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溝
この二人の沈黙は重くもなければ怖くもない。
雪はそんなことを幼心に思い、隣にいる雨月へと目を向けた。
雨月は空になったお猪口を無感情に見つめていた。
その様子から何かを考えていることはすぐにわかった。
そして、それが穏やかなことでないことにも察しがつく・・・。
「雪。お前はここでしばらく世話になれ」
「え?」
雨月の唐突な言葉に雪は青ざめた。
それを見て、雨月は苦笑を漏らす。
「ほんの少しの間だ。大事ない」
雨月の言葉に雪は頷かず、大きな瞳に涙を滲ませた。
こうなることはわかっていた。
雨月は心の内でそう呟き、目を閉じた。
雪が自分に懐いていることは知っている。
そして、自分と離れたがらないことも知っている。
雪は自分のことを親か兄のように思い、慕っている。
だが、それは許されることではない。
人間は人間。
妖は妖だ。
本来ならば人間である雪の面倒など見てはならない。
雪が自分に懐けば懐くほど深くなる溝もある・・・。
「何も心配することはありませんよ」
そう口を挟んだのは魚を捌いている店主だった。