偵察任務決行日・後編
俺たち三人は魔物を倒しては隠蔽してを何度も繰り返し、三十分ほどの時間をかけてようやく目指していた森の入口へと辿り着いた。
森に入る前にキースさんがメモ帳を取りだし、手を挙げて崖の上から見ているであろうエルマさんに対して合図を送る。
これからエルマさんは俺たちへの援護射撃を一度中断して、ケニーさんの手伝いに加わる。
そして、俺たちはたったの三人でエルマさんの援護なしでどうなっているかもわからない森の中に足を踏み入れる。
キースさんを先頭に俺、アベルさんの順で森の中に入り、音を立てないように細心の注意をはらいながらも迅速に駆け抜けていく。
視界の優れない森の中ではキースさんが索敵を行いながら、できるだけ戦闘を避け、発見した魔物の種類や大凡の魔物の数などの情報を移動しながらメモ帳に記す。
アベルさんは炎系統の魔術専門で、森の中では木々に燃え移る可能性があるので無闇に魔術を使えない。
なので、魔物と戦闘になってしまった時には俺が錬金術で倒し、アベルさんは持っている短剣でその場所を通った証として木々に印をつけていく役割だ。
――そして、数体の魔物を倒しながら進み、森の約半数を調べ終えた頃。
先頭を駆けていたキースさんが突然足を止めた。
右手を横に上げて、後に続く俺たちに止まるように合図を出し、木陰に隠れるように身をかがめたので、俺とアベルさんもその後ろに並ぶようにして茂みに身を潜める。
キースさんが見つめている方向と同じ方向に目を向けると、先には木々がなく、少し開けている場所が広がっていた。
そのまま体勢を変えず、音を立てずに待っていると、地面に散った木の葉を踏みしめる音が夜闇の中から聞こえてくる。
次第にその足音が大きくなっていき、奥から一体の魔物が姿を現した。
「空気が澄んでいて、程よい風が吹いていて、月も赤い宝石のように綺麗な満月で……いい夜だったから散歩をしていただけなんだがな……」
その魔物は全身が真っ黒の布に覆われていて、ニヤニヤと笑っているようにも、悲しんで泣いているようにも見える不気味な仮面をつけている人型の魔物――いわゆる魔人と呼ばれる魔物だった。
横にいるキースさんとアベルさんは声こそ出さなかったけれど、その魔人を見て驚いたように目を見開いていた。
魔人というのはそもそも魔物の中でも非常に数が少なく、出会うこと自体珍しい。
けれど、二人が驚いているのはそんなことに対してではない。
二人が驚いているのは、あの魔人が人の言葉を話したからだ。
これまでの魔王との四七年にも渡る戦いの歴史の中で人の言葉を話す魔人など聞いたこともない。
なんの情報もない謎の魔人。
こちらからすればあの魔人の存在は未確認生物を発見するくらい異様で脅威に感じる存在だった。
「運良く……いいや、運悪く他人の領地に踏み入る不届き者を見つけてしまった」
そう言うと、魔人の仮面に下に隠れた視線が迷いなく、こちらに向いた。
気配は消し、向こうからは木の葉に隠れて姿も見えないはずだが、間違いなくこちらを見ている。
「隠れても無駄だ。そこに三人いるだろう。出てきたまえ」
人数まで言い当てられたが、出て行けるはずもない。
ただの当てずっぽうであることを願って、体を一ミリも動かすことなくじっと耐える。
「意地でも出てこないつもりかい?最近、運動不足だったんだ。悪いが、少し私の運動に付き合ってもらおうか」
後半になるにつれて声色が低くなり、最後には明らかな殺意が込められていた。
どこか歪んでいて、穢れていて、淀んでいる……こちらに向けられているようで、別の誰かに向けられている気持ちの悪い殺気。
その異様な殺気に全身の鳥肌が立ち、身の毛がよだつ。
ヤバいことをほかの二人も直感したのだろう。
「アベル!」
「わかってますよ!」
キースさんが叫ぶと、それに返事をするのと同時にアベルさんが上空に手をかざす。
「――【採光烽火】!」
詠唱破棄による初級魔術の【採光烽火】。
アベルさんのかざした手の平から紫がかった煙が空高く舞い上がる。
作戦会議の時に緊急事態が起こった時には崖の上にいる三人に対する合図として、【採光烽火】で煙をあげると予め決めていた。
紫色の煙は即刻退避の合図。
アベルさんは感覚的にそれだけ緊急の事態だと判断したということだ。
アベルさんが【採光烽火】を空に放ったのと同時に俺は錬金術で魔人と自分たちの間に高さ十メートルはある土壁と石槍の森を生成して進路を塞いだ。
俺とアベルさんとキースさんの三人は魔人とは逆方向に走り出し、森の中を駆けて逃走を図る。
「逃がすわけがないだろう」
魔人のその言葉と共に俺たち三人の逃げ道を塞ぐように薄紫色の半透明な結界が出現した。
「どけ!」
結界を見るなり、アベルさんが俺とキースさんの前に飛び出す。
「業火の赫炎・罪火の蒼炎・吾が手にあるは火刑の火・群れる群衆・溢れる盛況・十字架を背負いし咎人よ・懺悔し・啼泣し・贖罪せよ――【燋爛雙火燼滅】!」
アベルさんが使える魔術の中で最高レベルの殺傷能力を誇る特級魔術【燋爛雙火燼滅】の完全詠唱。
右手から放たれた赤い炎と左手から放たれた青い炎が螺旋を描き、唸りをあげながら進行方向を塞ぐ結界へと向かっていく。
二つの炎が結界に衝突するのと同時に激しい爆発が起こった。
黒煙が舞い、周辺の木々を焼き切り、吹き飛ばす。
進行方向が見えなくなったが、構わず黒煙の中へ飛び込んだ。
壊した結界を出て、なるべく遠くに――
「なっ……!?」
けれど、それは叶わなかった。
黒煙が次第に晴れていく。
進行方向にあった木々を文字通り地面ごと薙ぎ払ったアベルさんの【燋爛雙火燼滅】は信じ難いことに結界に穴を開けるどころか傷一つ付けられていなかった。
「無詠唱でこの強度だと……」
魔術というのは、本来必要な詠唱を破棄すればするほど発揮される威力は必ず落ちる。
けれど、それにも関わらずアベルさんの完全詠唱した【燋爛雙火燼滅】が無詠唱で作り出された結界に傷一つ付けられなかった。
それほどに実力差が開いている証だ。
「人の領地に勝手に入ってきておいて、好きに出られると思っているのかい?」
その声に振り返ると、先程の魔人が俺が錬成した土壁と石槍の森を全て一掃し、こちらに話しかけながらゆっくりと近づいてきていた。
どうやってやったのかは分からないが、土壁と石槍の森と共に先程まで背後にあったはずの木々も元から一本も生えていなかったかのように跡形もなくなくなっている。
上空を見上げると俺たちを魔人ごと取り囲むようにして巨大な結界がドーム状に張られており、逃げ場が完全に塞がれていた。
結界の強度も大きさも人間の域を遥かに超えている。
どこにも逃げ場がなく、囲まれている結界も壊すことが出来ない。
この状況で俺たちが取れる選択はもう一つしか残されていない。
俺たち三人はそれぞれ臨戦態勢に入る。
「キミたちに個人的な恨みなどないが、ここから返すわけにはいかないな」
――。




