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一〇〇四個目の黒星

 放った石が天井近くまで上がり、放物線を描きながら落下してくる。

 お互いに臨戦態勢(りんせんたいせい)に入り、地面に石が落ちた瞬間――


「――【全身強化(フルエンハンス)】!」


 ロウは詠唱破棄(えいしょうはき)の【全身強化(フルエンハンス)】で自らの全身を強化。

 ロウの体に強化の印である青い紋様が浮かび上がる。

 だが、以前までとは違い、手にしている木剣にも体と同じように強化の印である青い紋様が浮かんでいる。

 強化魔術を応用し、身体への強化だけでなく、武器の強度や切れ味なども魔素によって強化できるようになったらしい。

 そして、それを【全身強化(フルエンハンス)】の中に組み込み、【全身強化(フルエンハンス)】単一で体から武器までの強化を同時発動できるようにしたのか……。

 ロウが全身と木剣を強化したのに対して、俺はロウが【全身強化(フルエンハンス)】をしたのとほぼ同時にロウの足元に直径三メートル程の錬成陣を描く。

 錬金術によって地面の土をドーム状に隆起させて閉じ込めようとしたけれど、土のドームが閉じきる前に強化した脚力でこちらに走り出す形でロウに逃げられた。


「瞬時にあんなの作れるなんて凄いね!」


「ロウこそまた速くなったな」


「それはどうも!」


 強化魔術は重ねがけをすることも出来るが、それには過度な強化の負担にも耐えられる強靭な肉体が必要になる。

 簡単に言えば、体をより強化するには体をより鍛える必要があるということだ。

 ロウの移動スピードが上がっていることから、ロウはこの半年間トレーニングを積み、全身を鍛え、さらに体を強化できるようになったようだ。

 ロウはそのままの勢いで正面からこちらに距離を詰めてきたので、俺は後ろに跳躍(ちょうやく)

 地面を隆起させて自分とロウとの間に遮るように土壁を作りあげる。


「土程度じゃ止められないよ!」


 その言葉と共にロウが土壁に木剣を振ると目の前の土壁は見事に一刀両断。

 真っ二つにされる。

 俺は後退しつつ、自分とロウの間にいくつも同じように土壁を生成していくが、次々と見事に砕かれていく。

 ロウの言う通り、土壁程度では止められそうにない。


「なら、これでどうだ?」


 後退を止め、ロウのちょうど真下に錬成陣を生成。

 錬成陣の描かれた箇所の土が勢いよく隆起し、ロウは隆起した地面に叩きつけられる形で上昇する。


「ぐっ!」


 隆起した地面はロウを叩きつけたまま勢いよく天井へと向かっていく。

 隆起した地面が天井に当たる直前、ロウは何とか逃れ、隆起した地面は天井に激突し、土と天井の破片を捲揚げる。


「ふぅー、危ない危ない。少し戦わない間にだいぶ強くなったね、リアン」


 ロウは俺から一度距離を置くために少し遠くの地面に着地した。


「――【両脚強化(エンハンス)】」


 ロウは詠唱破棄(えいしょうはき)の【身体部分強化(エンハンス)】で自分の脚力を更に強化。

 力を入れた足が地面を砕き、こちらに向かって地面すれすれに跳躍してくる。

 先程よりもさらに速い。

 先程と同じように土壁を作ったとしてもまた壊されてしまうのは目に見えている。

 だから、次は方法を変える。

 ロウの進行方向の地面に細かい大量の錬成陣を生成。

 次は土ではなく、石を使う。

 俺は自分とロウの間に地面に突き刺さった石槍を大量に作り出した。

 石槍の森だ。


「無駄だよ!その程度なら砕ける!」


 ロウが石槍の森のひとつの槍に木剣を振るった。


「なっ!?」


 しかし、虚しくもロウの木剣は石でできた槍を砕くことが出来ずにへし折れる。

 ロウは石槍の森の前で失速し、折れた木剣を見て立ち止まった。


「なんで……」


「簡単な話だ。お前が木剣を強化しているように俺も石槍を強化させてもらった」


 ロウにも見えるように魔素を多めに流し込むと、石槍の一本一本に俺の強化魔術の印である赤色の紋様が浮ぶ。

 俺がこの錬金術を使用した戦闘スタイルになる前はロウと同じで強化魔術を主に使った戦闘スタイルだった。

 つまり、強化魔術はロウほどではないにしても俺の元十八番。

 強化魔術のことはよく知っている。

 ロウは石の槍程度は強化した木剣で砕けると思ったようだが、物に対する強化は人体とは違い、一定の上限が決まっている。

 つまり、同じように上限まで強化魔術で武器を強化すれば、元の素材の強さで勝負が決まる。

 人がなんの強化も施していないただの木剣を振るって、石でできた槍を砕くことはほぼ不可能だろう。

 だから、木剣が石槍に負けてへし折れた。

 ただそれだけのことだ。


「なるほどね」


 石槍の森に再び錬金術を使用し、石槍を元の石塊に戻す。


「武器はなくなったが、どうする?まだやるか?」


「当然!行くよ、リアン!」


 ロウはそう言うと、折れた木剣をこちらに向かって下手投げで勢いよく投擲(とうてき)してきた。

 だが、勢いよくとは言っても俺とロウの間にはそこそこの距離がある。

 避けるのは容易だ。

 わざわざ錬金術を使って防ぐのも魔素がもったいなかったので、体を少し傾けて飛んでくる木剣の残骸を(かわ)す。


「っ!」


 木剣の残骸を避け、ロウの方に視線を戻すとロウは真っ直ぐこちらに向かって人差し指を指していた。

 あの構えは――


「――【神雷(トール・ドンナー)】」


 全魔術の中でも最上位の殺傷能力を誇る特級魔術【神雷(トール・ドンナー)】。

 本来の【神雷(トール・ドンナー)】なら体を一瞬で消し炭にする程の威力がある強力な電撃を超高速で放つ魔術だが、これは模擬戦であって殺し合いではない。

 威力は(しび)れて少しのあいだ動けなくなる程度に落としてあるのだろうが、そのスピードは本来の【神雷(トール・ドンナー)】と何も変わらない。

 稲妻のような轟音(ごうおん)をたてながら本物の稲妻同然のスピードで電撃が向かってくる。

 けれど、その手は何度も見ている。

 構えで【神雷(トール・ドンナー)】が来ることは予想できたので、ロウが【神雷(トール・ドンナー)】を放つよりもほんの一瞬だけ早く自分の正面に土壁を生成した。

 土は電気を吸収する。

 威力を落としてある【神雷(トール・ドンナー)】が土壁を貫通してくることはありえない。

 俺が土壁を生成し終えるのとほぼ同時に【神雷(トール・ドンナー)】が土壁に衝突し、まるで火花のように電流が周囲に散った。


「こっちだよ」


 聞き慣れた声があまりに近くに聞こえたので、声がした方に急いで振り向くと、手を伸ばせば触れられてしまうほどの距離にロウが接近していた。

 視界を土壁で塞がせて、その隙に両足をさらに強化。

 自分の移動スピードを上げて一瞬で回り込み、距離を詰めたのか……。

 ロウの作戦に見事に嵌められてしまっていた。

 後ろに跳躍して(かわ)そうとするけれど、もう遅い。

 俺の肩にロウの手がそっと置かれた。


「――【三光輪縛(レストリクシオン)】」


 ロウがそう呟いた瞬間、俺の手首と足首、そして胴回(どうまわ)りに二の腕ごと包囲するように三つの光輪が出現。

 その光輪によって俺は手足が動かせなくなり、完全に捕縛された。

 ロウはそのままの流れで俺の肩を掴み、後ろに倒すのと同時に俺の顔面に目掛けて拳を振るってくる。

 俺は殴られるのを覚悟したが、ロウの拳は俺の顔面に当たる直前で寸止めされた。

 (こぶし)による風圧が髪を撫で、周囲の土を軽く巻き上げる。


「っ……」


 身動きを完全に封じられ、決定的な一撃を()らう直前での寸止め。

 勝負は決した。


「……参った。また、俺の負けだ」


「今回も僕の勝ちだね」


 俺が負けを宣言したことにより、ロウは先程までの真剣な顔つきからいつもの温和な表情に戻った。

 寸止めしていた拳を目の前から退けて、俺の上から降り、自分の強化と俺を捕縛していた【三光輪縛(レストリクシオン)】を解いてくれる。


「やっぱり強いな、ロウは」


「リアンも前よりかなり強くなってたよ。錬金術って思ってたより色々出来るんだね。正直、今回は危なかった」


 上体を起こし、捕縛されていた手首を撫でていると、ロウが手を差し伸べてくれたので、素直にその手を取って起き上がる。


「二人ともー!大丈夫ー?」


 声の方を向くと、サラとモナ姉の二人がこちらに向かって歩いてきていた。

 その背後では三人が先程までいた見張り台をメルさんが錬金術で元の地面に戻している。


「うん!大丈夫ー!」


 声を掛けてきたモナ姉対して、ロウが手を振り返して返事をすると、ロウは再び俺の方を向き直り、爽やかな笑顔を向けてきた。


「近いうちにまたやろうよ」


「あぁ。次は勝つからな」


「次も負けないよ」


 こうして俺とロウの戦歴に一〇〇四個目の黒星がついた。

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