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『複利チートの生贄勇者〜捧げられる前に、俺は世界を利用する〜』  作者: NEA_
第一章 偽りの勇者と、聖なる罠

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第30話「王国が捨てた鉱脈」



 中層の暗闇から、さらに奥へ。地下深くへ進むほど、空気は冷たくなっていった。肌を刺すような重い魔力が、坑道全体に満ちている。


 二日目の深夜。ついに深層へ足を踏み入れたヴォルたちの前に、広大な坑道が姿を現した。

 それは、美しくも不気味な光景だった。

 坑道の壁や高い天井には、緑色に淡く光る鉱脈が走っている。まるで巨大な生き物の血管のように、無数の光が空間をうっすら照らしていた。


 ティカが狼耳をピクッと動かし、壁の鉱脈を指先でそっとなぞった。真剣な斥候の顔つきになり、自分の知識を口にする。


「……ミスリルだ。この旧坑道、元々は王国がミスリル採掘のために掘り進めていた場所だったんだよ」


 緑色の光に照らされながら、ヴォルは興味深そうに鉱脈を見つめた。


「こんな莫大な価値のある鉱脈を、王国が放棄した理由は?」


 ティカは振り返り、やれやれといった様子で肩をすくめた。


「ダンジョン化したからだよ。しかも、ただのダンジョンじゃない。凶悪な魔物がひしめく『上位ダンジョン』化してしまって、採掘どころじゃなくなったのさ。命がいくつあっても足りないからね」


「なるほどな」


 ヴォルは空間に黒いアイテムボックスを展開した。そして、壁から手頃なミスリル鉱石を剣の柄で叩き落とし、コロン、コロンといくつか渦の中へ放り込んでいく。


 その様子を見ていたティカが、不思議そうに首をかしげた。


「あんた、空間魔法持ちだろ? なら、壁の鉱石を全部持っていけるんじゃないのかい?」


 ヴォルは作業を止め、ティカを真っ直ぐに見た。


「持っていけるが、必要以上に採る気はない。俺とネネの装備分と、多少の予備分があれば十分だ」


 ティカの目が、不思議そうに細められる。


「……金に興味ないのかい? ミスリルなら、街で売れば一生遊んで暮らせるほどの金貨になるよ」


「金は手段だ。目的じゃない。それに金ならいつでも稼げるからな」


 ヴォルは迷いなく、あっさりと答えた。予想外の答えに、ティカは少しだけ目を丸くする。それから、小さく息を吐いた。


(……強欲な冒険者なら、命を落としてでも壁ごと掘り尽くそうとするものを。本当に……わからない男だ)



 カンッ、カンッ。


 壁から鉱石を削り取る乾いた音が響く。ヴォルは少し後ろで警戒しているネネに声をかけた。


「ネネの武器も新調するか? この鉱石なら、相当な強度の短剣が打てるぞ」


 ネネは静かに首を横に振った。表情は変わらない。だが、その態度にははっきりとした意志があった。


「私はいい」


「なんでだ?」


 ヴォルは手を止め、振り返る。


 ネネの手が、腰のホルダーに収められた二本の短剣へそっと触れた。装飾が施されたその柄を、まるで大切な宝物のように扱う。

 いつもの無表情の中に、主君への深い忠誠と誇りが見えた。


「この短剣は、かつて魔王様より直接授かったものだ。……代える理由がない」


 その答えを聞き、ヴォルはほんの少しだけ口角を上げた。納得したように頷く。


「そうか。なら、俺の分の素材だけでいいな」


 ネネの視線が、ヴォルの腰に下がる「鋼の剣」へ向いた。

 連日の激しい戦闘。そして『疑似・反発推進斬り(ドライブ・ブレイカー)』の負荷。そのせいで、刀身には細かなヒビが入り、柄もかなり傷んでいた。


「ああ。ヴォルのその剣は、深層でのこれからの戦いにはもう耐えきれないだろう」


 ヴォルはボロボロの剣の柄をポンと叩いた。苦笑いしながら、また前を向く。


「分かってる。だからこうして素材を拾ってるし、無茶な使い方は控えてるさ」



 二日目の深夜から三日目にかけて。

 三人は、さらに深層の奥へと進んでいった。その間、激しい戦闘が何度も続いた。


「前方、魔物の足音!」


 地面に伏せて前方を確認したティカが警告する。


「了解」


 ヴォルが応じた直後だった。

 暗闇の奥から、無数の巨大な影が飛び出してくる。狼型やライオン型の、深層に住む凶悪な魔物たちだった。


 グルルルルッ!!


 獣の咆哮が、坑道に響き渡る。


「ティカ、下がっていろ」


 ネネが前に出た。


 ゴォォォッ!! ザシュッ!!


 ヴォルは『炎』や『風』の魔法を使い、最小限の剣撃で敵を正確に倒していく。ネネが死角を補い、二人は無駄なく魔物を処理していった。


(剣の消耗を極力抑えたい。《ドライブ・ブレイカー》は、深層主ボスまで温存だ)


 後方の安全な岩陰で、ティカは冷や汗を流していた。魔法の炎の光が、彼女の瞳に反射する。ただ呆然と、二人の戦いを見つめることしかできなかった。


(……戦いに口を挟む余地が全くない。罠と道なら読めるが、戦闘に関しては、私は完全に役に立たないな……)


 魔物を倒し終えた場所には、魔石だけが転がっている。その上に立つヴォルとネネは、言葉を交わさずとも息が合っていた。

 二人はためらうことなく、次の階層へ足を踏み出していく。



 そして四日目の夕刻。


 三人はついに、深層の最奥にある、ダンジョンの核が眠る大空洞へ辿り着いた。

 そこは、巨大なすり鉢状の大空洞だった。壁はすべてミスリル鉱石で覆われ、空間全体が緑色の光を放っている。

 美しく、息をのむような光景だった。


 だが同時に、異常な魔力だまりの圧が空気を歪ませていた。


 空洞の入り口で、ティカは膝に手をつき、肩で息をしていた。疲労で限界が近い。

 ヴォルも全身土まみれで、疲れは色濃く出ている。それでも、彼のオッドアイはギラギラとした野心に燃えていた。

 ネネは静かに双剣を構え、すでに戦闘態勢に入っている。


 ゴゴゴゴゴォォォォッ!!!


 ダンジョン全体が、大きく揺れた。

 空洞の中央で、壁に走るミスリル鉱脈がうごめき出す。集まり、絡まり、やがて巨大な大蛇の形となって鎌首をもたげた。

 その大蛇の額には、鈍く輝く「ダンジョンコア」が埋まっていた。


【深層主:ミスリルヴェインスネーク】



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