一日目の虎
数分後。
軽く声をかけてロウが寝たのを確認してから俺は部屋を出た。
階段を下りていくと、昼間の飲食店の雰囲気から一変、薄暗い空間にオシャレな音楽がかかっていて、大人な雰囲気のバーになっていた。
目的はカウンター席に座っている一人の女性。
「未成年はお酒飲めないんだぞ?」
「お酒じゃない。ただのジュース」
そんな冗談混じりなことを言いながら、先に飲み物を頼んでいたサラの隣に座り、マスターにシックザールという名前のこの店のオリジナルカクテルを頼む。
もちろん未成年なのでノンアルコールのものだ。
「それで?わざわざ呼び出してどうしたんだ?」
そう言うと、サラは飲んでいたグラスを両手でカウンターに置き、こちらにジト目を向けてきた。
「それが半年ぶりにあった幼馴染兼家族に言うセリフ?」
「冗談だ。俺も話したいと思ってた。みんなは元気にしてるか?」
「してるよ。グレンは子供たちをまとめていつも山で遊んでくれてるし、リーンとアリシャは女の子同士で相変わらず仲良しさん。でも、カイルとフェイルの二人が最近ちょっと喧嘩が多いかな。レイラが喧嘩の仲裁に毎回入ってくれてるみたいだから大丈夫だとは思うけど……」
「まあ、男の子だしな。喧嘩くらいするだろ。そのうち仲直りするさ」
「そういうもの?」
「そういうもんだ。ヴィルとシスタは?」
「ヴィルは相変わらず木陰でずっと本読んでるよ。一人でいる方が楽でいいみたい。シスちゃんは元気だけど、やっぱりリアがいなくなってから少し寂しそうかな。今回、一緒に来るように言ったんだけど、家事やる人がいなくなっちゃうからって来なかったの。シスちゃんの為にも近いうちに一度帰って顔見せてあげなよ?」
「わかってるよ。半年後くらいにまとめて休みを取って、ロウと一緒に一度帰る予定ではいる」
「そっか。お父さんも気にしてるみたいだし、それがいいよ」
「気にしてるって……あの親父が?」
「ああ見えて、ロウとリアの話とか出ていってから何度も気にしてるよ。やっぱり育ての親だし、心配してくれてるんだよ、きっと」
「意外だな……」
親父は基本的に放任主義というか、衣食住は提供してやるからあとは勝手にしろ的なスタンスの人間なので、俺たちのことを気にかけているというのは少し意外だった。
「リアこそこっちの暮らしはどう?いいかげん慣れた?」
「まあ、そこそこ順調だ。……とは言っても、ひたすら訓練と任務の日々だからそれしかしてないんだけどな」
「それが対魔王十一魔導部隊様のお仕事でしょ?」
「このままだと頭まで筋肉になりそうだ」と言って、ケラケラとお互いに笑った。
「ねぇ、リアたちの話もっと聞かせてよ。どんな任務に行ったのかとかいろいろ聞きたい」
「任務の話か?そうだなぁ……。印象深かったのはひと月前に行った東北の方にある小さな村で――」
俺はなるべく面白おかしく、任務で行った先々で出会った人たちや隊の人たちの話などをサラに話して聞かせた。
*
「てなことがあってな。クリフさんっていう人、いつも女の人に弄ばれて財布にされてるんだよ」
一時間ほど経っただろうか。
注文した飲み物を飲みながら俺とサラは話を二転三転させて、任務の話や家族の話、隊士たちの面白エピソードなど、様々な話をしていった。
「へー、そんなんら〜」
「ん?」
サラの様子が何だかおかしかった。
店内が薄暗くて見ずらいが、隣のサラをよく見ると頬がほんのりと赤くなっていて、目も虚ろ。
呂律も上手く回っていない。
「お前……もしかして酔ってるのか?」
「酔ってないわよぉ〜」
「まさか……」
サラが飲んでいたグラスを手に取って一口飲んでみる。
「げ……」
案の定、中身はアルコール低めのフルーツ系のカクテルだった。
まさか本当に酒を飲んでいるとは……。
サラがどんな風に注文したのかは知らないが、マスターが間違えて出してしまったのかもしれない。
サラは酒を口にしたことが一度もないからジュースだと思って、気が付かなかったんだろう。
サラは俺と話している最中に同じものをおかわりして、三杯くらいこのお酒を飲んでいたので、普通に酔っ払ってしまっていた。
「えへへぇ、間接キッス〜」
「お前……だいぶ酔ってるな……」
こうして酔っているサラを見るのは初めてだった。
「とりあえず、店出るぞ」
「えー」
「えーじゃない。ほら、立って」
この店は落ち着いた静かな雰囲気を大事にしているので、これ以上いると店の迷惑になるかもしれない。
サラの手を取って立たせようとするが、酔っているせいで足元がふらつき、どうも立ち上がれそうにない。
仕方なくサラを背中に背負って店を出ることにした。
このまま部屋に戻ろうとも思ったが、サラが泊まっている部屋にはモナ姉がいる。
モナ姉もロウと同じく健康的で、この時間にはもう寝ている可能性がかなり高い。
就寝中に酔っ払いを持っていくのは普通に迷惑だろう。
サラの酔いが冷めるまでは俺が面倒を見ようと思った。
サラを背負って、夜の暖かい色の街灯に包まれた街中を当てもなくぶらぶらと歩いていく。
「ねえ、リア……」
背負っていたサラが唇が耳に当たりそうな距離で囁いた。
酔っていて体に力が入らないのか、頭を俺の肩に乗せていて、サラの髪の毛や熱のこもった吐息が俺の首元や耳にかかる。
少しだけくすぐったい。
「なんだ?」
「――大好き」
俺の首に回していたサラの両手に力が入り、後ろからギュッと抱きしめられる。
「……」
「すぅ……」
何も言わずにいると、サラは耳元でスースーと寝息を立てて寝始めた。
「あぁ……。俺も、大好きだ」
俺は自分の動悸が感じられるほど心臓が高鳴り、顔も熱くなっていた。
俺も酔ったのかもしれないな……。
背中で気持ちよさそうにすやすやと眠るサラを背負ったまま俺は夜の街をしばらく歩いた。




