親友の屍を超えて――
リューゲさんと共に山を下りて家に帰ると、麓の村まで買い出しに行っていたみんなが帰ってきていた。
みんな僕のことを明るく出迎えてくれて、夕食もご馳走が出た。
久しぶりにワイワイと騒いで楽しんだけれど、シスタちゃんはずっと部屋にこもったままで、みんなも気を使ってくれたのか、リアンのことにはわざと触れようとしていなかった。
心配していたサラもその場では笑ってはいたけれど、安心することなんて出来なくて、その日の晩、僕はサラの部屋を尋ねた。
「誰ー?」
ドアをノックすると、中からサラの声が聞こえてくる。
「ロウだけど……」
「ロウ?どうぞー」
僕が来たことに疑問を感じながらも中に入る許可をくれたので、ドアを開けて中に入る。
「ロウがわたしの部屋に来るなんて珍しいね。どうしたの?」
サラは変わらず、みんなとリビングにいた時と同じような笑顔を向けてくる。
「……その、さ……大丈夫?」
「なにが?」
「それは……」
ここまで来ておいてサラにリアンのことを訊くのが急に怖くなった。
リアンのことを口にした瞬間、サラが壊れてしまうんじゃないかと思った。
おそらく……いいや、十中八九サラの中身はもうボロボロだ。
必死に外面を装って、いつも通り振る舞うことでギリギリ平静を保っているようにしか僕の目には見えない。
僕がリアンのことを口にしてしまったら、今も必死に取り繕っているであろうはずのこの笑顔が崩れて、サラの全てがバラバラになってしまうような気がする。
そんなことを思うと、言おうとしても意思に反して声が出ない。
「……大丈夫だよ、ロウ」
僕が言い淀んでいると、サラが察したように一言そう言った。
「わたし元気そうでしょ?ほら」
サラは微笑みながら腕を曲げて、元気そうにしているのをアピールしてきた。
けれど、その笑顔が余計に儚げに見えて、見ているだけで辛くなる。
「それが……!」
サラのそんな姿を見ているのが耐えられなくて、思わず大きな声を出た。
サラが驚いた顔をしたこともあり、すぐに冷静になって声を落ち着ける。
「……それが逆に心配なんだよ……」
「そんな泣きそうな顔しないでよ、ロウ」
自分の顔がどうなっているのかわからないけれど、きっと酷い顔をしているんだろう。
サラの方が泣きたいはずなのに、サラは僕に笑いかけてくれる。
「リア、別に死んじゃったわけじゃないんでしょ?手紙には行方不明って書いてあった」
「確かに、そうだけど……」
リアンの遺体は発見されていないので表向きには行方不明という扱いになっている。
けれど、対魔王十一魔導部隊での行方不明は死亡したのとほぼ同義だ。
対魔王十一魔導部隊で行方不明と判断されて生きていた人をこれまで見た事がない。
それに隊長の話ではリアンたちがいた場所に戦闘の形跡と多量の血痕まで残っていて、任務に向かった六人全員が行方不明。
そんな状況ではリアンは間違いなく死んでいる。
そのことは隊長も過度な期待を持たせないように事実として手紙に書いているはずだ。
「行方不明ならリアは絶対に生きてるよ。わたしに死なないって前に約束してくれたもん。リア、約束だけは一度も破ったことなかったでしょ?だから、そのうちひょっこり帰ってくるよ」
約六年前。
僕とリアンが対魔王十一魔導部隊に入って半年くらいが経った頃にモナ姉とサラが初めて《アクアガルド》に来てくれた時。
リアンとサラが別れ際にそんな会話をしていたことを思い出した。
「それに前にリアがね。わたしは昔みたいに暗いより明るくしてた方が安心するって言ってたから、落ち込んでないでいつも通りにしてリアを待ってようと思って」
「……」
「わたしは大丈夫だからそんなに心配しなくてもいいよ、ロウ」
「……サラは、強いね」
リアンの死で自分はこんなにも取り乱しているのに、サラは本当にいつも通りで、今も平気な姿を見せて僕に安心させようとしてくれている。
本当に強いと思う。
「別に強くなんてないよ……。わたしはただ信じてるだけだから」
「……そうだね。確かにサラの言う通りだ」
僕は俯いていた顔を上げて、サラと同じように笑顔を浮かべる。
「リアンは生きてる。リアンは強いから負けたりしないし、そのうち何事もなかったみたいに帰ってくるよね。サラ、ありがと。おかげで逆に元気づけられたよ」
「それならよかった。ずっと落ち込んでると、リアが帰ってきたら怒られちゃうし、しっかりね」
「うん。本当にありがとう、サラ」
最後にサラに「おやすみ」を言って、僕はサラの部屋を出た。
ドアをゆっくりと閉め、どこに行くでもなく、その場で立ち止まる。
ドアを背にして座り込み、しばらく動かずに待った。
「ッー……」
物音を立てずに待っていると、サラの部屋の中から声が聞こえてくる。
「……くっ……うっ…………うぅぅ……」
きっと他の部屋のみんなに聞こえないように枕に顔を埋めているのだろう。
必死に声を押し殺すような泣き声がドア越しに聞こえてきた。
サラは昔からリアンのことが好きだった。
ずっと好きだった人が死んだんだ。
悲しくないはずがない。
でも、サラは優しいから僕に心配をかけないように強がって、リアンが生きてると必死に自分に言い聞かせて信じようとして、いつも通りに振舞っていた。
やっぱり、サラは無理をしていた。
「…………リア……リアぁぁ……!」
「……」
ドア越しにサラの必死に押し殺した泣き声を聞きながら、今のこの感情を決して忘れないように胸に刻み込む。
リアンは死んだ。
いくら悔やんでも、どれだけ悲しんだとしても、過去はもう変えられない。
糧にしろ。
唯一無二の親友の死を無駄にするな。
魔王はこの手で必ず殺す――そう胸の奥で固く誓った。




