しつつ、工事現場の隣を走り抜ける。
さっきの車に乗っていた人がどうしても頭から離れない。
血を流した人と聖夜に関係があると決まったわけではない。
だがあれを見たとき、加織は悪い予感に襲われた。
工事現場は扉が閉じられ、人の気配がしない。
では聖夜はどこだ?
「そうだ、この先に小さな公園があったはず」
新興住宅街が整地されたとき、真っ先に造られた公園がある。
加織はそこに向かって全速力で走った。
街灯が公園の中に人影を照らしている。
「聖夜くん!」
加織が見たものは倒れている聖夜だった。
加織は身体を震わせながら駆け寄る。
聖夜は血まみれで意識を失ったままだ。
「聖夜くん、大丈夫?
しっかりして、聖夜くんっ!」
加織はテレビを真似て、聖夜の首筋に手を当てた。
脈を感じ、生きていることに感謝する。
加織は救急車を呼ぼうとしてスマホを取り出したとき、仰向けになっていた聖夜がゆっくりと目を開けた。
「よかった。気がついたのね」
安堵のあまり加織の緊張がゆるむ。
涙が流れ、聖夜のほおに落ちた。
「救急車を呼ぶから、もう大丈夫だよ」
スマホを操作しかけた加織の腕を、血に染まった聖夜の手がつかんだ。
「いい……その、必要は……ない」
「必要ないって、何言ってるのよ」
加織は手を振りほどこうとしたが、聖夜の力は強くて離れない。
(どこにこんなに力が残ってるの?)
ふと、疑問がよぎる。
「大丈夫。このまま……ぼくのそばにいて……」
「え、でも……」
加織は不安を抱きながらも、一方で聖夜に従うべきだという気がしてきた。
地面にあおむけになったまま、聖夜は夜空を見上げていた。
なぜだろう。
これだけ傷を負い出血しているのに、聖夜の呼吸は落ち着き始めた。
大量に血を流したのは聖夜ではなく、相手の方なのか。
では聖夜はどうして起き上がろうとしない?
命に別状はないのだろうか。
考えれば考えるほど、加織は目の前の惨状が解らなくなる。
もう一度、倒れている聖夜を見る。
無理して平静を装っているなら、どんなに止められても救急車を呼ぼう。
だがその考えは、聖夜と目が合った瞬間に消え去った。
聖夜の視線に射抜かれた途端、自分を見つめる瞳から、目が離せなくなった。
聖夜はゆっくりと起き上がる。
加織の前にひざまずくと、血で染まった手を頬に近づける。
さっきまで失血死寸前の人物が取る行動ではない。
一陣の冷たい夜風が聖夜の髪を揺らし、木々をざわめかせた。
「せ、聖夜くん——?」
聖夜の手に頬をつつまれる。
加織は戸惑いを覚える間もなく抱き寄せられた。
耳元で何かを囁かれると、加織の全身を電気が走り抜ける。
聖夜は瞳を閉じ加織のあごに手をそえ、ゆっくりと顔を近づけてきた。
夢にまで見た聖夜とのキス。
こんな日は絶対に来ないと思っていたのに、それが唐突に実現する。
だがこの状況はあまりにも不自然だ。
血まみれの聖夜が、どうしてこのような行動を取るのか?
「……う」
合わせた唇の隙間から、加織の吐息がもれた。
優しいキスが激しいものに変わるとき、加織の意識が混濁する。
(もう、何も考えられない……)
死を連想させる冷たい唇。
口に伝わる血の味。荒々しく野性的な口づけ。
加織の理性は砕け散り、感情を激しく揺さぶられる。
加織は聖夜の背中に両腕をまわし、強く抱きしめた。
聖夜のしなやかな指が加織のやわらかな肌を徐々にまさぐる。
キスを終えた唇は、何かをさがすように、少しずつ加織の首筋を這った。
聖夜の動きに合わせて、加織が声を上げる。
瑞々しい肌が、ほのかに赤みをさした。
「ぐ……っ!」
加織の耳元で、聖夜がうめき声を漏らす。
顔を向けると聖夜の口元が見えた。
月光に照らされた犬歯が、鋭い牙に変った。
(——あれは、何?)
ふと感じる違和感。
聖夜であって聖夜でないもの。
いや、人間に擬態した人間ではない存在だ。
加織の生存本能が警告する。
(ここにいるのは異形のものだ)
逃げた方がいいと解りつつ、次に起こることへの期待で、加織の恐怖心は瞬時に消えた。
それは、唐突にやってきた。
「……あっ」
加織の左肩に鋭い痛みが走り、小さな悲鳴が上がる。
やがてそれは、喘ぎに変化した。
加織の熱い吐息と聖夜が発するうめき声が、木々のざわめきと重なる。
白い肩に突き立てられる、鋭い牙。
暴力的な行為。激しさを増す情熱。
それを受け入れたとき、加織の身体にしびれるような感覚が走った。
何かを囁く聖夜の声が、徐々に遠ざかる。
聖夜の腕の中で、加織は幸せな眠りについた。
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