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「おやおや、こんな所でお姫様が無防備で眠っているね」
店の閉店後たばこをくわえて休憩室にやってきた月島はソファで寝てしまっている美鈴を見つけ笑った。陸のものなのか男物のジャケットがかけられていた。今日は客も少なかったので陸以外のバイトはすでにあがっており閉店後の片付けを陸が1人でやっていた。
「休憩室の掃除をしてくれたんだね」
きれいになった灰皿に灰を落としながら月島は楽しそうに美鈴のそばに来て髪に触れた。
「お姫様、起きてください。カボチャの馬車が行っちゃいますよ。
それとも王子様のキスがないと目を覚まさないのかな」
月島の声に美鈴の目が眠たそうに開く。月島は笑いながら触れていた手を髪から離そうとしたが、その手を突然背後からつかまれた。
「うわっ!驚いたな…」
陸は月島を睨みながら手を離した。
「何訳のわかんない事言って触ってんだよ」
「いやいや、可愛い寝姿だったんでついね〜」
陸の睨みも気にせず月島は楽しそうに美鈴の方を見て笑う。
「美鈴さんも待ちくたびれちゃっただろ。陸のわがままに付き合ってこんな遅くまで待たされてね」
「うるさいな」
陸は嫌な顔をするとシャツを脱ぎロッカーから自分の服を出すとサッサと着替えた。財布と携帯をポケットにねじり込むと美鈴の手を掴み月島を見る事もなく『お先っ』と一言言うと出口へ向かって歩き出す。
「お疲れ様です」
美鈴が月島に頭を下げるのを見て月島は手をあげてこたえる。
「おやすみ。気をつけて」
言い終わらないうちに2人の姿は見えなくなっていた。
「若いっていいねぇ」
笑いながら灰皿にたばこを押し付けて消した。
陸は深夜の空いた道を自宅ではなく海の方へと車を走らせていた。
「大丈夫?疲れてない?」
「うん、大丈夫。 仕事の後って結構目が冴えているんだよね。それに俺、夜型だし」
空いた高速道路を下りると寝静まった街中を走り抜け少し大きな公園の駐車場へと車をいれた。他に止まっている車は2、3台いたがどうやら運転手は車の中で寝ているらしかった。
2人は車をおりると歩き出す。足音が公園内に響き渡るほど静かで人気がなかった。
美鈴がクリスマスに贈った時計を見ながら陸は美鈴の手をひく。
「今日は貸切みたいだな。まあ、時間も時間だしな」
「ここにも何度か来てるんだ」
以前バイクで行った公園の事を思い出し尋ねる。
「まあ昔に何度かね…」
少し濁した答えに月島の言葉が頭をよぎった。
陸は黙ったまま海が見える場所まで来ると等間隔に設置されてあるベンチを見た。
「座ろっか」
そう言うと先に腰を下ろしたが思いのほか椅子が冷たかったらしく顔をしかめた。
「春だとは言っても夜は空気が冷えてるし海風が結構強いよね」
美鈴が笑いながら言った言葉に陸は唇を尖らせると立ち上がった。
「これから真面目な事言おうと思ってたのに格好がつかないな」
「何言おうと思ったの?」
陸が何も言わないで黙っているので美鈴は顔を覗き込む。
自分から覗き込んだのだが陸の目が自分を見つめると照れくさくなり海の方に視線を向けた。がすぐに陸の方を再び向いた。
「私の方がきちんと言わないといけないことがある。先に言っていい?」
「うん、何」
胸元の服をキュッと掴むとひと息つく。
「私、陸にきちんと返事をしていなかったよね。ずっと待ってもらっていた」
「うんまあ、でも俺から約束破っちまって手を出したけど」
そこまで言って陸は美鈴の顔を見ると口をへの字にして頭を掻いた。
「あ、ごめん。余計なこと言った。続けて…」
そんな陸を見て美鈴は思わず笑ってしまった。陸もつられるように笑う。
「やばい。話しの腰を折るってやつだよな」
陸の言葉に笑いながら小さく息を吐くと美鈴は掴んでいた手をおろした。緊張していた気持ちも落ち着く。
「大丈夫だよ。緊張すると言いたいことも言えなくなっちゃうから。
それじゃなくても自分の事話すの苦手だし」
そこまで言ってからふたたび息を吐いてから陸を見つめた。
「陸の気持ちに甘えてこんなにも待たせてしまってごめんなさい。それに朗の事もありがとう。これからも色々あって迷惑をかけてしまうかもしれないけど、よろしくお願いします」
照れくさそうに頭を下げた美鈴を見て陸は尋ねた。
「それってプロポーズ?」
「え?プロポーズ?」
驚いた表情の美鈴を見て陸は吹き出す。
「そう聞こえる。でも兄貴たちより先に籍入れちまってもいいよな。別に昨日今日の付き合いじゃないんだし修羅場も結構乗り越えてきたと思うぜ。それも生死に関わるようなのね」
「確かにそうだけど、陸はまだ二十歳でしょ。お店でも人気あるんだしカッコいいんだから…慎重に考えたほうがいいんじゃないかな」
「あーでたでた。ネガティブ思考。よろしくと言っときながら何で引くかな。そこんとこ俺、嫌だな。それに美鈴だって高坂さんやマスターに気に入られてるじゃん。あの堅物の兼松だってそうだぜ。まあ皆んなおっさんだけど自信持っていいんじゃないの」
「それは自信持てじゃないよ。皆んな保護者側として見てくれているんだよ。
おっしゃる通り残念なネガティブ思考ですから」
欄干につかまりながら美鈴はいじける。
「ま、そうかもね」
あっさりと陸は認めた。
「陸は正直だな」
ぼやく美鈴の横に陸は来ると同じように手すりを掴み寄り掛かった。
「大丈夫だよ。俺、みんなと違って過保護じゃないからさ。
それに分かってると思うけど相模さんや裕助さんみたいにできた大人じゃないから言いたい事言うし気が付かないことも多いと思う。だから美鈴もちゃんと言って。どっちかが我慢してとか無理するとかは嫌だから。一緒に歩きたいし同じ所にいたいから」
「そうだね…」
はっきりと物を言う陸だがそれだけではないと美鈴も知っている。
頷く美鈴を見ながら陸は口を一度閉じた。
「あのさ、さっき言おうと思ってた事だけど」
「うん」
陸にしては珍しくためらいながら言葉を繋げた。
「俺、神奈川にあるあの家で美鈴と暮らしたいと思っている」
相模がくれたあの場所。陸の誕生日をお祝いして以来行けていない。
「俺、あの場所好きなんだ。海が見えるし風が吹き抜けて何か前向きにならない?それに懐かしくて居心地が良いんだ。相模さんが美鈴に残した大切な場所をこれからは俺らで大切な場所にしていけたらって思った」
黙ったまま陸を見つめている美鈴に陸も照れたように視線を横に逸らす。
「まあ、俺の方がプロポーズなんだけどさ…美鈴の返事は?」
美鈴が口を開きかけたの見てなぜか陸が先に言った。
「OKでいんだよな」
開きかけた口のまま首が傾いてしまった。
「そこは私が答えるところじゃないの?」
「美鈴の答えはいつも『でも』とかだろ。だから進めといた」
「なるほど」
なるほどではないのだが、たまに見せる陸の子供っぽい様子に笑ってしまう。しかしそれ以上に相模を思ってくれている事に嬉しく思った。
「ありがとう。私もあの場所好きだよ。だから大切にしていきたいよね」
陸の表情がパッと明るくなる。しかし美鈴はやはり気になっている事を『でも』抜きで付け加えてしまった。
「えっとじゃあ月島さんのお店は辞めるってこと?」
明るい表情から陸の眉間にシワがよる。
「…まあそうだよな。通えないもんな」
口を尖らしながら考えていたが小さくため息をつく。
「そうなるとあっちで仕事を見つけて落ち着いてから…って感じか」
「そうだね」
美鈴が頷くのを見て陸がぼそりとつぶやく。
「やっぱ女って現実的だよな」
「夢が一気に叶うんじゃなくて、少しずつ叶えていくっていうのも楽しいんじゃない?」
「まあ、そうだな」
そう言うと陸は大きなくしゃみをして肩をすくめた。
「さみっ。帰ろっか。朝日見てからと思ったけど寒いし」
「そうだね、風邪ひいたら大変」
美鈴の返事を聞いて元来た道を戻ろうとする陸の前を突然塞ぐようにして美鈴は立った。不思議そうに陸は目の前を見る。美鈴は何も言わず陸の前に手を差し出す。いろいろな気持ちが湧き上がっていた。これからの期待や不安いろいろ。でもそれは2人で解決しながら進んでいけばいいのだ。そして思いも積み重ねていけばいい。
差し出された手をじっと見つめていた陸はその手をぎゅっとつかんだ。
「やっとつかまえた」
陸のつぶやきが美鈴の心に染みる。いろいろな思いが一気に解けて熱い思いが込み上げてくる。繋がれた手を見ていた陸は顔を上げて笑う。
「何だよ、また泣いてるの?ほんと泣き虫だよな」
そう言うと陸は美鈴を抱きしめた。
「帰ろうぜ」
2人は手を繋ぎ歩き出す。
空はいつの間にか白んでいた。もうすぐ朝日が昇ってくるはずだ。
次でこの『3』のお話は終わります。
もとのお話では、陸のプロポーズに行くまで公園内でも陸が求めてくるなどのコトがあったのですが
そこは端折ってしまいました。 でも最後にこのお話の題名でもある『この手をつかみたくて』の陸の
思いの通りやっと美鈴をつかまえさせてあげることが出来てよかったです。
この話は次で終わりますが、実はまだ続きがあります。2人の関係が気になると言う方、よろしかったら
ご覧下さい。




