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全ての始まり

 俺が産まれたのは田舎にある人口が五百人程度しかいない小さな農村だった。

 人手が足りないから子供も幼い頃から手伝いをして、家畜に餌を与えたり、畑の手伝いをしていた。

 裕福ではないし、毎日の仕事の手伝いは大変だったけれど、近所付き合いも良くて、みんな仲良し。

 困ったことがあれば助け合う笑いの絶えない村だった。

 まだ子供だった俺の目から見ても幸せな村だったと思う。

 俺はそんな村で産まれ、平和に暮らしていた。


「母さん、なんでいつもそのネックレスしてるの?」


 ある日。

 母さんがいつもしていたリングネックレスが気になって、そのネックレスについて()いたことがあった。


「んー?気になる?」


 こくりと首を縦に頷くと、手を止めて、しゃがんで目線の高さを合わせて話してくれた。


「この青い宝石の指輪はね。いつからかは知らないけど、昔から代々受け継いでるものなんだって。お母さんのこの指輪もお父さんからもらったんだけど、わたしが貰う前はお父さんのお母さんが持ってたの」


「おばあちゃんってこと?」


「そう。リアンが大きくなって、いつか大切な人ができて、結婚することになったら、これをあげるから相手の子に渡してあげてね」


「えー!」


 服を着替えて仕事の準備をしていたシア姉ことシアン=リワード。

 俺とシスタの姉だったシア姉が声を上げた。


「わたしにはくれないの!?」


「アンタはお相手の人にもらいなさい。こういうのは男の人からプレゼントされるものなんだから」


「ちぇー」


 シア姉はそういうと先に家畜の様子を見に外へと出ていった。


「でも、その伝統そろそろなくなっちゃうかもしれないな。最近の子はそういうの嫌がる子もいるだろ」


「そう?わたしはロマンチックだと思ったけど。それにこの指輪、全然古臭くないし、今の若い子でも喜んでくれるんじゃない?シアンも欲しがってるし」


 父さんと母さんが話し、母さんは俺の方に向き直った。


「別にお母さんみたいに身につける必要はないから、渡すだけ渡して受け継ぐようにはしてあげてね」


「リアンにはいい子が見つかるといいな」


「きっと見つかるわよ。リアンはいい子だから、ね〜」


 そう言って、母さんは俺を抱きしめて頬ずりをしてきた。

 その時の父さんと母さんは二人ともとても嬉しそうで、楽しそうで、幸せそうに俺の目には見えた。

 俺自身もそれが幸せだと感じない程度には幸せだった。

 けれど、この頃の俺はまだ幼すぎて知らなかったのだ。

 大切なものを失う日はいつだって、ある日突然なんの前触れもなくやってくるということを――。



 *



 二日後。


「きゃーーー!!!」


「誰か助けてくれ!!!子供が下敷きに!!!」


「どけっ!!!」


「おい!何してる!!早く逃げろっ!!!」


 村は炎に包まれ、人々の絶叫と破壊音が夜空のもとに響き渡っていた。

 どこから侵入したのかはわからないが、魔物に奪われた領地の近くだったこともあり、村に一体の魔物がやってきた。

 闘丑(コンヴァッカ)と呼ばれている巨大な二本の角と四つの目が特徴的な魔物。

 強さも大きさも黒獅子(ネグロリオン)と同程度だが、戦う術を持っていない小村では闘丑(コンヴァッカ)一体の襲撃だけでも壊滅的だった。

 立ち並ぶ家々が燃えて村中が大火事になり、魔物が暴れ、建物の残骸(ざんがい)がそこらじゅうに散乱している。

 無惨な死体。

 我先にと叫び声を上げながら逃げ惑う人々。

 まったく知らない人たちならその光景もまだマシに見えたかも知れないけれど、悲痛な表情を浮かべているのはどれも見知った顔の人たち。

 知り合いがそこらじゅうで死に、逃げ惑っている光景は今でも地獄だったと思う。

 そんな地獄の中。

 俺は逃げることもせず、地面に手を着いて叫んでいた。


「母さん!!!」


 逃げている途中、母さんの下半身が崩れてきた家の瓦礫(がれき)の下敷きになり、身動きが取れなくなってしまったのだ。

 俺は母さんの前を走っていたので逃れることが出来ており、妹のシスタは火事の煙を吸い込みすぎたのか気絶してしまい母さんが運んでいたが、ギリギリのところで母さんがシスタを投げたことで瓦礫(がれき)の下敷きにはならずに済んでいた。

 母さんは力を込めて瓦礫(がれき)から抜け出そうとするけれど、どうやら抜けられそうにない。

 母さんの上に乗っている瓦礫(がれき)は当時まだ十歳だった俺にはとても退()かせるような重さじゃない。

 父さんがいれば、瓦礫(がれき)退()けられたかもしれないけれど、父さんとシア姉とは逃げている途中ではぐれてしまっていた。


「リアン……これ……」


 そう言って、母さんが差し出したのはいつも首にかけていた青い宝石がついた指輪のリングネックレスだった。


「でも……!」


「いいから」


 受け取るのを躊躇(ちゅうちょ)したが、母さんに握らされる。


「リアン……これから、いろいろ大変だと思うけど……お母さんがいなくても、頑張って生きてね……。リアンはお兄ちゃんだから、シスタの面倒見てあげて、守ってあげて……」


 俺の手を握ったまま母さんが俺の目を真っ直ぐに見て話す。


「何言ってるの……?母さん……」


 俺は母さんを助けようと上に乗っている瓦礫(がれき)退()かし始めた。

 母さんを置いていけるわけがなかった。

 ここで置いていったら後悔するとかそんな難しいことを考えていたわけじゃない。

 俺はただ純粋に母さんに死んで欲しくなかった。

 闘丑(コンヴァッカ)が見える位置まで近づいてきていたけれど、母さんを助けることに必死でそんなことを気にしている余裕はない。

 瓦礫(がれき)で手を切り、手を血だらけにしながらも必死に瓦礫(がれき)を退かした。


「リアン……」


「母さん、絶対助けるから!もうちょっと我慢――」


「シスタも死なせたいの?」


 聞いたこともない母さんのその冷たい声に瓦礫(がれき)を持った手が止まり、最悪の事態が頭を過ぎる。

 自分が死ぬのは別にいい。

 だけど、シスタは……。


「こんな言い方してごめんね、リアン……。でも、お願いだから……わかって?」


 瓦礫(がれき)の下敷きになっている母さんと火事の煙にやられて意識を失っている妹。

 俺が選んだのは――


「……ごめん……」


「ありがとう、リアン……。………………さようなら……」


 母さんのその言葉を最後に俺は妹のシスタを背負って駆け出した。

 本当はすぐにでも立ち止まりたかった……。

 振り返って、母さんを助けに向かいたかった……。

 けれど、それだけはできない。

 俺は今妹の命を背中に背負っていて、妹の命を母さんに(たく)された。

 引き返したところで俺にはあの家の瓦礫(がれき)退()かして母さんを助けることができないし、あの魔物を倒せる力なんてものもない。

 ……俺には……何も出来ない……。

 悔しさから下唇を噛み、口元から血が流れる。

 知らない間に目から涙も流れ、(せき)を切ったようにボロボロと泣きながらどこに向かっているのかも分からないままとにかく必死に走った。

 大切なものは失ってから気付くものだと、誰かが言っていた。

 けれど、気付いた頃にはもうなにもかも遅い。

 どこにでもいる平凡な子供だったはずなのに、家族も……友達も……家も……故郷も……その時持っていたものを俺はたった一日で失った……。

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