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偵察任務決行日・前編

 

「月、なんか赤くないか?」


「今日はブラッドムーンって言って、月が赤く見える日らしいですよ?」


「へー、気持ちわりぃな……」


「ですねー……」


 偵察任務決行日。

 アベルさんとカリンさんが空に浮かぶ赤い満月を見上げながら話していた。

 今宵(こよい)の月はブラッドムーン。

 皆既月食(かいきげっしょく)により月が赤く見える特殊な日だ。

 月明かりが地上を赤く染め上げている。

 いや、夜闇のせいか赤と言うよりも赤黒い。

 まるで血みたいでアベルさんの言うように気持ち悪く思えた。

 対魔王十一魔導部隊(アルゴノーツ)にいれば、嫌でも血は見慣れる。

 この色を見ていると、過去の思い出したくない記憶までフラッシュバックしてくるので、他の人もあの赤い月を気持ち悪いと感じていることだろう。


「お喋りはその辺に。カリンはそろそろ仕事をしてください」


「はいほーい。ほら、みんな並んでー」


 そう呼びかけながら、カリンさんはしゃがんでパチパチと軽く手を叩いた。

 カリンさんが言った『みんな』というのは俺たちのことじゃない。

 呼んでいるのは先程から近くで地面をつついている七羽の黒い鳥だ。

 この鳥たちは伝承鳥(でんしょうちょう)と呼ばれていて、非常に知能が高く、羽の色を変えて周囲の景色と同化する擬態能力も持っているので、対魔王十一魔導部隊(アルゴノーツ)では情報の伝達や偵察によく利用されている。

 カリンさんの言う通りに七羽の伝承鳥たちがカリンさんの前に一列に並び、カリンさんは先頭の伝承鳥の頭にそっと触れた。


「我は怯者(きょうしゃ)弱者(じゃくしゃ)(ひとみ)を持ちて、未知を渇望(かつぼう)す・操られし、身代わり・()双眸(そうぼう)に先を(たく)し、眼前の混濁(こんだく)を見よ――【代眼(インステード・アイ)】」


 魔術を施した対象と視界を共有し、見ることが出来る中級魔術の【代眼(インステード・アイ)】。

 カリンさんは七羽の伝承鳥たちの頭部に順に触れていき、一羽一羽に【代眼(インステード・アイ)】をかけていった。

 七羽の伝承鳥に【代眼(インステード・アイ)】をかけ、それぞれの伝承鳥に指定した位置を飛ばさせることによって、村全体の様子を上空から把握しようというわけだ。

 カリンさんは対魔王十一魔導部隊(アルゴノーツ)の中でも魔術を使うために必要な体内の魔素量が多く、魔術の同時使用に長けている。

 対魔王十一魔導部隊(アルゴノーツ)の隊士たちの魔術の同時使用の平均はだいたい三つ程度だが、カリンさんはその倍以上の七つの魔術まで同時に使うことが出来る。

 伝承鳥が七羽いるのはカリンさんが【代眼(インステード・アイ)】を同時使用できる上限だからだ。


「じゃあ、みんなお願いね。行ってこーい」


 カリンさんが天を仰ぐように手を上げると、【代眼(インステード・アイ)】をかけられた伝承鳥はそれぞれ違う方向へと一斉に羽ばたいていった。

 七羽の伝承鳥を見送ったカリンさんは近くにあった岩に座り込んで、瞳を閉じ、その横でケニーさんが白紙の紙を広げた。

 七羽の伝承鳥から送られてくる視界をカリンさんが処理し、カリンさんの指示通りにケニーさんが村の地図や情報を書き込んでいく手筈(てはず)になっている。

 カリンさんとケニーさんは準備が整ったようだった。


「エルマさんも準備の方は大丈夫ですか?」


「いつでもいける」


 キースさんが確認すると、眼下(がんか)にある村の様子を小型の望遠鏡で覗き見ているエルマさんが応えた。


「では、カリン、ケニー、エルマさんの三人はここに残って作戦通りお願いします。残りの二人は行きますよ」


「りょーかいっ」


 カリンさんとケニーさんとエルマさんの三人はこの場に残ってそれぞれの仕事をするが、俺とアベルさんはキースさんの後に続いて崖を下り、村へと下りて行く。

 今回のこの偵察任務の主な目的は大きくわけて二つある。

 一つ目はこの約五十年前まで《ルボワクリフ》と呼ばれていた小村とその周辺の地形調査。

 二つ目はこの村を彷徨いている魔獣や魔人などの魔物の種類や数などの調査だ。

 この場所は現在は魔物たちに占領されてしまっているが、領地を取り戻すためにいずれ戦場になる。

 だから、そうなった時に有利に戦えるように情報を集めるのが今回の目的だ。

 崖を下り、キースさんを先頭にして、村の建物に身を潜めながら村の中を慎重になりながらも迅速に進んでいく。

 俺とアベルさんとキースさんの役割は村の奥にある森の中の調査だ。

 伝承鳥は知能が高く、擬態までできるとはいえ、戦闘能力はほぼ皆無(かいむ)のただの鳥。

 低空飛行をさせれば、魔物に捕まってしまう可能性が高いので、森の中までは伝承鳥では調べられない。

 だから、人間が森の中に直に足を踏み入れて調べるしかないのだが、村の周囲が断崖絶壁(だんがいぜっぺき)の崖に囲まれていて、下りられる箇所が先程俺たち三人が降りた箇所くらいしかないので、森まで行くには危険ではあるが、村を突っ切っていくしかない。

 彷徨(さまよ)っている魔物に気づかれないように村の()ちた建物の中や細い路地をできるだけ通り、進んでいく。

 けれど、家と家の間の細い通路を抜けたところで三体の魔物と鉢合わせしてしまった。

 その三体の魔物は絳豚(フォグロート)と呼ばれている魔物で、全身が血のように赤黒く、二足歩行の豚のような顔をした体長四メートル近くもある魔物だ。

 いくら見つからないように隠れて行動したとしても、村中を魔物が徘徊(はいかい)しているので全く見つからないというわけにはいかない。

 森にたどり着くまでには何体も魔物と鉢合(はちあ)わせることになってしまうだろうし、森の中にも魔物が何体もいると考えられる。

 戦いは避けられない。

 だから、第一部隊の俺たちがこの偵察任務に加わっている。

 鉢合(はちあ)わせた三体の絳豚(フォグロート)のうちの一匹がこちらの存在に気が付き、こちらに近づきながら他の魔物たちに知らせる為に叫び声をあげようとした。

 けれど、その瞬間一体の絳豚(フォグロート)の頭を何かが貫通し、その絳豚(フォグロート)はまるで事切れたかのように地面に倒れる。


「相変わらず流石だなぁ、エルマさん」


 アベルさんは武器を構えることもなく、腰に手を当ててその光景を見ながら誰に言うでもなく漏れるように呟いた。

 今のは崖の上にいるエルマさんが放ったエルマさんオリジナルの魔術【灮弾(ライトニング・ピアス)】。

 強力な電撃を圧縮したものを無音で光速とも呼べる速度で放つ魔術で、本当かどうかは分からないが、エルマさん曰く、どれだけ距離があろうと視界に入りさえすれば、一瞬で仕留めることが出来るらしい。

 まるでそれを証明するかのように一体の絳豚(フォグロート)を仕留めてから間髪(かんぱつ)入れずに他の二体の絳豚(フォグロート)の頭部も【灮弾(ライトニング・ピアス)】が貫通していく。

 数キロ離れた先程の崖先にいるエルマさんは俺たちが鉢合わせてしまった三体の絳豚(フォグロート)の頭部を的確に貫き、たったの三発でなんの音も立てずに一瞬で仕留めてしまった。

 俺たちが森の中に入ってしまうと崖先からは見えなくなるので、エルマさんの射程範囲からは外れてしまい、俺とアベルさんが魔物と戦うしかなくなる。

 なので、森の中に入るまでの間に俺たちの魔素消費を少しでも少なくするために村の中ではできる限りエルマさんの狙撃(そげき)によって魔物たちを倒してもらう手筈(てはず)になっていた。


「感心してないで、次は俺たちの仕事ですよ」


「わかってるって。そう怒んな」


 エルマさんの狙撃(そげき)の腕に感心して、自分の仕事を忘れていたアベルさんにツッコミを入れると、アベルさんは倒れて動かなくなった絳豚(フォグロート)に近づいて、持っていた短剣を抜き、絳豚(フォグロート)の腹に突き刺して、詠唱を唱える。


帰寂(きじゃく)身骨(しんこつ)よ・灰燼(かいじん)()せ――【葬斂火葬(クレマシオン)】」


 魔物の死体をそのまま残していてはほかの魔物に俺たちの存在が気づかれてしまう可能性がある。

 なので、倒した魔物たちの死体は隠蔽(いんぺい)しなければいけない。

 アベルさんは突き刺した剣先から超高温の炎を放ち体の内側から焼き切る上級魔術【葬斂火葬(クレマシオン)】で死体を灰燼(かいじん)にし、その一方で俺は錬金術で死体が倒れている下の地面に穴を開け、そのまま土の下に埋めることで死体を隠蔽(いんぺい)した。

 その後もできるだけ魔物に遭遇(そうぐう)しないように細道を通って森を目指しながら遭遇(そうぐう)してしまった魔物は基本的にエルマさんが【灮弾(ライトニング・ピアス)】による狙撃(そげき)によって処理、エルマさんの位置から見えない箇所(かしょ)遭遇(そうぐう)してしまった場合は俺とアベルさんが魔物を倒して、次々と死体を隠蔽(いんぺい)しながら進んで行った。

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