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親友の死

 

「今日は皆に残念な報告がある」


 毎朝行われている朝礼。

 みんなが集まっている講堂に何度も聞いたルクス隊長の前置きが響く。

 隊長がこの前置きを言う時にはこのあとどんな内容の報告がされるのか決まっている。

 隊士たちの顔が引き締まり、空気が張り詰め、静まり返る。


「エルマ=ウォリック、アベル=ベルガー、リアン=リワード。以上の三名に七日前、第三部隊の任務に加わるように指示を出し、偵察任務へと向かわせた。そして、一昨日の晩。任務中にその三人が合流した偵察隊からの連絡が途絶えた」


 リアンが帰還予定日を過ぎても任務から戻ってきていないのは知っていた。

 嫌な予感は心のどこかで感じてはいたけれど、そんな可能性を考えたくなくて気にしないようにしていた。

 けれど、今の隊長の言葉でその不安が確定してしまった。

 まるで殴られたかのような衝撃が頭に走る。


「それは行方不明……ということでしょうか?」


 隊士の一人が手を挙げて、気まずそうに隊長に質問した。


「いいや……。連絡が途絶えたのち、偵察隊を向かわせた地点に伝承鳥を向かわせ、【代眼(インステード・アイ)】によって上空から状況を確認した。任務前に聞かされていた作戦の配置地点には戦闘をした形跡と多量の血痕(けっこん)が残っていたらしい。隊士たちの遺体こそ確認できなかったが、おそらく――」


「……」


 そこから先をルクス隊長は言わなかった。

 けれど、偵察任務に行った偵察隊からの連絡が途絶え、隊士たちが多量の血痕(けっこん)を残して行方不明になる。

 それが意味するのは――


「死んだ……?」


 朝礼に参加していた全員の視線がその声を発した人物に向いた。

 その人物はアベルさんとは対魔王十一魔導部隊(アルゴノーツ)に入隊するよりも前から幼馴染でいつもアベルさんと一緒にいたフィリスさんことフィリス=ハンストンという女性隊士だった。


「……嘘…………アベルが死んだの……?」


 焦点(しょうてん)のあっていない見開いた目のまま、ふらふらと隊長へと近づいていき、隊長の服を掴む。


「……隊長……嘘ですよね?……アベルが死んだなんて悪い冗談、ですよね……?ね……?隊長……」


 縋るようにしがみつきながら、隊長の体を揺った。

 隊長は今にも泣き出しそうな目で必死に訴えるフィリスさんの両肩を掴み、正面から真っ直ぐにその目を見る。


「嘘じゃない。事実だ。気持ちはわかるが受け止めろ、フィリス」


「……いや…………嫌だ……!……嫌!……嫌ぁぁぁぁ……!!!」


 フィリスさんは現実を受け止めきれなかったのか、叫び声を上げながら頭を抑え、長い藤紫(ふじむらさき)の髪を乱しながら、そのままその場で座り込んで泣き崩れてしまった。

 人は大勢いるのに静まり返った講堂にフィリスさんの悲痛な泣き声だけがただ響く。

 その泣き声を聞いていると、まるで胸が押し潰されているような感覚になった。

 周囲の他の隊士たちも同じ気持ちなのか、みんな(うつむ)き、歯を噛み締め、辛そうな顔をしている。


「リュシカ、すまない。頼めるか?」


「わかりました……」


 その様子を見兼ね、隊長はフィリスさんと仲のいいリュシカさんにフィリスさんのことを任せた。


「ほら、フィーちゃん。……行こ?」


 リュシカさんは泣き崩れているフィリスさんを何とか起こし、寄り添うようにして講堂の外へと出ていった。

 フィリスさんの泣き声が次第に遠くなっていく。

 フィリスさんたちが退室してからも声が完全に聞こえなくなるまで隊長は話そうとはしなかった。

 やがて無音になり、気まずい空気の中、隊長が話を再開する。


「我が隊の三名だけでなく、今回の偵察任務で亡くなった六名の隊士たちの命は本当に心から残念に思う。エルマは達人気質であまり感情を表に出さない無表情な男だったが、皆に優しく、この第一部隊を誰よりも支えてくれていた優秀な男だった。皆もエルマのことは頼りにして慕っていたことだろう。アベルは持ち前の明るさで我が隊のムードメーカーとして皆を常に盛り上げてくれていたな。アイツの明るさに救われた者も多いはずだ。リアンは十七歳という若さでこの第一部隊に入ってきて、皆の弟のような存在だったと思う。確かな実力があって、生意気に感じるところもあったかもしれないが、可愛がっていた者も多かった」


 隊長はこれまでの三人との思い出を思い出しながら、懐かしむように振り返っていった。


「先程のフィリスのように三人と仲の良かった者はさぞかし辛いことだろう。俺も隊長としてだけでなく、一友人として彼らとは他愛もない話もよくしていた。正直なところかなり辛い……。だが、我々は足を止めるわけにはいかない。我々がすべきなのは任務で亡くなった者たちの命を惜しむことではなく、その命を糧として前へと進むことだ。亡くなった者たちの命を無駄にするな。彼らの命が無駄ではなかったと証明できるのは今生きている我々のこれからの行動だけだ」


 自身も辛く感じているにも関わらず、ルクス隊長は隊長として隊士たちを言葉で激励していく。


「残念な話をする時にいつも言っていることではあるが、今回の話を聞いて、自分の命が惜しくなった者、これから先に進む勇気がなくなってしまった者がいるのなら、いつでも対魔王十一魔導部隊(アルゴノーツ)を抜けてもらって構わない。もし、そのような者がいるのなら後で私のところに来い。そして、ここに残り、前に進むと決めた者は決して隊を抜けた者を馬鹿にするな。自分の命を惜しむのは悪いことではない。いいな?」


「「「はい!」」」


「任務のある者は必ずまたこの場所に戻ってくること。そして、任務のない者は各自休息に務めるなり、トレーニングに励むなりして、洗練された一日を送るように。解散!」


 その号令と共に隊士たちは僕の横を通り過ぎ、任務に向かう人、自室に戻る人、修練場に向かう人など、それぞれ自分の用がある場所へと散っていった。

 僕も戻ろうとするけれど、何故か足が動かない。

 やがて講堂には僕とルクス隊長だけが取り残される。

 ルクス隊長は二人になったのを確認してからゆっくりと僕に近づき、僕の正面で足を止めた。


「ロウ……すまなかったな」


「……何がですか?」


「リアンを偵察任務に行かせたことだ。アイツはまだ若すぎた。慣れない偵察任務なんかに行かせた私の判断ミスだ。すまない」


「隊長が謝ることじゃないです。それにこうなる覚悟はずっと前からしていましたから……」


「それでも辛くないわけじゃないだろ。こういうのは覚悟でどうこうなるものじゃない」


 七年前。

 リアンと一緒に対魔王十一魔導部隊(アルゴノーツ)に入隊したあの日からいつかこんな日が来てしまうのではないかとは思っていた。

 決してこんな展開を望んでいたわけじゃない。

 けれど、魔物たちと戦っていれば、死のリスクは常にある。

 実際、対魔王十一魔導部隊(アルゴノーツ)に所属して、何十年も生きて戦い続けている人の方が数は少ない。

 これまでにも多くの人が魔物に殺され、いなくなった。

 これは仕方がないことなんだ……。


「お前とリアンの実家にはリアンの遺体が確認されていないので行方不明ということで手紙を出した。お前とフィリアの二人にはしばらく休暇をやる。実家に戻って心身を癒してこい」


「いえ、そんなわけには――」


「今回のことを引きずって今後の任務に支障が出ればこちらが困る」


 隊長は被せるようにして、僕の言葉を遮った。


「長いことこの隊にいるとな。嫌でも色んな者を見る。仲のよかった隊士が殉職(じゅんしょく)したことによって戦えなくなってしまった者も一人や二人じゃない。とにかく今は休め。これは隊長命令だ。いいな?」


「はい……。……すみません。……ありがとう、ございます……」


 肩に手を置かれると、抑え込んでいた自分の中の何かが決壊した。

 少し塩っぱい水滴が次々と頬を伝い、地面にこぼれ落ちていく。

 お父さんとお母さんが魔物に殺されたあの日。

 もう二度と泣かないと誓った涙が十三年ぶりに流れた。

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