第31話「八百二十万倍の違和感」
「……あれが、坑道を呑み込んだ元凶か」
ティカは、恐怖と疲れで顔をこわばらせながら、深層主を見上げた。
大蛇の頭部にあるダンジョン核から、緑色の光が放たれている。その光に反応するように、壁のミスリル鉱脈全体が脈打っていた。
「ミスリル鉱脈とダンジョン核が融合してる……!」
バッ!!
ヴォルが身を低く沈める。同時に、ネネが影へ沈むように動いた。二人は一瞬で左右に散った。
「行くぞ、ネネ!」
「ああ!」
ブォォォォォンッ!!!
ミスリルヴェインスネークが、巨大なミスリルの尾を凄まじい速さで薙ぎ払ってきた。空気が震えるほどの風切り音が響く。
ガギィィィンッ!!!
ヴォルは跳躍して尾をかわし、すれ違いざまに剣を振るった。だが、刃は硬いミスリルの鱗に弾かれ、激しい火花を散らした。
(くそっ、全く刃が通らない! まともに打ち合えばこっちの剣が砕けるぞ!)
大蛇が巨大な顎をガバッと開く。その口の奥に、高密度の緑色の魔力が球のように集まり始めた。
周囲の空気が震えるほどの力。
ズドバァァァァァッ!!!
大蛇の口から、極太の緑色の魔力ブレスが一直線に放たれた。空間を真っ二つに割るような閃光が走る。
ブレスが放たれた瞬間、ヴォルが地面に両手をついた。前方に『土の壁』を何重にも展開する。分厚い岩の壁が、次々とせり上がった。
ドガガガガガッ!!!
だが、土の壁はブレスの前に、紙のように貫かれていく。何枚もの壁が、あっという間に砕け散った。
最後の二枚の壁の裏で、ヴォルは歯を食いしばって魔力を込める。壁にはすでに亀裂が走っていた。
メキメキッ……!
(威力が異常だ……! このままじゃ押し切られる!)
スラァッ!!
砕け散る土の壁の影から、ネネが黒い残像を引いて飛び出した。
「私が隙を作る! 合わせろ、ヴォル!!」
大蛇がブレスを放ち続けている斜め下。その死角を突き、ネネは地面を這うような低い姿勢で一気に走った。
狙いは、大蛇の足元。
残像すら追えないほどの速さだった。
ネネは大蛇の巨大な胴体にたどり着くと、そのまま垂直に駆け上がった。
ギャリギャリギャリッ!!
双剣をミスリルの鱗に滑らせ、耳障りな金属音と激しい火花を散らす。あえて派手な音と光を立て、大蛇の注意を引いている。
大蛇は不快な音にブレスを止め、ネネへ警戒を向ける。
ダンッ!!
大蛇の頭部付近まで駆け上がったネネが、ミスリルの鱗を強く蹴った。そのまま大きく後方の空中へ跳ぶ。
ネネの動きを追い、大蛇の視線が完全に上空へ向いた。
ゴバァッ!!
空中のネネを食い潰そうと、大蛇が下から巨大な顎を突き上げる。だが、ネネは空中で鮮やかに回転し、紙一重でかわした。
ズゴガァァァッ!!
ネネを外した大蛇の顎が、そのまま背後の巨大な岩壁に激突する。凄まじい破壊力で岩が砕け、破片が飛び散った。
舞い散る土煙の中、砕けた岩壁のすぐ横、洞窟の壁から張り出した岩場にふわりと着地し、ネネは大蛇を見下ろして冷たい視線を送った。
「こっちだ。図体ばかりで、目が追いついていないぞ」
シャアアアアアッ!!!
完全に怒ったミスリルヴェインスネークが、ネネに向かって大きく鎌首を振りかぶる。
その瞬間、額のダンジョン核が完全に無防備になった。
「今だ、ヴォル!」
カッ!!! バチバチバチッ!!!
この瞬間を待っていたヴォルは、温存していた「光」と「闇」の魔力を限界まで練り上げていた。
この力を、全身に集中させる。
(……ここだッ!!)
バシュゥ!!!
足元の闇魔法が弾ける。ヴォルの体が、弾丸のように大蛇の額へ向かって飛んだ。
凄まじい反発力で大気が歪む。空間を一直線にぶち抜くように、光と闇の残像が走った。
光と闇の反発力を、剣撃の推進力に乗せた必殺技。
「《ドライブ・ブレイカー》!!!」
ズガァァァァァァァァァァンッ!!!!
ダンジョン核ごと頭部に叩き込まれた一撃が、白と黒の爆発を起こした。
*
激しい閃光の後。
ズゴォォォン……。
ミスリルヴェインスネークの頭部が砕けた。巨体は、ただの巨大な鉱石の塊となって地面に崩れ落ちる。
ゆっくりと、空洞に静けさが戻っていった。
ピキッ……。
着地したヴォルの手元から、不吉な音が鳴る。握っていた鋼の剣の刀身に、深いヒビが走っていた。
もう限界だった。
「……なんとか持ってくれたが、完全に限界だな」
サーッ……。
砕けた深層主の頭部から、薄黒いダンジョン核が霧のように消えていく。黒い光の粒子となって、天井へ昇っていった。
坑道全体を覆っていた濁った魔力が、少しずつ晴れていく。まるで、空気そのものが洗われていくような光景だった。
ゴトリ……。
大蛇の頭部が砕け散った場所に、人の頭ほどの大きさの鉱石が残された。強い青緑色の光を放っている。
その横には、大きな魔石も転がっていた。
ヴォルが鉱石を拾い上げると、横に小さなウィンドウが表示された。
『ドロップアイテム:高純度ミスリル』
道中で採った普通のミスリルと、今手に入れたドロップ品。それを見比べ、ヴォルはニヤリと笑った。
「高純度ミスリルか……。さっき壁から削り取った石より、遥かに上等な剣が打てそうだな」
空洞の入り口近く。
岩陰に隠れて座り込んでいたティカは、呆然としていた。肌で感じていた重圧が消えている。
「核が……霧散した……?」
ティカは立ち上がった。まだ震える声で、ヴォルたちに説明する。
「これでしばらく、コアの活動が弱まる……。このダンジョンのランクが、一段下がるぞ……本当に深層を攻略しちまった!」
ヴォルは剣と高純度ミスリルをアイテムボックスにしまった。額の汗を拭う。疲れは見えるが、その顔には確かな手応えがあった。
「作業員を入れられるか?」
ティカは斥候として、ダンジョンの状態を冷静に考えた。
「作業員だけじゃ無理だね。弱まったとはいえ、ここは元上位ダンジョンだ。でも、冒険者を護衛につければ、採掘は再開できる。ギルドに依頼が入るようになるだろうね」
ティカがゴクリと息を呑む。
「王国が聞いたら、喉から手が出るほどの情報だよ」
ヴォルはティカに向けて、打算的な笑みを浮かべた。
*
ピコンッ! ピコンッ! ピコンッ!
ヴォルの正面に、半透明のウィンドウがいくつも重なるように浮かび上がった。軽い音が、連続して鳴る。
『深層主討伐』
『大量経験値獲得』
『Lv 146』
『魔力制御 熟練度上昇』
『反発推進制御 熟練度上昇』
『ドライブ・ブレイカー 熟練度上昇』
ブゥン……。
最後に、一際大きな赤いウィンドウが現れた。
『複利補正 適用』
『現在成長倍率:8,200,000倍』
その数字を見つめ、ヴォルは静かに考え込んだ。
(現在成長倍率、八百二十万倍……。ダンジョンに入ってから、深層主まで狩って、Lv112から146に上がった)
眉間にシワを寄せる。
(上昇幅としては異常だ。だが、逆にこの数字でこのレベルという違和感……)
ヴォルの脳裏に、巨大なツルハシを振るうデレンの姿がよみがえる。
狂気に満ちた、あの巨体。
(デレンのLv172は、まだ理解できる。年齢、戦闘経験、異能、あの怪しい組織の何かしらの強化の可能性……説明の余地はある)
考え込むヴォルを見て、ネネが声をかけた。
「どうした」
ヴォルはスッ……とウィンドウを消した。そして、ネネの方を向く。
「ホーリーナイツのレベルのことを考えていた」
ネネが僅かに目を細める。
「あの者たちか」
ヴォルの脳裏に、圧倒的な威圧感と、Lv200近い数値の記憶がよみがえる。
「ああ。ツルハシ野郎はまだ分かる。だが、ホーリーナイツは別だ」
「若すぎる、ということか」
ネネの言葉に、ヴォルは鋭い目で頷いた。冷静に考えたうえで、確信に近い答えを口にする。
「ああ。ネネが前に言っていた人族の成長制限……俺の異常な複利ですら、この上がり方だ。明らかに、あいつらのレベルには裏がある」
*
五日目の昼前。
ダンジョンの入り口付近。
ハァァ……。
ティカは地面にへたり込み、頭を抱えて長いため息をついた。疲れと情報の多さで、完全に限界を超えている。
「……ダンジョン完全攻略、ミスリル鉱脈の発見、採掘再開の可能性、深層主討伐、男、魔族共に戦闘力が異常……報告書、何枚必要なんだよ……」
頭を抱えるティカを見下ろし、ヴォルは悪びれもせず、あっさりと答えた。
「簡単でいい」
ティカが恨めしそうにヴォルを見上げる。
「簡単?? 何て書けって?」
ニヤリ。
ヴォルは、不敵で自信に満ちた営業スマイルを浮かべた。交渉者の顔だった。
「王国にとって、莫大な利益をもたらす男を敵に回すな。そう書け」
ティカはやれやれと首を横に振った。呆れ果てた顔をしている。
「……ほんと、嫌な言い方するね」
ヴォルとネネはそのまま出口へ向けて歩き出した。
背を向けたヴォルが、頭上を見上げる。
ダンジョンの出口。
地上へ続く光の方向だ。
その背中からは、次の舞台へ向かう強い気配が漂っていた。
「さて。王国との駆け引きはこれからだ」




