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發驢(ケライアス)戦・後編

 魔物を見ると、魔物は未だに廊下の中央から動いていない。

 僕とギルさんとリルドさんとセリカさんの四人が生きているのは魔物もわかっているはずだが、その場から動く様子すらなかった。

 魔物の様子を伺いながらどうするか考えていると――


『十三班、聞こえますか。十三班の伝承鳥の【代眼(インステード・アイ)】が使用不可となった為、現在の状況を報告してください』


 突然どこからともなく声が聞こえてきた。

 城の入口付近にいる第四部隊の女性隊士からの【周絡伝送(インフォルモ)】による連絡だ。

 その言葉で魔物の前に倒れているダンさんの死体をよく見ると、ダンさんのすぐ側に頭が砕かれた伝承鳥が倒れていた。

 ダンさんは伝承鳥を胸元に入れて行動していたので、先程の魔物からの攻撃でダンさんと一緒に殺られてしまったのだろう。

 伝承鳥に施した【代眼(インステード・アイ)】による視界共有が途絶えたので、向こうから連絡をとってきたということか。


「十三班のギルベルト=バークリーです。班長のジェイム=ダンストンが死亡した為代わりに私から報告します」


 殺されたダンさんの代わりに横にいるギルさんが応える。


「第七階層を捜索中、全身が触手におおわれた謎の魔物と遭遇。戦闘を行いましたが、班員十名のうち班長・ダンストンを含んだ六名が死亡。現在はリルド・セシカ・ロウ・私の四人だけが残っている状況です」


『それは敵の魔物は倒したということでしょうか』


「いいえ、アインスが捨て身で攻撃を喰らわせましたが、魔物はほぼ無傷。現在は魔物が動く様子を見せない為、柱の陰に身を潜めている状態です」


『そうですか……。現在、他の班もほとんどが戦闘中。十三班の周囲には応援に行ける班がいません。現場の判断に任せます。どうしますか』


 こちらにどうするかを委ねられる。

 あの魔物は確かに強い。

 不意打ちだったとはいえ、実力者の猛者六人を手も足も出ないレベルで瞬殺するほどだ。

 これまで僕が戦ったことがある魔物の中ではトップクラス、全魔物の中でも最高峰に近い強さだろう。

 それを残った四人だけで倒すのは難易度が高い。

 けれど、あの魔物はどうやらあの場から動く様子がない。

 このままこの場で待機していれば、時間はかかるかもしれないけれど他の班が応援に来てくれる可能性はある。

 今の状況なら悔しい決断にはなるけれど、敗走することも出来るだろう。

 そんな状況でギルさんは――


「戦います」


 迷うことなく、戦うことを選択した。


「あとはこちらに任せてください」


『……了解しました。戦闘後のそちらからの連絡の有無で生存しているかどうかを判断をします』


『どうかご武運を』という言葉を最後に女性隊士の声が聞こえなくなり、【周絡伝送(インフォルモ)】の通信が途絶えた。

 魔物の方を見ると、未だに動く様子はない。


「とりあえず、今のうちに作戦を練るぞ」


 ギルさんも魔物が動いていないことを確認すると、両の手を地面に着けた。


「――【周絡伝送(インフォルモ)】」


 遠隔の相手との会話を可能にする中級魔術の【周絡伝送(インフォルモ)】。

 ギルさんの【周絡伝送(インフォルモ)】によって僕、ギルさん、リルドさん、セリカさんの四人が再び繋がる。


「リルド、セシカ、聞こえるか?」


『……聞こえます』


『聞こえ、ます……』


 聞こえてきたリルドさんとセシカさんの声は震えていた。


「先程の連絡は聞いていたな?気持ちはわかるが、切り替えろ。俺たちはここで終わるわけにはいかない」


『『……はい』』


「分かっているかもしれないが、作戦を伝える前にはっきり言うぞ。あの魔物と残りの俺たち四人が戦えば全滅する可能性がかなり高い。そのうえでこれから作戦を伝える」


 僅かに間が空き、静寂が流れる。


「俺、セシカ、ダンの三人であの魔物を全力で足止めする。その間にロウ……お前は先に行け」


「ッ……!?それって――!」


 全滅する可能性が高いと言ったあとのこの作戦。

 三人が戦ってくれている間に僕だけが先に進む。

 そんなの僕に三人を見捨てろと言っているのと同じだ。


「こんな所で全員足止めされてる訳にはいかないんだよ。分かるだろ、ロウ」


 今、この瞬間にも対魔王十一魔導部隊(アルゴノーツ)の多くの命が散っている。

 この城内に侵入している隊士たちはもちろんのこと、城の外で戦ってくれている隊士たちもそうだ。

 僕らがここまで来られているのはその人たちが今も戦ってくれているおかげだ。

 その人たちが戦い、命を懸けているのに僕らが命を懸けないわけにはいかない。

 僕らはこれ以上の死者を出さない為にも一刻も早く魔王の元にたどり着き、この戦争を終わらせる。

 その為にはここで全滅、敗走することはもちろんのこと、無駄に時間を取られていることさえ許されない。

 この廊下の奥に第八階層へと続く階段があるかもしれないことも考えれば、ここで四人で戦うよりも一人でも先に進ませるのが得策なのもわかる。

 けれど……そんなことができるわけがない。


「ですが――!」


「リルド、セシカ、異論はあるか?」


 作戦に異議を唱えようとすると、ギルさんはそれを遮るようにリルドさんとセシカさんに意見を求める。


『いえ、ありません』


『わたしも。それで大丈夫です』


 リルドさんは何かを振り切るように応え、セシカさんは声を未だに震わせながらも覚悟を決めたかのように応えた。


「なんで……!」


『ロウ、誰かが先に行かなきゃいけないんだ。作戦に従え』


「それなら僕じゃなくてもいいじゃないですか!なんで僕なんですか……!」


『そりゃあ、この中でアイツの攻撃を掻い潜って行けるとしたらお前だけだからだろ』


『だね。悔しいけど、わたしたちじゃちょっと機動力が足りないかな』


 この四人の中だと、強化魔術である【身体強化(エンハンス)】が使える僕が最も機動力が高い。


『それに、こういうのは先輩がやるもんだからな。後輩に面倒ごと任せて、先輩が先に行く訳にはいかないだろ』


『そそ。あとはお姉さんたちに任せなさい!的なヤツだよ』


「先程は不意をつかれたから対応できなかったが、攻撃方法さえ分かればなんとかなる。俺たちが意地でも通してやるから先に行け。いいな?」


 三人とも僕に気を使ってくれているのか力強い言葉をかけてくれる。

 僕なんかよりも三人の方がこれから辛いはずなのに何をやってるんだ、僕は……。


「……すいません」


『なんでそこで謝るんだよ。何を勘違いしてるのか知らないが、お前を先に行かせるだけだからな?俺たちはこんなところで死ぬ気なんて毛頭ない。謝ることなんて何もないぞ』


「……ですね。すいません。先に行って、待ってます」


『おう、すぐに追いつく』


『追いつくんだから、わざわざわたしたちを待ってなくてもいいからね?どんどん先に行っちゃって、どんどん』


「いっそのこと魔王殺して待っててくれたら仕事が減って助かるな」


『ははっ、そりゃあいいっすね。そしたら、戦争を終わらせた英雄ってことで賑やかに宴会だ』


 リルドさんもセシカさんも、珍しくギルさんもふざけたことを言ってみんな愉快そうに笑っていた。

 みんな、僕が行きやすいように気を使ってくれているのだろう。

 僕はとても笑う気分にはなれなかった。



 *



「ロウ、準備しろ」


「はい……」


周絡伝送(インフォルモ)】の通信で作戦の内容を詰めていき、魔物の様子を伺いながら作戦を実行しようとしていた。


「羸弱なる躯体・摩耗する精神・激励せよ・激成せよ・我、炎天の砂海で天水を待つ――【脚力強化(エンハンス)】」


 全詠唱の【脚力強化(エンハンス)】によって自身の脚力を強化する。


「俺たちが攻撃を始めたら直ぐに行け。いいな?」


「はい……」


 魔物の様子を探りながら、長い静寂が流れ、緊張が走る。


「セシカ!やれ!」


「――【瘋狂勁風(ランページ・ヴェント)】!」


 ギルさんが叫んで合図を出したのと同時に僕はその声と共に柱の陰から強化魔術で強化した脚力で駆け出し、セシカさんは手の平から渦巻く暴風を放った。

 暴風が向かう先は魔物の真上。

 セシカさんの【瘋狂勁風(ランページ・ヴェント)】は天井を破壊し、天井の巨大な破片が魔物に向かって降り注いだ。

 それまで微動だにしていなかった魔物は複数の触手を降り注ぐ巨大な破片に向かって勢いよく伸ばし、次々と巨大な破片を破壊していく。

 巨大な岩石のように大きかった天井の破片は上空で破壊され、まるで砂のようになっていった。

 セシカさんが【瘋狂勁風(ランページ・ヴェント)】を放ったタイミングでギルさんとリルドさんの二人が左右から同時に飛び出し、上空から降り注ぐ破片に気を取られている魔物に攻撃を加え、戦闘が始まった。

 僕はそんな光景を目の端で捉えながら魔物を素通りして廊下の奥に向かってただ走る。

 けれど、魔物もそれを簡単には見過ごしてはくれない。

 天井から振る岩のような破片に対応し、先輩たち三人の相手をしながらも、魔物の触手が三本こちらに向かって伸びてきた。

 数十メートルの距離を既に取っているけれど、触手の勢いは止まりそうにない。

 なんて射程の長さだ……!

 このままだと追いつかれてしまう……。

 そう思い、足を止めて迫る三本の触手に応戦しようとしたその時――


「させるわけねぇだろ」


 その声と共にギルさんがこちらに向かって伸びてきていた三本の触手を一瞬のうちに根元から断ち切った。

 切られた触手は伸びた勢いそのままに地面を抉りながら、 切断された痛みを堪えているかのように畝り、悶えている。


「止まるな、ロー!!!行けぇ!!!」


「ッ……!」


 振り返っていた顔を前に向け、少しだけ落としたスピードを一気に元のスピードまで戻す。

 足が重い……。

 一歩踏み出すたびに今すぐにでも引き返したい気持ちに駆られる。

 けれど、僕は引き返すわけにはいかない。

 今引き返せば、仲間を裏切ることになる。

 仲間の言葉を、実力を信じなかったことになってしまう。

 今も僕の背後で、たった三人であの魔物と戦ってくれている。

 あの三人を裏切りたくない。

 あの三人を信じていたい。

 心からそう思う。

 そう思う……けれど、仲間を見捨てて、見殺しにしたような最低な気分になった。

 そんな気持ちを抱えながら一本道の広い廊下をただ黙々と走り続ける。

 遠くから響いてくる爆発音や金属音。

 慌ただしく駆ける足音。

 大して疲れているわけでもないのに切れる息。

 バクバクとうるさい心臓。

 全てが不快に感じた。

 足が絡まり、勢いよく頭から転倒する。

 着いた手を擦りむき、鼻血が出た。

 すぐに立ち上がり、再び走り出す。

 しばらく進むと、一本道の廊下の奥に上へと伸びている大きな階段があった。

 第八階層へと続く大階段。

 僕は階段の手前で立ち止まり、【周絡伝送(インフォルモ)】を使う。

 階段の位置を第四部隊の隊士に伝え、僕は一人で階段を上り、第八階層へと向かった。

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