一人の帰郷
次の日の早朝。
リアンのことを知ってしまった家族が心配になったので、僕は《アクアガルド》を出発した。
あの家に帰る時にはいつもリアンと一緒で、こうして一人で馬車に乗って帰るのはこれが初めて。
一人での帰郷はリアンがいなくなってしまったんだという実感が湧いた。
ゆらりと馬車に揺られ、山の麓にある村から歩き、家に到着する頃にはいつも通り夕暮れ時。
いつもなら外に誰かいたり、家の中から声が聞こえてくるが、今日は異様に静かだ。
その静けさが不気味に感じる。
家の前にある一本の木に目を向けると、その木の木陰に見慣れた人影が見えた。
普段は近づかないが、今日は近づいて声をかける。
「ただいま、ヴィル」
アクテ=ヴィルクング。
みんなからはヴィルと呼ばれている長髪の金髪青年で、いつもこの場所で眼鏡をかけて本を読んでいる変わり者だ。
「読書の邪魔してごめん。その……聞いた?」
ヴィルがあまりにいつも通りに読書をしているものだから隊長が出したと言っていた手紙がまだ届いていないんじゃないかと思った。
「何を?」
ヴィルはこちらに視線を向けることもなく、読書を続けたまま応える。
「リアンが……その……えっと……」
僕はそこから先を言えなかった。
口に出して言ってしまうとその事実が確定してしまいそうで怖く感じる。
「死んだんでしょ?リアン」
僕が言い淀んでいると、僕が言い出せずにいた言葉をなんでもない世間話のひとつのように平然とヴィルは口にした。
「それなら聞いた」
「そっか……」
あまりに他人事のような言い様に怒りなどの感情は湧いてこなかった。
ヴィルはリアンのことよりも読書に関心が向いていてこれ以上邪魔をしても悪いと思ったので、その場を離れて家へと向かう。
途中で一度振り返ったけれど、ヴィルは最後までこちらに視線を向けることなく、ずっと本を読んでいた。
*
家の扉を開け、中に入ると、いつも誰かいるはずのリビングに誰もいなかった。
ペットとして飼っている蒼眸鳥が鳥籠をつつく音だけがして、それ以外は物音一つしない。
みんなどこに行ったのかと少し不安になってきたタイミングで隣の部屋の扉が開いた。
「おかえり、ロウ」
扉から現れたのはモナ姉だった。
誰かがいたことで少しだけ安心する。
「ただいま……。これ、みんなにお土産」
《アクアガルド》で買ってきたお菓子などのお土産の入った袋をモナ姉に手渡す。
「わざわざありがとね」
「みんなは?」
「シスタちゃんは部屋……。手紙が届いてからずっとこもりきりなの」
モナ姉は二階を見上げるようにしながら、辛く寂しそうな顔を浮かべた。
「やっぱり唯一血の繋がった本当の家族だし、お兄ちゃんのこと大好きだったからショックも大きかったんだと思う……。今はひとりにしてあげて?」
「わかった……」
「サラちゃんにはみんなと一緒に町まで買い出しに行ってもらってる」
「え……?」
リアンの死を聞いて、一番心配していたサラが買い出しに行っていると聞いて驚いた。
「サラは……大丈夫なの……?」
「大丈夫……ではないと思うけど、手紙読んでからもいつも通りにしてたよ。買い出しも自分から行くって言ったの」
「そう……」
モナ姉の話を聞いてもサラへの心配は消えない。
買い出しから帰ってきたらサラと話をすることに決める。
「珍しくリューゲさんもいないけど、リューゲさんは?」
みんなが親父やお父さんと呼んでいるリューゲさんこと、リューゲ=スペクトル。
いつも家にいて、定位置の椅子に座っているのに珍しくいなかったのでモナ姉に尋ねる。
「親父殿なら多分あそこだよ」
「あそこ?」
聞き返すと、モナ姉は窓から見える山に視線を向けた。
*
「そんなことしてたんだ」
「……まぁな」
モナ姉が教えてくれた場所に行くと、リューゲさんは巨岩の前でしゃがみこみ、手を合わせていた。
その巨岩は人為的に削られていて、断面が綺麗に平らにされている。
そして、その断面には人の名前がいくつも刻まれていて、その前にはこの辺りの山では見かけない小綺麗な花が置かれていた。
リューゲさんが人の名前が刻まれた岩の前で花を置いて手を合わせている。
その光景を見れば、この場所がお墓だということはすぐにわかった。
「この岩に刻まれてるのはな。俺がこれまでに助けてやれなかった子供の名前だ。大して知りもしない子供らだが、関わって最期を看取った以上、墓くらいは立ててやろうと思ってな」
岩に撫でるように触れながら、名前を見て、懐かしむように説明してくれる。
ここ数年は行っていないらしいが、リューゲさんは時々遠くに出かけては身寄りのない戦争孤児などを拾ってきていた。
あの家に住んでいる僕やサラたちもリューゲさんに命を助けられた一人だ。
リューゲさんの今の説明からして、この岩に刻まれている名前の子たちはリューゲさんが僕らのように助けようとして助けることが出来なかった子たちなのだろう。
何年もあの家で暮らしていたが、リューゲさんがこんなことをしているのは知らなかった。
「後でリアンの名前も刻もうと思ってるが、手合わせとくか?」
「じゃあ」
僕も岩の前にしゃがみこみ、リューゲさんと同じように手を合わせた。
話したことは愚か、会ったことすらない人たちだが、もし生きていたらあの家で一緒に暮らす家族になっていたかもしれない人たちだ。
僕にとってはそれだけで手を合わせるには十分な理由だった。
「まあ、お前らみたいに魔物相手に戦ってればこうなる可能性は常にある。言い方が悪く聞こえるだろうが、人は遅かれ早かれいずれ死ぬ。別れを惜しむ気持ちは分かるが、後ろ髪を引いて引きずるような真似だけはするなよ。さもないとお前まで命を落とすことになる」
「うん。わかってるよ。ありがとう」
「……リアンの分も頑張れよ」
「うん……」




