發驢(ケライアス)戦・前編
「動きが全くないな……」
全身が触手に覆われた謎の魔物は足のある四足獣で動くことも出来るはずだが、魔物は全く動こうとしない。
ずっと置物のように広々とした廊下の中央にただ立っている。
「眠ってるんじゃないですか……?」
「注意は怠るな。両脇から攻める。セシカ、クリス、ケヴィン、ミランの四人はここから遠隔で援護。リルド、ツヴァイ、アインスの三人は左からロウ、ギルの二人は俺と右から行くぞ」
ダンさんの指示通り、セシカさん、クリスさん、ケヴィンさん、ミランさんの四人はその場で待機して遠隔からの魔術攻撃を狙い、リルドさん、ツヴァイさん、アインスさんの三人は左側。
ギルさん、ダンさん、僕の三人は右側から円柱の柱に身を隠しながら足音を消し、物音を一切立てることなく近づいていく。
右側と左側から挟み撃ちにしたタイミングでダンさんがゴーのハンドサインを出し、援護組の四人以外の僕を含めた六人が左右から一斉に魔物へと飛びかかった。
「っ……!!!」
こちらが攻撃しようとしたその瞬間。
魔物の全身を覆っている触手の一本がこちらに向かって高速で伸びてきた。
その触手の伸びるスピードはこちらが反応できる速度をはるかに超えていて、全く反応することが出来ないまま、その触手は僕の真横を掠るように通り過ぎ、背後から何かをグシャグシャに砕くような生々しい音が聞こえてくる。
「ダンさん……」
振り返ると、この班のリーダーであるダンさんの体を触手が貫いていた。
ダンさんを貫通した巨大な触手はダンさんの左肺と心臓部分が丸々消え去るように貫通していて、一目見ただけで致命傷だということがわかる。
ダンさんは噎せるように口から大量の血を吐き、触手が縮むと何も言えぬまま膝から崩れ落ち、地面に倒れた。
「全員引けっ!!!」
その信じられない光景に呆然としていると、ギルさんが全員に聞こえるほど大きな叫び声で撤退を命じた。
呆然としていた僕もその声で正気を取り戻し、急いで身を隠すために柱の陰へと走り出す。
けれど、走り出したのとほぼ同時にその魔物は再び四本の触手を伸ばした。
その四本の触手が向かう先は先程まで僕らがいた場所。
援護組の四人の所だった。
援護組の四人は魔術攻撃をするために僕らと同じく柱の陰からは飛び出していて、魔物の触手がとてつもない速さで四人に迫っていく。
四人のうちセシカさんは触手が当たる直前に無詠唱で風の攻撃魔術を咄嗟に放ち、倒れながらも何とか触手を回避していた。
けれど、他の三人は迫る触手に反応することが出来ず、ダンさんと同じように触手に体を貫かれてしまった。
触手は先程のダンさんと同じく的確に三人の急所を破壊し、瞬殺。
まるでゴミを投げ捨てるかのように荒く振り払われ、内臓が潰れたような音と共に三人の体が無慈悲に地面に落下する。
「そんな……」
僕は再び柱の陰に身を隠し、四人が殺られるのを何も出来ずにただ見ていることしか出来なかった。
……今のは救うことが出来た。
僕がダンさんを貫いた触手に反応して、貫くよりも前に切り落としさえしていれば、ダンさんは死ななかった。
ダンさんが死ななければ、動揺することもなく、魔物が援護組へ攻撃するよりも前に魔物に攻撃を加えて援護組の三人も守ることが出来たかもしれない。
自分たちとは反対側、左から攻めた人たちが視界に入る。
「……」
そこには柱に隠れることもなくただ呆然と立ち尽くしているアインスさんがいた。
アインスさんの視線の先には一人の人が倒れている。
それはアインスさんの弟であるツヴァイさんだった。
倒れているツヴァイさんを見ると、ダンさんと同じように心臓部分が抉られている。
近くにいたダンさんに気を取られて気が付かなかったが、おそらく先程攻撃しようとした際にツヴァイさんも魔物に攻撃されていたのだろう。
アインスさんは自身の歯を砕くような歯ぎしりをした。
「……てめぇ……よくも弟をやりやがったな……」
力強く握り込まれた手が怒りで震えているのが遠目にも見てわかる。
「ぜってぇ許さねぇ……!!!」
アインスさんは自身の怒りに身を委ね、殺意の他には何も篭っていないような目で睨みつけながら魔物に正面から向かっていった。
「バカッ!!!やめろ!!!」
反対側の柱の陰からリルドさんが叫ぶけれど、その声はアインスさんには届かない。
仲間が瞬殺された光景を見ているにも関わらず、アインスさんは全く臆することのない踏みしめるような歩みで魔物へと近づいていき、自身の武器であるダガーを振り上げた。
「死ねクソがッ!!!」
けれど――
「くっ……!」
アインスさんの手にしていたダガーがカランッという音を立てて地面に落ちる。
魔物の触手の一本がダガーが当たる直前でアインスさんの腹部を貫いたのだ。
「ごばっ……!!! 」
内蔵がやられたようで、先程のダンさんと同じようにアインスさんも口から多量の血を吐き出す。
その光景に耐えられなくなり、柱の陰から出ていこうとした瞬間、後ろからギルさんに肩を掴まれた。
「やめろ、行くな」
「ですが……!」
「行っても殺されるだけだ。諦めろ」
「っ……!」
ギルさんは僕の目を見て、はっきりと見捨てる言葉を口にした。
僕だってわかってはいる。
あの魔物は強い。
僕が飛び出していったところで勝てるかどうかわからない。
ダンさんやツヴァイさんたちの二の舞になるだけかもしれない。
そんなことはわかっている。
けれど、頭でそう理解するのとは別にどうしてもあの魔物と戦わなければいけないと、そう自身の感情が言っている。
先程のダンさんたちとは違い、アインスさんは心臓が破壊されていないのでまだ助けられるかもしれない。
助けられる可能性があるのに、ここでアインスさんを見殺しにする選択だけはしたくなかった。
そう思い、ギルさんの手を振りほどいて一歩踏み出そうとしたその瞬間――
「くっ……」
アインスさんが腹部を触手に貫かれたまま腕に精一杯の力を込め、目の前の敵に手の平を向けた。
「……死ね……ボケが……」
アインスさんは最後の力を振り絞り、魔物に至近距離で強力な攻撃魔術を喰らわせた。
爆音が響き、爆風が髪を煽る。
黒煙が魔物とアインスさんを覆い、見えなくなった。
「どうなった……!」
黒煙が舞い、次第に中の様子が見えてくる。
「なっ……!?」
アインスさんは触手に貫かれたまま。
そして、魔物はアインスさんが攻撃する前と何も変わらない。
見る限り、全くのノーダメージだった。
「……クソがぁ……」
アインスさんが顔を歪ませると、魔物の複数の触手が追い打ちをかけ、幾本もの触手がアインスさんの体を無惨にも貫いた。
「がっ……は……!」
骨が粉砕される悲痛な音と飛び散る血液。
アインスさんは叫び声とも言えない漏れ出たような声を最後に全く動かなくなってしまった。
魔物は最後のトドメと言わんばかりに地面に転がったアインスさんの頭部を完全に粉砕した。
「……すいません……アインスさん……」
「あのダメージではどの道助からなかった。切り替えろ」
自分のあまりの無力さに怒りを覚えていると、背後にいるギルさんから心無い言葉をかけられた。
仲間が殺されたんだぞ……。
そんな簡単に割り切れるわけがないし、そこまで冷たい言い方をすることはないだろ。
その他人行儀な物言いに怒りが湧き、背後にいるギルさんを睨みつけた。
「ッ……」
けれど、僕はギルさんの姿を見ると、何も言えなくなってしまった。
後ろにいたギルさんは見たことがないほどの怒りの感情のこもった目で魔物を睨みつけ、奥歯を噛み締めていた。
僕だけじゃないんだ……。
ギルさん自身も助けに行きたい気持ちや仲間を殺された悔しさ、怒りなどの感情を自分の中で必死に押し殺している。
「……はい」
ギルさんの胸中を思うと、僕はそれ以上何も言うことが出来なくなった。




