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拾われた兄妹

 村から離れ、ひたすら走り、俺は見渡す限り何もない平野まで逃げることが出来た。

 月明かりにうっすらと照らされた夜闇の中、気絶した妹を背負いながらでこぼこの荒れた道を歩いていく。

 誰でもいい……。

 とにかく誰かに会って、妹を助けてもらいたかった。

 打撲や火傷、擦り傷だらけの体で何十分も何時間も暗闇の中を歩き、どれだけの時間が経ったのか、どれだけ進んだのか分からなくなくなった頃、とうとう限界が来たのか、足が動かなくなった。

 膝が折れ、妹を背負ったまま地面に倒れる。

 ……喉が渇いた……お腹が空いた……全身が痛い……。

 ……助けられなくて……ごめん……。

 母さんと妹のシスタに心の中で謝る。

 視界が霞み、意識を失いかけたその時――


「よお、クソガキ 。大丈夫か?」


 野太いおっさんのそんな声が聞こえてきた。

 力を振り絞って見上げると、三十代くらいの無精髭を生やしたおっさんが目の前に立ってこちらを見ていた。


「よし、まだ生きてんな」


 そう言いながら俺の目の前にしゃがみこむ。


「選べ。このままここで背中のその子と一緒に野垂れ死ぬか。その子と一緒に俺と暮らすか。どっちだ?」


 おっさんはこちらに手を差し伸べながらそう言った。


「……助けてくれ……妹だけでも、いいから……」


 俺は力を振り絞り、震える手でその差し伸べられた手を取る。


「それは二人で俺と暮らすってことでいいか?」


「……それでいい……。……頼む……」


「わかった。なら、助けてやろう」


 そのあと、親父はなにかを話していて、俺はそれに対して何か返事をしたけれど、意識が朦朧としていてその内容がなんだったのかまでは覚えていない。

 助けてくれるというその言葉に安心したのか、俺はやり取りの途中で意識を失った。

 これが今でも決して忘れない俺と親父の初めての出会いだった。



 *



「あっ、起きた」


 目を覚ますと、目の前には俺よりも少しだけ年上の女の子の顔があった。

 女の子は俺の顔を覗き込むようにして見ていて、その状況に驚きはあったけれど、全身に痛みがあって、気だるかったので反応するのも面倒に感じた。


「大丈夫?」


「ここは……」


 筋肉痛のような全身の鈍い痛みに耐えながら、ゆっくり上体を起こして周囲を眺め、今の状況を確認する。

 木でできた床や天井。

 窓の外には広々とした野原が広がっていて、その奥には多くの木々が見える。

 見たことのない部屋と景色だ。

 目が覚めた時にそばにいた女の子を見ると、ベッドの横に置かれている丸椅子にちょこんと座っていた。

 近くには水の入った(おけ)や布などが置かれていて、俺の体には包帯が巻かれている。

 状況的に俺の事を看てくれていたのだろうか。


「よお。起きたか、クソガキ」


 状況確認をしていると、部屋の扉が開き、一人の男が入ってきた。


「アンタ……!」


「元気そうでなによりだな。食いもんだ。腹減ってるだろ?」


 入ってきたのは意識を失う直前に見たおっさんだった。

 パンやスープなどの食べ物が乗っているトレーを手に持っていてベッドの横にあるチェストの上に置く。

 おっさんを見たことで倒れる前のことを思い返し、妹がいたことを思い出す。


「い、妹は!?」


 訊くと、おっさんと女の子が俺の横を指さした。

 二人の指の先を見ると、俺の隣に妹が毛布にくるまって気持ちよさそうに眠っていた。


「よかった……」


 妹が生きていたことに胸を撫で下ろす。

 けれど、安心したのもつかの間。

 助けてくれたのだろうが、誰だかわからないおっさんに対して警戒心を抱く。


「飯食べないのか?」


「妹が起きてから食べる」


「そうか」


 先程まで女の子が座っていた丸椅子に足を組んで腰かける。


「お前、名前は?」


「リアン……リアン=リワード」


「妹は?」


「シスタ=リワード」


「お前、意識を失う前のこと覚えてるか?」


「一緒に住めって……」


「そうだ。覚えてるなら話が早い。お前、この家に住め」


「なんで?」


「助けてやっただろうが。約束忘れたのかよ」


「そうじゃなくて、なんで俺たちを住まわせる。目的は?」


 俺と妹を助けて、この家に住まわせてもおっさんにメリットが何もない。

 怪しむのは当然だった。


「そんなのねぇよ。さっきから言ってるだろ。ただこの家に住んでくれればいいだけだ」


「わけわかんねぇ……」


「なんにでも納得できるような理由があると思うなよ。世の中、(かしこ)まった理由よりもなんとなくぼんやりした理由の方が多いんだからな?」


 おっさんは続けて、「まぁ、こんなことガキに言ってもわからんか」などとブツブツ言いながら、少し考え、向き直る。


「強いてお前が納得できそうな理由を挙げるなら、俺は子供が好きだし、賑やかなのが好きなんだ。だから、賑やかしのためにこの家に住め」


「いい歳して独身なの?」


「うるせぇ。自由でいたいから結婚願望はねぇんだよ」


 苦虫を噛み潰したような嫌な顔をしながらおっさんが言う。


「お前ら、どうせ戦争孤児かなんかだろ?お前らからしてもこの話は悪い話じゃない。どうせ、頼れるような身寄りもいないんだろ?」


 おっさんに痛いところを突かれた。

 頼れる人……家族が生きていればどうにかなるけれど、母さんも父さんも姉さんも生きている保証なんてない。

 頼れる人は現状いないに等しかった。


「まあ、こんな怪しいおっさん、そう簡単に信用出来んわな。とりあえず、お前らはしばらくこの家に住め。飯も出してやるが、俺のことが信用出来ないと思ったなら出ていってもいい。好きに選べ」


 おっさんはそう言い残して部屋から出ていった。

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