18
12月も2週目に入った頃、植木屋の大場から連絡があった。
庭の手入れも終わり何か追加がないかの確認の連絡であった。陸と買ったチューリップの球根がそのままだったことを思い出したが頼むのはやめておいた。
陸とは12月に入ってから休みも合わず、まだ会っていなかった。神奈川の家での事もあり気まづい気持ちのままでいた為、何かほっとしている所もあった。
「あとは大丈夫です。ありがとうございました」
美鈴は仕事場の机に携帯を置くとため息をついた。昼の休憩時間も終わりである。
自分の前にあるパソコンに向かい仕事に取り掛かろうと思ったところで自分を呼ぶ声に振り返る。
「早瀬さーん。これ店長から預かってきた在庫表。確認しておいてって言ってたよ。なんかデータ上と実際数が合わないみたい」
自分より一つ年下だが先輩の女性が声をかけてきた。
「え。本当ですか?倉庫に行って確認しないと…」
美鈴は、彼女が持ってきたリストを受け取ると立ち上がった。
女性は美鈴を見てから少し首を傾げた。
「ねぇ、早瀬さん店長とできてるの?」
あまりの突然の言葉に美鈴は驚いてしまった。
「えっ!ない、ない!」
美鈴が激しく首を振る姿を見てちょっとがっかりしたように彼女は机に寄りかかる。
「なあんだ、そっか。仲が良いからそうかと思った」
「星さん、何か変な噂が流れているの?」
女性、星は笑った。
「隠し子じゃないかっていう噂は流れてたけど、店長30代だしね」
美鈴は複雑な顔をしてしまった。正直女性ばかりの職場にも戸惑っていたのだがとんでもない噂が流れているもんだ。
「じゃあ彼氏はいる?」
突然の突っ込んだ質問についていけず微妙な返事で返すと、星は嬉しそうな顔で話し出した。
「ねぇ、宣伝部の高橋くんと佐渡くん知ってる?」
「名前くらいなら知っているけど」
「じゃあ一緒に飲みに行かない?」
「え?私? 無理無理」
慌てて断ったが思いの外、星の押しは強かった。
「どうして?2人ともカッコいいよ。彼氏がいたって大丈夫。私、高橋くんと仲良くなりたいんだよ。仲を取りもつと思って、どう?」
「あらあら、素敵な相談ねー」
突然2人の背後から肩を叩いてきた人物に2人は飛び上がらんばかりに驚いてしまった。
「て、店長!」
星は真っ赤な顔で慌てる。
「すみません!」
2人で同時に謝ると、高坂はクスクスと笑う。
「別に仕事に支障が出ないくらいの雑談ならかまわないわよ。ああ、星さんリスト渡してくれたのね。ありがとう」
「いいえ。じゃあ私は失礼いたします」
星は美鈴に目で合図を送ると行ってしまった。
「早瀬さんはこれから倉庫に行くんでしょ。私も探したい物があるから一緒に行くわ」
地下にある倉庫は空気がひんやりとして寒いくらいであった。
薄暗く1人で入るには何か心細い場所だ。美鈴が部屋の端に積まれた段ボール箱の中身を確認していると高坂が後ろから声をかけてきた。
「ねえ、さっきの星さんの話、宣伝部の高橋くんと佐渡くんでしょう」
むし返す高坂に美鈴は首を振った。
「行かないよ」
高坂は笑って美鈴の肩に手を置いた。
「そんなにムキにならなくたっていいじゃない。あの子達悪い子じゃないから同じ仕事をしている仲間って事で親睦を深めに行ってみたら?」
口をすぼめている美鈴を見て高坂は笑う。
「みっちゃんは少し遊んだらいいのよ。そんなの当たり前。普通の男の子と飲みに行ったりしないんでしょ。たまには年相応のことしたら?みっちゃんと陸くん何だか煮詰まっているみたいだし」
美鈴の渋い顔に高坂は可笑しそうに笑う。
「当たりだ。じゃあ、それこそみっちゃんは男の子たちと飲み会。
私は陸くん誘って飲みに行こう!」
美鈴の返事も待たずに高坂は楽しそうに言った。
「日にち決まったら教えてねー。さーて、仕事しごと」
高坂は足取り軽く倉庫を出て行ってしまった。
その後飲み会の話もあっという間に決まり、高坂も陸との約束が取れたと喜んでいた。
3日後の事であった。
「陸くん、こっちこっち」
高坂は歩いてきた陸を見つけると嬉しそうに手を振った。
そんな高坂を好奇な目で見る人々の中、陸は周りを気にすることもなく高坂の前まで来ると小さく頭を下げた。
「どうも」
「お疲れ様です。仕事終わりに悪かったわね。さて、どこ行きましょうか。行きたいところある?」
陸は行き交う人々から建物の方へ目を向けたが首を振った。
「いや、俺分からないから任せます」
「そう? じゃあいいお店があるから行きましょう」
高坂は陸の腕を引っ張ると歩き出した。
ちょうど時間も同じ頃、美鈴たちも仕事を終え職場近くの店に入った所だった。
確かに星が言うように2人の男性は男前であり背も高い。特に星がお気に入りの高橋は、今どきの男性であった。お酒が入る前から星のテンションは上がりまくってニコニコしている。
「んじゃあ、お疲れさまー!」
高橋が音頭をとりビールグラスが重なる。
お酒を飲み料理を食べ笑って話している当たり前の事が美鈴にとって何か不思議で心ばかりが離れていくようであった。飲みながら笑っている自分が自分でないようだった。
高坂が陸を連れてきたお店は、こじんまりとした洒落たお店であった。
料理も美味しく店員も感じが良い。向かい合って飲んでいたのだが話すのは高坂ばかりであった。
「えっ!初体験が中2だなんて早いわね」
高坂は、水を飲むように酒を飲んでいる陸を驚いて見た。
「高坂さんだって高1なんでしょ。たいして変わらないよ」
陸はボソリと言う。
「大いに変わるわよ。 しっかし、陸くん…」
陸は高坂の顔を見る。高坂としては愛想もないが整った顔に見つめられて見とれてしまったのだが慌てて言葉を続けた。
「今日はやけにテンション低めね。みっちゃんが一緒の方が良かったかしら」
陸は、高坂の言葉に視線を下げた。
「美鈴、今日は飲み会なんだろう。昨日言ってた」
高坂は苦笑いした。
ご丁寧に陸に話したらしい。
「仕事仲間で飲んでいるみたいね。こっちはこっちで女の子呼んで飲む?」
高坂は明るく尋ねたが、陸は首を振った。
「いや、女とはいいや。女ってよく分からないし面倒じゃん」
「…陸くん19だったわよね」
「来月でハタチだよ」
陸はグラスを空ける。
「なんか20の男の子の発言じゃないわね。ケンカでもしたの?」
陸は背もたれに寄りかかるとため息をついた。
「してはいないけど距離を置かれている。今月入っても会ってないし…」
陸はウェイターに飲み物を追加した。
「あ…高坂さんは?」
「私は大丈夫よ」
陸は頷いた。
「職場では変わらない?」
「そうね。頑張ってくれてるわ。ちょっと人が少ない部署だから先月からてんてこ舞い状態だわね。年始の福袋の方も大詰めだし」
「忙しいんだ」
「うんまあ、そうなんだけど…」
高坂は参ったように陸を見た。
「ねえ陸くん。知っていると思うけどみっちゃんって真面目な性格なのよ」
陸は高坂を見る。
「今はまだ心の整理が上手くできてなくて、陸くんとみっちゃんの気持ちが上手く噛み合ってない状態なんじゃないかしら」
「……」
「もうちょっとのんびり構えて待っていたらいんじゃないかしら」
高坂の言葉に陸はため息をついた。
「別に待つことは構わないんだよ。ただ、今みたいな状態が嫌なんだよ。
何か問題があれば言ってくれればいいし、俺と2人で会うのがダメなら夜理でも裕助さんでも一緒で構わないよ。俺の嫌なところがあれば言ってくれればいい。なんかはっきりしないのが嫌なんだよ」
高坂は陸を見て表情を和らげる。
「確かに陸くんにとってはもどかしくて嫌かもしれないけどそんな単純じゃあないのよ。陸くんはみっちゃんのどこに惹かれたの?ずっと思っていたんでしょ」
陸はむすっとしたまま黙っている。
「私はみっちゃんと会ったのは5年くらい前だけど、彼女は誰に対しても一生懸命なのよね。自分が傷ついたって相手を助けようとするの。朗のことだってそう。人を寄せ付けないあいつがあんな風に変わってしまうんだもん。驚いたわ。泣き虫だけど笑顔もくれる。だけど自分には欲がないから何かを求めたりしてこないのよね」
高坂は真剣の眼差しで陸を見た。
「ねえ陸くん。正直言うと私みっちゃんの事好きよ。きっとあなたより好きだと言えるわ。
でも私はあの子を守ってあげられればいいの。笑っていてくれたらいいの。あの子が私を求めてきた受け入れるけど、それでなければガーディアンのつもり。だから陸くんが傷つけるようなら許さないわ」
高坂は挑発するように小さく笑った。
そんな高坂を睨みつけるように見ていた陸は低い声で言った。
「ふざけるなよ」
高坂はそんな陸を表情を変えずに見返している。
「アンタに何がわかるって言うんだよ。
俺だってずっと傍にいるのに掴むことができないんだよ。
今やっと俺の目の前にいるのにそれでも触れないんだよ!
俺にどうしろって言うんだよ!ふざけるなよ…」
陸の声は店の中を静まりかえらせた。店員が慌てて場をつくろう。
自分を睨みつけている陸を見ていた高坂は小さくため息をついた。
「それが陸くんの心の叫びってやつか…」
先程とはまったく違う高坂の様子に陸は訳が分からず見つめる。
「あんた俺を怒らせて…」
「だって陸くん、どうしたいのか言ってくれそうもなかったし、本心も聞きたかったからごめんなさいね。怒らせちゃって」
高坂の言葉に力が抜けたようにうなだれる。
「…本当にふざけんなよ」
「やあね。こっちだって真剣だったわよ。
でも陸くん、本当に直球ストレートね。みっちゃんが戸惑っている様子が想像つくわ」
「……」
陸は渋い顔をした。
「きっと陸くんが押しすぎなのよ。たまには引いてごらんなさい。電話も陸くんがしているんでしょ。暫く連絡も止めてみなさい。そしたらみっちゃんの方からしてくるわよ」
高坂は悪戯っぽく笑った。
11時を過ぎた頃、美鈴は佐渡と駅に向かって歩いていた。
「ごめんね、佐渡さん」
美鈴は隣を歩く佐渡に謝った。
星は高橋と一緒にカラオケに行ってしまったのだが、美鈴は明日も出勤なので抜けさせてもらったのだ。その時、佐渡も一緒に抜けてきたのだ。
「いや大丈夫だよ。実は俺も朝イチでお客さんの所に行く予定になっていたから丁度よかったよ。早瀬さんは福袋の方で追われているんだろう。管理部の方は人が足りないって聞いてるから大変だね」
佐渡はサバサバとしていて話しやすい男だった。年も美鈴と同じだが佐渡の方が年上に見えしっかりしている。
「でも入って間もないのにいろいろ任せてもらえるからありがたい事だと思っているよ」
美鈴の言葉に佐渡は頷いた。
「偉いなあ…。でもそうだね。
店長は積極的に俺らの意見も取り入れてくれるしやらせてくれるもんな」
駅の改札まで来ると佐渡は足を止めた。
「俺は私鉄だから、こっちへ行くんで」
「お疲れ様でした。気をつけて」
佐渡は美鈴に意味ありげに笑った。
「今度は店長の監視下じゃない時にでも。お疲れ様!」
手を振って改札に入っていく姿を見送りながら美鈴は佐渡の言葉をリピートした。
店長の監視下じゃない時。高坂は佐渡達にも何か言ったのだろうか。にこやかに行ってらっしゃいと送り出してくれていたが防衛線は張っていたらしい。複雑な気持ちで改札を抜けホームへと向かう途中にタイミングよく高坂から電話がかかってきた。
「もしもし、みっちゃん?」
「高坂さん」
明るい高坂の声に美鈴はため息をついてしまった。
「え?何?どうしたの?何かあった?」
「何もないですよ。高坂さんが何か言ったみたいだからね」
美鈴の言葉にしばし沈黙の後、高坂はああ!と声をあげた。
「別に私は何も言ってないわよ。ただみっちゃん達と一緒に飲みにいくんですってねって言っただけよ。なに?それが結構効いてたの?」
「そうかも」
焦ったように言う高坂に笑えてしまった。
「高坂さんの方はどう?」
「ああ、私たちは10時前には別れたわよ。今は友達のお店で飲んでいるの。みっちゃんも来ない?」
「ごめん。今日はやめとく。大人しく家に帰ります」
「そう?じゃあ気をつけてね」
「うん、高坂さんも。じゃあ」
美鈴は携帯を切るとホームに向かった。




