第34話「鍛冶師への挑戦状」
むせ返るような熱気の中、巨大な金床の上に置かれた二つの素材だけが、異様なほど澄んだ青緑色の光を放っていた。
ヴォルが『アイテムボックス』から取り出した、「高純度ミスリル」と「ミスリル結晶核」である。
筋骨隆々の初老のドワーフ鍛冶師は、その素材を見た瞬間、目の色を変えた。長年、鉄を打ってきた職人の目が、極上の獲物を見つけた獣のように鋭くなる。
「高純度ミスリルに……ミスリル結晶核だと?」
鍛冶師は分厚く無骨な指を伸ばし、ミスリル結晶核の表面を軽く弾いた。
キィン……。
工房の熱い空気を切り裂くような、澄んだ金属音が響き渡る。
素材から目を離さないまま、鍛冶師はニヤリと笑った。職人としての心に、完全に火がついた顔だった。
「この素材で作れねぇもんは、まずねぇな」
興奮を隠しきれない鍛冶師を、ヴォルは静かに見下ろした。その目は冷静だった。
「俺の技に耐える剣が欲しい」
鍛冶師は笑みを収め、怪訝そうに太い眉を上げた。熱を帯びていた目が、職人の冷静な目へ戻る。
「その“技”ってのが分からねぇ。どんな負荷がかかるのか、口で言われただけじゃ、あんたに完璧に合った剣は打てねぇぞ」
鍛冶師は親指で、工房の奥にある分厚い木の扉を示した。
「裏に試し場がある。見せてみろ。あんたの今の剣を壊す技ってやつをな」
ヴォルは平然と裏口へ向かって歩き出した。
「分かった」
*
鍛冶屋の裏庭は、武器を試すための試験場になっていた。
そこには、鉄芯入りの頑丈な試し斬り用のかかしが、いくつも並んでいる。
ガシッ。
鍛冶師が棚から無骨で古い鉄剣を取り、ヴォルへ渡した。
「まずはこいつでやれ。遠慮はいらねぇ」
ヴォルは鉄剣を受け取ると、重さとバランスを確かめるように、片手で軽く二、三度振った。
ヒュン、ヒュンッ。
重い風切り音が鳴る。
試し場から少し離れた場所で、ネネが腕を組んで見守っていた。王都の中心であることを気にしたのか、短く忠告する。
「抑えろ。街中だ」
ネネの言葉に、ヴォルはわずかに口角を上げた。
「分かってる」
ヴォルは鉄剣を正面に構えた。
次の瞬間、ヴォルの体に光のバリアが展開され、足元の影に高密度の『闇属性』の魔力が一気に集まっていく。
ブゥゥン……!
空気が変わった瞬間、見守っていた鍛冶師の目が鋭く開かれる。ただの剣術でも、ただの魔法でもない。異質で強い力が溜まっていると、職人の勘で察したのだ。
ドンッ!!
ヴォルの足元で、圧縮された闇が弾けた。
『疑似・反発推進』による爆発的な加速。
踏み込んだ地面がすり鉢状にえぐれ、ヴォルの姿が一瞬でかかしの懐へ飛び込んだ。
「《ドライブ・ブレイカー》」
ズガァァァンッ!!
強烈な推進力を鉄剣に乗せ、かかしへ叩き込む横振り。
バキィィンッ!!
凄まじい衝撃波が裏庭を吹き抜け、鉄芯入りの分厚いかかしが粉々に砕けて吹き飛んだ。
カラン……。
だが、ヴォルの手にある鉄剣も、その衝撃に耐えきれなかった。刀身が根元からへし折れ、破片が地面に突き刺さる。
土煙を腕で防ぎながら、ティカが呆れた顔で呟いた。
「……折れたね」
鍛冶師は目を見開き、口元をひきつらせていた。
「……今の、抑えてそれか?」
柄だけになった鉄剣を無表情で見下ろしながら、ヴォルは事実だけを告げた。
「かなり抑えた」
鍛冶師が駆け寄る。
地面に突き刺さった鉄剣の刀身を拾い上げ、折れ口を職人の目で鋭く見た。
「刃が負けたんじゃねぇ。剣そのものが、あんたの異常な『衝撃』を受け止めきれてねぇんだ」
鍛冶師は、かつてない挑戦を前にしたように、ニヤリと笑った。
「なるほどな。確かにその技なら、半端な材料じゃ絶対に耐えねぇ」
*
裏庭から、薄暗い工房へ戻る。
ズォォォ……。
炉の炎の音が、再び大きく聞こえた。
鍛冶師は金床のミスリル素材を前に、力強く腕を組んだ。その顔には、職人としての自信がはっきりと浮かんでいた。
「分かった。任せな。最高の剣を打ってやる」
ヴォルは冷静に、仕事の話へ移った。
「条件は?」
鍛冶師は職人の誇りをにじませながら、不敵に笑った。
「金貨五百枚だ」
「五百!?」
ティカが目を飛び出しそうなほど驚く。
だが、ヴォルはまったく動じなかった。アイテムボックスの黒い渦から、ずっしりと重い皮の小袋を取り出す。
ダンジョンで得た大量の魔石や素材を売り、すでに金貨二千枚以上を得ていたヴォルにとって、それは出し惜しみする額ではなかった。
ドサッ。
金床の上に置かれた袋の口から、眩い金貨がジャラッとこぼれ落ちる。
「問題ない」
だが、鍛冶師はこぼれた金貨には目もくれなかった。ただ金床のミスリル素材だけを、熱のこもった目で見つめている。
金目当てではない。
職人として、自分の限界に挑もうとしている目だった。
「金を受け取る以上、半端なもんは打たねぇ。だが時間は要る」
「完成までに、どれくらいかかる」
鍛冶師は、燃え盛る炉の炎を見つめた。炎が、その顔を赤く照らし出す。
「普通なら二週間は欲しい。だが、あんたの剣は急ぎなんだろ」
炎を背負い、鍛冶師は限界に挑むように笑った。
「三日だ。寝ずに打つ」
ヴォルは素材と金を残し、振り返らずに工房の出口へ向かった。
それは、完全に任せるという意思表示だった。
「任せた」




