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携帯が鳴っている。美鈴は枕元にあった携帯を手に取るが力が入らずすべり落ちる。いったい今何時くらいなのだろうか。顔も体も熱かった。鳴り続けている携帯をつかむと体を少し起こす。陸の名前が表示されている。
「もしもし…」
なんとか出ると陸の声が聞こえる。
「美鈴? 今マンションの入り口にいるから開けて」
頭が回らない。枕元の時計は12時半を回っていた。店が終わるのはもっと後のはずだ。
「今、下にいるの?」
「そうだよ。ごめんなこんな時間に」
「あの…陸。私ちょっと風邪引いちゃったみたいだから今はちょっとダメ…」
美鈴の言葉に陸は少し怒った調子になる。
「やっぱそうなんだ。話しててなんか変だなって思ったんだよ。いいから早く開けて。開けてくれるまで俺待ってるよ」
「…うん」
陸と言い合う気力もなく美鈴は携帯を置くと立ち上がった。まるで水の中を歩いているようにフワフワする。リビングの電気をつけるとエントラスのドアを解錠する。それからカーディガンを羽織ると玄関まで行き鍵を開けた。時間がかかったとは思わなかったのだがドアを開けるとすでに陸はドアの前に立っていた。
「ごめんな寝ていたのに。中に入って」
美鈴が後ろに下がると陸が玄関の中に入る。冷たい外の空気のにおいが陸の体からする。
陸は美鈴の体を抱きしめた。
「体が熱いよ。熱、随分高いんじゃないの?」
体を離し美鈴の顔をみるとトロンと熱っぽい顔をしている。
「寝ていたら熱が出てきたみたい。でも薬は飲んだよ」
陸は美鈴の体を抱き上げると中へ入っていく。
「えっ…陸」
さすがに美鈴も驚いて陸の服をつかんだ。陸は布団に美鈴を下ろすと強い口調で言った。
「寝てな。アイス枕みたいなの持ってる?それからスポーツドリンクとかあるなら水分も取った方がいいよ。なかったら買ってくるから」
布団に座り込んだまま陸を見る。
「アイス枕は持ってない。スポーツドリンクもない…」
「分かった。じゃあ近くのコンビニで買ってくるよ。家の鍵借りるよ。美鈴は寝てていいから」
陸はそう言うと立ち上がり出て行ってしまった。
呆然として布団の上に座ったままでいたが、辛くなりカーディガンを脱いで布団に横になった。すぐに目は閉じられ眠ってしまったようであった。ふと目を覚ました時、陸がおでこに冷却シートを貼ってくれているところであった。
「あ、ごめん。起こしちゃったな」
おでこに貼り終わると顔を覗き込んできた。
「スポーツドリンク飲む?」
「うん…」
陸は頷くと台所に行きコップに注いで持ってきてくれた。
「ありがとう」
体を起こし受け取ると一気に飲み干した。
「もっと飲む?」
「ううん。大丈夫、ありがとう」
陸はコップを受け取ると台所のカウンターに置く。
「和室の電気消すよ」
「うん」
電気を消すと陸は美鈴の横に座った。
「ありがとう…」
「いや…」
虚ろの美鈴の表情に陸は静かに言う。
「寝ていいよ」
「うん…」
美鈴の瞳は閉じられた。
静かな時間だった。陸の心の中も静かだった。ここ暫くの苛立ちはどこにもなくなっていた。
「俺こんな風に人のこと看病したりするの初めてだな」
陸は静かに話し出す。
「前にさ高坂さんと飲んだ時、美鈴のどこに惹かれたんだって聞かれたんだよ。あの人、美鈴のこと本当に好きで色々分かっていて、なんか無償の愛てヤツを注いでんだよね。俺なんてガキだから、ただ自分だけ見て欲しくて分かって欲しくて自分の事ばかりでさ。だから、あの人が真剣な思いをぶつけてきた時に苛立って腹が立って怒鳴ってしまった。それに、美鈴が俺に戸惑っていた事にも苛立っていたんだよな」
陸はため息をつく。
「ごめんな。昨日待っててくれたんだよな。兼松に言われなければ気がつかないでヘソ曲げたまんまだったと思う。昔っから兼松は俺の足りない所を否定しないで、でもはっきり言ってくれるんだよな。あいつにはいつまでたっても頭上がらないな…」
陸はそこまで言うと自嘲した。
「なんか前も美鈴の前で反省会してたな。…全然変わってないじゃん俺」
ふと目が覚めたが外はまだ暗かった。
横を見ると陸が何もかけずに眠っている。美鈴は体を起こし押入れから毛布を出し陸にそっとかけた。そして自分の布団に戻る。陸の寝顔を見つめていた美鈴は陸の手に自分の手を滑り込ませた。温かかった。美鈴は安心したように目を閉じた。
次に目が覚めた時はすでに明るくなっていた。襖の隙間からリビングに差し込んでいる明るい日差しが見える。台所では何か物音が聞こえた。何かとても懐かしく切ない気持ちになる。はがれかけていたおでこの冷却シートを取ると体を起こした。まだ体は熱っぽいが昨晩よりはだいぶ良かった。布団から出て襖を開けると台所にいた陸が気がつく。
「どう調子は?」
「うん。昨日よりはいい」
美鈴の顔を見ていたが陸は台所から出てくると美鈴の額に手をあてた。
「まだ熱いじゃん。寝てた方がいいよ。
今さ、おじや作ってるから出来たら呼ぶよ」
「うん」
返事をしたが、そのままソファへと腰を下ろす。
「なんでソファかな…」
陸はソファのクッションに抱きつくように倒れ込んでいる美鈴を見ていたが台所に戻る。
「あ…そういえば、8時半だけど仕事大丈夫なの?」
思い出したように声をかけた陸の声に美鈴は勢いよく上半身を起こした。しかしくらくらとまたクッションに倒れ込む。
「大丈夫だった。今日、私は休みなんだ…」
「すっげ、マンガみたいな飛び起き方だった」
陸が笑う。
「くらくらして気持ちが悪い…」
「そりゃそうだろ。昨日かなり熱高そうだったし、今もまだある感じだし…そんな起き方すれば気持ち悪くもなるよ」
クッションに寄りかかったまま陸のする事を見ていたがふと尋ねる。
「陸は大丈夫なの?ファミレスの方は?」
「今日は店の方だけだよ。それにファミレスは今月で辞めるつもり」
「そっか…」
陸は自分のことを見ている美鈴の方に目を向けた。
「あのさ、クリスマスの辺りに都合ついたら夜理と店に来なよ。特に何かやっているって訳じゃないけど海人がピアノを弾きに来るし」
「うん」
美鈴の返事を聞いて頷く。
「日にち決まったら教えて」
「うん」
「球根も植えに行こうな」
「うん」
「…起きてるよな」
「うん」
小さく美鈴が笑っているのが見えた。陸の口元も自然にほころんだ。
「なるほど…。昨日と今日の違いはすごく分かる」
月島は機嫌のよい陸を見て呟いた。
「何、マスター?」
陸は振り返り月島を見る。
「いや別に…あー、そう言やあ、お前クリスマスは出でいんだよな。後からキャンセルなんてナシだからな」
「大丈夫だよ。最後まで出るよ」
陸は休憩室のカレンダーを見て頷いた。後10日もすればクリスマスであった。
「じゃあ頼みますわ」
「了解」
月島は店の方に歩いて行く陸を見て笑ってしまった。
「分かり易いなぁ。仲直りって訳か」




