第5話「鑑定眼Lv4と、聖なる罠」
ダンジョンの奥深く。
熱と風が荒れ狂う深層部で、マサヒコは巨大な魔物の群れを前に、平然と立っていた。
無表情のまま、軽く指を鳴らす。
「エクスプロージョン」
ドゴォォォォンッ!!
まばゆい光が空間を埋め尽くした。
圧倒的な火力の爆発が、深層にいる強力な魔物たちを次々と焼き払っていく。
ミノタウロスのような巨体の魔物でさえ、一瞬で黒い灰へ変わった。
マサヒコの周囲には、空間を埋め尽くすほどのシステムウィンドウが展開されていた。
『複利適用……現在倍率/経験値1007倍』
『各スキル熟練度ボーナス追加』
深層の宝箱から得た戦利品や、倒した魔物から得た高品質な魔石が、次々とアイテムボックスの黒い渦へ吸い込まれていく。
(魔石はアイテムボックスで自動回収。戦闘ルーティンは完全に最適化された。広範囲魔法で制圧し、残った敵を剣で迅速に処理する)
感情を動かすこともなく、無駄のない動きで魔物を処理していく。
その間も、マサヒコは自分の異常な成長速度を冷静に分析していた。
(複利が複利を生み、成長曲線が完全に爆発している。俺の体が最適化していく)
戦闘を終えたあと、マサヒコは神秘的な鉱石が光る深層の通路を歩き出した。
少しだけ残念そうな顔をしている。
「……よし。今日のノルマ達成だ。帰ろう。漫画みたいに瞬時に帰還できるアイテムがあれば最高なんだがな……」
長い道のりを歩き、出口へ向かう。
その間、マサヒコは空中にステータス画面を開き、自分の成長を確認した。
『マサヒコ Lv 82』
『スキル:剣術Lv11、全属性魔法Lv13、身体強化Lv12……』
「複利の凄さを知識として知っていたとはいえ、一週間でここまでとは。ホントに凄いな」
その時だった。
ピーッ! ピーッ! ピーッ!
けたたましい警告音が鳴り響く。
空中に、赤く点滅する巨大なウィンドウが現れた。
マサヒコの表情が真剣になる。
そこに表示された新しいメッセージを、彼は目で追った。
『熟練度規定値・大幅超過――【鑑定眼】が限界を突破し、Lv4(規格外)に到達しました』
『追加効果:世界の理への干渉。自身より【階位が低い対象】に限り、隠蔽情報の強制開示、および「思考の深層(目的の断片)」の看破が可能になりました』
読み終え、マサヒコは小さく息を吐いた。
(Lv4……? 世界の理への干渉? つまり、俺よりレベルが低ければ、対象の隠された意図や目的すら暴けるってことか。ずっと鑑定眼だけ上がりが渋いと思っていたが、上限が低く設定されてたからか。絶妙にいい仕様だな)
*
満月が、夜の街を青白く照らしていた。
ダンジョンを出て、街の石畳を歩いていたマサヒコの前に、教会の聖印を鎧に刻んだ集団が立ち塞がった。
教会の聖騎士団だ。
周囲を歩いていた人々が足を止める。
何事かと、遠巻きにざわつき始めた。
「おい、教会の聖騎士様だぞ……」
「あの男、何かやらかしたのか?」
先頭に立っている男だけ、兜をかぶっていなかった。
金髪の短髪。
四十歳ほどの、精悍な顔つきをした騎士小隊長だ。
彼らからは、邪悪な気配はまったく感じられない。
あるのは、聖なる使命を背負った者たちの、張り詰めた空気だけだった。
小隊長は姿勢を正し、マサヒコを真っ直ぐに見た。
次の瞬間。
騎士たちが一斉に、流れるような美しい動きで、マサヒコの前に片膝をついた。
予想外の光景に、野次馬たちのどよめきが大きくなる。
「お待ちしておりました。女神の導きにより降り立った、我らが『勇者』殿」
マサヒコは驚きながらも、思わず口元に手を当てた。
笑みがこぼれる。
(ゆ、勇者……!? 異世界テンプレの最上級称号が来たか! たった一週間でLv82までぶち上げたんだ。これくらいのVIP待遇は当然か?)
周囲の人々から向けられる、尊敬と驚きの視線。
それもあって、マサヒコはすっかり気分がよくなっていた。
前世では報われなかった努力が、ようやく認められた。
そんな気すらしていた。
深く頭を下げたまま、小隊長が言葉を続ける。
「さあ、共に参りましょう。大司教様が、勇者殿に相応しい『最高の栄誉』をご用意してお待ちです」
(最高の栄誉ね……悪くない。VIP待遇は大歓迎だ。だが念のため、新しく限界突破した『鑑定眼Lv4』のテストも兼ねて、こいつらの素性くらいは探っておくか)
得意げな余裕の表情を浮かべたまま、マサヒコは静かにオッドアイの片目を光らせた。
進化した【鑑定眼Lv4】を発動する。
その瞬間。
騎士たちの頭上に、ノイズ混じりのシステムウィンドウが大量に展開された。
隠されていた情報が、強制的に開かれていく。
『対象:聖騎士小隊長 / Lv51』
『聖騎士隊員 / Lv31〜42』
そして、赤く強調された最も重要な一文が、マサヒコの目に飛び込んできた。
『隠蔽目的(断片):勇者の確保。百年に一度の邪神封印の【尊き聖なる生贄(人柱)】として回収すること』
――マサヒコの思考が、完全に止まった。
音が消えた。
色も消えた。
世界が一瞬、空白になったようだった。
さっきまでの余裕は、跡形もなく吹き飛ぶ。
顔は青ざめ、目を見開いたまま固まった。
頬を冷や汗が伝い落ちる。
(……は? 生贄(人柱)……!?)
「すげえ、本物の勇者様だ……」
周囲の無邪気な声が、ひどく遠くに聞こえた。
マサヒコは大きく口を開け、息を呑む。
足が、じりっと後ろへ下がった。
あまりにも衝撃的な真実に、頭が混乱しかける。
(……俺が、生贄? こいつらは、俺を生贄にするために、迎えに来たってのか……!?)
マサヒコの異変に気づき、小隊長が不思議そうな顔で声をかけてきた。
「勇者殿……? いかがなされましたか? お顔の色が優れませんが」
(落ち着け。平静を装え。ここで取り乱して逃げ出せば、完全に主導権を奪われる!)
パニックになりかけた頭を、マサヒコは無理やり冷静に切り替えた。
鋭い眼光を取り戻し、目の前の小隊長を観察する。
(この男の目……一片の迷いもない。『尊い礎』だと、本気で信じて疑ってない。悪意や私怨がないからこそ、大義のためなら俺の命など些事だと思っている。言葉での交渉の余地はないだろう)
マサヒコは冷静に、戦力差とリスクを計算する。
(小隊長でLv51か。Lv82の今の俺なら瞬殺できる。……だが、教会のトップクラスや、こいつらより上の奴らがどれほどの強さかデータがない。ここで暴れれば、民衆にも被害が出る。……まずは平静を装い、この場からスマートに撤退するのが最善だ)
結論は出た。
マサヒコは一瞬で、営業マンの仮面をかぶり直した。
顔には、先ほどの動揺などなかったかのような、完璧な営業スマイルが戻っている。
自然な笑顔を作りながら、マサヒコは罠を仕掛けてきた男たちへ向き直った。
そして、いつもの営業口調で、静かに口を開いた。




