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『複利チートの生贄勇者〜捧げられる前に、俺は世界を利用する〜』  作者: NEA_
第一章 偽りの勇者と、聖なる罠

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第4話「急成長の対価と、揺るぎなき聖なる罠」



 宿屋の一室。

 朝日が差し込むベッドの上で、マサヒコは胡座をかいていた。


 その前には、半透明のステータス画面が浮かんでいる。

 マサヒコは真剣な顔で、その数字を見つめていた。


 昨夜、ギルドで魔石を換金した結果、所持金は金貨十一枚と銀貨多数に増えている。


『所持金:金貨11枚、銀貨――』


『現在Lv:12』


(……昨日の利益は上々。複利の恩恵で、各種スキルの「経験値」と「熟練度」も加速的に上がっている。順調そのものだ。だが……)


 マサヒコの視線が、ある項目で止まった。


『鑑定眼:Lv1』


 彼は少し渋い顔をして、顎に手を当てる。


「鑑定眼だけは、いくら使ってもピクリとも上がらないな。熟練度の要求値が異常に高いのか?」


 相手の情報を読み取る力。

 敵の弱点を知る。

 アイテムの価値を正しく判断する。


(漫画なんかだと重要スキルのはず……早くLvを上げたいところだが……)


 マサヒコは小さく首を振った。

 焦っても仕方がない。


 そう自分に言い聞かせるように、表情を切り替える。


「まあいい。焦らず地道に使い続けるだけだ。何事も『継続は力なり』だからな。複利の恩恵があれば、いずれ跳ねるはずだ」


 マサヒコはステータス画面を閉じた。

 そして装備を整え、新しい一日のために宿を出た。



 昼下がり。


 高く昇った太陽が照りつける中、街の郊外にあるダンジョンの入り口は、暗い口を開けていた。

 光を吸い込むように真っ暗に見える。


 マサヒコは迷わず中へ入った。

 昨日よりさらに深く進み、第2層の入り口に立つ。


 空気は重く、どこか冷たい。


 マサヒコは軽く指を鳴らした。

 すると、頭上に光の球が浮かび上がる。


 『ライト』の光が、周囲の暗闇を白く照らした。


(第1層は、すでに俺のレベルとスキルでは効率が落ちてきた。今日からさらに深層へ進むか……リスクは当然上がるが、その分リターンも大きいはずだ)


 慎重に歩きながら進む。

 頭上の光が、剣の鈍い輝きと、マサヒコの横顔を照らしていた。


(俺の目標は、ただこの世界で生き残ることじゃない。誰にも搾取されない『絶対的な自由』を手に入れることだ。そのためには、力と資産がいる)


 マサヒコが鋭い目で通路の奥を見た、その時だった。


 ――カサ。


 音は、前からではなかった。


 頭上。


 そう気づいた瞬間、天井の暗がりから白い糸が降ってきた。


「ッ!」


 マサヒコは反射的に後ろへ跳んだ。

 だが、遅い。


 粘つく糸が右足首に絡み、続けて胴、剣を握る右手首へと巻きついた。

 引き剥がそうとした瞬間、さらに別の糸が頭上から落ち、マサヒコの首元をかすめる。


(まずい……これは、罠だ!)


 闇の中で、巨大な影が三つ動いた。


 二匹が地面へ落ちる。

 一匹は天井に張りついたまま、こちらを見下ろしていた。


 体長一メートルを超える巨大な毒蜘蛛。

 ポイズンスパイダーだ。


 一匹が天井に張りついたまま、紫色の毒液を吐き出す。


「ウォーターシールド!」


 水の盾が展開される。

 だが、姿勢を崩した状態では角度が甘い。


 毒液の大半は弾いた。

 しかし、飛び散った飛沫がマサヒコの左肩を焼いた。


「ぐっ……!」


 皮膚が焼けるような痛み。

 直後、左腕の感覚が鈍る。


 その間にも、別の蜘蛛が地面を這うように迫っていた。

 鋭い牙の先に、紫色の雫が膨らんでいる。


(火力があっても、撃つ前に動きを封じられたら終わりだ)


 マサヒコは奥歯を噛み締めた。


 剣は振れない。

 足も動かない。


 このままでは、数秒後に喉笛を噛み千切られる。


 それでも、左腕はまだ完全には死んでいない。

 痺れる腕を無理やり動かし、指先を足元へ向ける。


「……ファイアーボール!」


 狙ったのは蜘蛛ではない。

 自分を縛る糸だった。


 炎が至近距離で弾け、糸を焼き切る。

 同時に、熱が革の胸鎧の表面を焦がした。


 足首、胴、右手首に絡んでいた糸が、まとめて焼け落ちた。


 毒牙が目前まで迫る。


 マサヒコは地面を蹴り、無理やり横へ転がった。

 牙が、さっきまで彼の喉があった場所を突き刺す。


 紙一重。


 背筋に、冷たい汗が流れた。


(……危なかった。第2層でこれか。魔物との戦いは、単純な攻撃力だけじゃ測れないな)


 マサヒコは体勢を立て直しながら、剣を握り直した。

 左肩はまだ焼けるように痛む。


 至近距離で弾けた炎の熱が、首筋や頬にもひりつく痛みを残していた。

 だが、動けないほどではない。


「ウィンドカッター!」


 真空の刃が、天井から糸を垂らしていた蜘蛛を切り裂いた。

 胴体を断たれた蜘蛛が、地面へ落ちる。


 残る二匹が、左右に散った。


 今度は、正面から来ない。

 壁を這い、天井を使い、死角を作りながら距離を詰めてくる。


(真正面から突っ込んでくるホーンラビットとは違う。こいつらは、獲物の殺し方を知っている)


 マサヒコは短く息を吐いた。


 焦るな。

 相手の動きを見ろ。


 右の蜘蛛が、糸を吐く。

 左の蜘蛛が、それに合わせて飛びかかる。


「シャドウスパイク」


 足元の影から黒い槍が数本突き出した。

 飛びかかってきた蜘蛛の腹を貫き、その動きを止める。


 同時に、マサヒコは剣を振るい、飛んできた糸を切り払った。

 そのまま踏み込み、最後の一匹の頭へ刃を叩き込む。


 緑色の体液が飛び散った。


 数秒遅れて、戦闘が終わる。

 静けさが戻った通路に、マサヒコの荒い息だけが残った。


 足元には、三つの魔石。

 そして、紫色の気味の悪い袋のようなものが転がっていた。


『戦闘終了』


『複利適用……経験値3.2倍。各スキル熟練度に加算』


 マサヒコはシステムログを見上げた。

 それから、焦げた革鎧と、毒で焼けた左肩へ視線を落とす。


「……火力だけじゃ足りないな」


 小さく呟き、マサヒコはヒールを発動させた。

 淡い光が左肩と火傷を包み、焼けるような痛みと傷が少しずつ引いていく。


 続けて、毒腺を拾い上げた。


『ポイズンスパイダーの毒腺:レア素材(錬金術師ギルドで高需要)』


 価値を知った瞬間、マサヒコの口元に薄い笑みが浮かんだ。

 だが、手に残る生々しい感触と、見た目の気持ち悪さに、すぐ苦笑いへ変わる。


「うん、少し……いや、大分気持ち悪いな、これ。さっさとしまおう」


 毒腺をアイテムボックスへ放り込み、マサヒコは通路の奥を見据えた。


(毒、拘束、奇襲、死角。ここから先は、攻撃魔法を覚えただけでは足りない。索敵、防御、回避、状態異常への対処……全部鍛える必要がある)


 闇は、進むほど濃くなっていく。


 マサヒコは剣を握り直し、さらに奥へ進んだ。



 その後も、マサヒコは第3層、第4層と慎重に進んでいった。


 出てくる魔物を確実に倒す。

 魔石を回収する。

 新しいスキルを試す。

 危険だと判断すれば、すぐに距離を取る。


 そうして昼から夕方へ差し掛かる頃、マサヒコは第5層の広い部屋へたどり着いた。


 そこには、巨大な魔物が立っていた。


 筋肉で盛り上がった体。

 二メートルを優に超える巨体。

 そして、体ほどもある大きな斧。


 オークだ。


 マサヒコはすぐに頭上の光球を消した。

 広間の入り口の暗がりに身を隠し、息をひそめて相手を観察する。


(オーク……第5層、低層のヌシってところか。図体はデカいが、動きはどうだ?)


「ブモォォォッ!」


 オークが苛立ったように巨大な斧を振り回した。

 近くにあった太い石柱が、粉々に砕け散る。


 まともに食らえば、一撃で死ぬ。


 だが、マサヒコは冷静だった。

 暗闇の中から、相手の動きをじっと見ている。


 鑑定眼が、オークの膝にある弱点を捉えた。


(大振りすぎる。攻撃後の硬直も長い。……いける!)


 マサヒコはわざと足音を立てて、物陰から広間へ飛び出した。

 小さな獲物を見つけたオークが咆哮する。


 そして、怒りのままに巨大な斧を振り下ろしてきた。


(引きつけて……!)


 斧が頭を割る寸前。


 マサヒコは地面を滑るように横へスライディングし、紙一重でかわした。


「今だ。足元がお留守だぞ」


 スライディングの姿勢のまま、左手をオークの足元へ向ける。


「ストーンバレット」


 近距離から放たれた石の弾丸が、オークの右膝を正確に撃ち抜いた。


「ブギィッ!?」


 膝を砕かれたオークが、耐えきれずに体勢を崩す。

 巨体が沈み、首筋がマサヒコの目線の高さまで下りてきた。


 勝機。


 そう判断したマサヒコは、ガラ空きになった首筋へ向けて、低く鋭く踏み込んだ。


「シャドウブレイド!」


 魔法と同時に、手にした鋼の剣が黒い闇に包まれた。

 刃は不自然なほど長く伸びる。


 オークの巨大な腕が迎撃に動くより速く、黒い刃が首を横から斬り飛ばした。


 ズシン……!


 首を失った巨体が、広間の床に崩れ落ちる。


 マサヒコはオークの体が魔石と素材へ変わるのを確認した。

 そして、それらをまとめてアイテムボックスへ放り込む。


『オーク討伐』


『複利適用……経験値7.3倍』


 空中に浮かぶシステムログを見上げながら、マサヒコは額の汗を拭った。


「よし、もう少しで複利の倍率が爆発する……ここからが本当の『無双』の始まりだ」



 夕陽が街を赤く染め、夜が近づく頃。


 冒険者ギルドのカウンターに、マサヒコはドサッとオークの巨大な魔石と素材を置いた。


 それを見た受付嬢は、信じられないものを見るように目を見開く。

 持っていた羽ペンを、ポロッと落とした。


「オ、オーク……!? ま、まさか、これを全てお一人で……!?」


 そのどよめきは、すぐにギルド全体へ広がった。


 後ろで見ていたベテラン冒険者たちの顔が、驚きで引きつっている。


「おいおい、あいつ昨日登録したばかりのルーキーだろ!?」


「低層のヌシをルーキーがソロで討伐だと……化け物かよ」


 周囲が騒ぐ中、マサヒコは涼しい顔をしていた。

 完璧な営業スマイルを浮かべ、受付嬢へ言う。


「換金を頼む」


 受付嬢は震える手で魔石を受け取った。

 必死に笑顔を作りながら答える。


「か、かしこまりました。すぐに査定いたします……」



 三日月が夜空に浮かぶ頃。


 聖地ティティーリア教会の奥。

 薄暗い作戦会議室には、重い空気が漂っていた。


 テーブルの中央には、金色の右目を持つマサヒコの似顔絵が置かれている。

 厳しい表情の騎士小隊長が、大司教に向かって報告していた。


「大司教様。ギルドに潜ませている間者からの報告によると、勇者殿は登録からわずか二日で、ダンジョンのオークを単独討伐したとのことです」


 その報告を聞いた大司教は、深く頷いた。

 顔には、確信に満ちた表情が浮かんでいる。


「ええ。手配書の金色の右目も文献にある通り。彼こそ間違いなく、女神フライヤ様からの神託にあった『救済の器(勇者)』です」


 小隊長は身を乗り出した。

 すぐに動くべきだと提案する。


「ならば、ただちに兵を差し向け、勇者殿を速やかに我々の手で確保しましょう。これ以上の野放しは不測の事態を招きかねません」


 だが、大司教は手をスッと上げて止めた。


「お待ちなさい。フライヤ様の神託によれば、異世界からの魂が新しい肉体に完全に定着するまで、約『一週間』を要するとされています。今、強引に接触して魂が瓦解すれば、この世界を救う尊い器を永遠に失ってしまうことになります」


「……では、定着を待つと?」


 小隊長の疑問に、大司教は静かに頷いた。


「ええ。そして一週間後。魂が完全に定着した絶好のタイミングを見計らい、彼を盛大に迎え入れるのです」


 大司教の表情が変わる。

 そこには、悲壮感と慈愛が浮かんでいた。


「我々は彼に、最大限の『名誉』と、最期までの心安らかな日々を提供せねばなりません。百年に一度、邪神の封印を更新するためだけに呼び出される、尊き御魂……」


 その言葉を受け、騎士小隊長も胸の前で聖印を切った。

 祈るように目を閉じる。


「……すべては、この世界を救う『礎(生贄)』となってくださる、勇者殿のために」


 暗い部屋の中、二人の周囲には迷いのない正義の空気が漂っていた。



 ――そして、一週間後。


 静寂の洞穴の深層。


「エクスプロージョン」


 凄まじい爆炎が闇を焼き払った。

 魔物の群れが灰になり、崩れ落ちる。


 その前で、マサヒコは無表情のまま、静かに指を下ろした。



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