第29話「王都へ届く報せと、深層への一歩」
深いダンジョンの暗さとは対照的に、地上には雲一つない青空が広がっていた。
ルワール王国の王都直轄領、その外れにある宿場町、ディナンダ。王都へ続く街道の中継地であり、まだ王都までは距離がある。だが、ここから先はすでに王都のお膝元だった。
そのにぎやかな街で、ディーン・ラップルゴ辺境伯とその一行は、もっとも立派な代官の屋敷を借り上げ、短い休息を取っていた。
そこへ、すさまじい蹄の音を響かせながら、一頭の馬が全速力で駆け込んでくる。
ダダダダダッ!!
泥と汗にまみれた馬が屋敷の前で止まり、伝令が屋敷へ駆け込む。伝令の騎士が必死の形相で叫んだ。
「ディーン・ラップルゴ辺境伯様!! 城塞都市ララーブラトより、緊急の返報にございます!!」
上座で休んでいた辺境伯は、ガタッ! と勢いよく立ち上がった。周囲の騎士たちも、一斉に緊張して姿勢を正す。
「来たか。報告せよ」
伝令は広間へ駆け込み、片ひざをついた。息を切らしながら、すぐに報告を始める。
「『片目が金色の男』、ララーブラトに現れました! 騎士隊長の判断により、現在迎賓宿へとお通ししております」
騎士や側近たちが、顔を見合わせた。本当に現れたのか。誰かが、そう言いたげに息を呑む。
だが、伝令の顔はまだ緊張したままだった。
「さらにご報告が! 男はヴォルと名乗り、同行者として……『魔族の女』が一名、連れ立っております!」
ザワッ……!
広間の空気が一気に騒がしくなる。
「魔族だと!?」
「辺境伯様、やはり危険では……!」
動揺する騎士たちを、辺境伯は片手をスッと上げて制した。その冷たい目に、騎士たちは口を閉じる。
「静まれ。……その魔族は、危険そうか?」
「戦闘力は極めて高いと思われます。ですが……少なくとも、現時点で王国側へ敵意を見せた様子はありません。」
「ですが、男は自分が盾になるように同行の魔族をかばい、騎士団に対しこう言い放ちました……『俺の連れを、俺と『全く同じ扱い』にしないなら……俺は、お前たちにはついていかない』と!!」
その報告を聞いた瞬間、辺境伯の目が鋭く光った。ただのわがままではない。その言葉の裏にある意味を、すぐに理解したのだ。
「ならば、その魔族にも絶対に手を出すな。その魔族を害せば、その男は王国を敵と見る」
「魔族を保護する、ということでございますか……?」
側近が冷や汗を流しながら尋ねる。辺境伯は、その男を鋭い目で見た。
「今、我らが欲しいのは無用な敵ではない。聖教国より先に、彼に接触する機会だ。その魔族を同じ待遇で迎え入れよ」
そして、迷いなく次の指示を飛ばす。
「ララーブラトへ返命を出せ。ヴォル殿、ならびに同行の魔族への危害を禁ずる。ただし監視は続けろ」
辺境伯は窓の外へ目を向けた。遠くには、王都の巨大な城壁がかすんで見えている。
「我々はこのまま王都へ入る。陛下へ直接申し上げる。五百年前の勇者の記録と、同じ特徴の男が現れたとな」
*
王都の青空から一転して、場面は深く暗いダンジョンの奥へ移る。
二日目の夜。
崩れた坑道の奥に、古びた標識が倒れていた。
『第三区画・主坑道封鎖』
空気が重い。魔力灯の光すら、闇に沈んでいくようだった。
その標識を見たティカの顔が強ばった。狼の耳がピンと立ち、尻尾も警戒で固まる。
「……ここは中層主の部屋だ。本来なら、討伐隊を組んで入る場所だよ。ここで引き返さないとやばい事になる」
ヴォルは古びた標識を見下ろした。
だが、その顔に恐怖はない。必要な情報だけを拾う、冷静な目をしていた。
「どれくらいの戦力が必要だ?」
「レベル五十以上の熟練パーティーが三つ。それでも油断すれば全滅する」
ネネが無表情で双剣に手をかけた。静かだが、いつでも戦える姿勢だ。
「なら問題ない」
「問題しかないだろ」
ゴゴゴゴ……。
坑道の奥で、巨大な鉱石の塊がゆっくりと動き出した。まるで壁そのものが立ち上がるような圧が、三人にのしかかる。
青白い光が、目のように灯った。
ズシン……ズシン……。
足音だけで地面が震え、天井から小石が落ちる。全身をミスリル鉱石で覆った巨大ゴーレムが、闇の奥から姿を現した。
「ミスリルゴーレム……!」
ティカが叫ぶ。恐怖を押し殺し、斥候として必要な情報をすぐに伝えた。
「正面からの魔法は弾かれる! 剣も通りにくい! 狙うなら関節部、右膝裏、左肩、首の根元――」
「十分だ」
ヴォルのオッドアイが鋭く光った。攻撃の流れを、一瞬で組み立てる。
ヴォルは剣を構えた。全身に光属性をまとい、刀身にも魔力を乗せる。足元では、闇属性の魔力が圧縮されていた。
ブゥゥン……。
光と闇の魔力が、静かに高まっていく。
ティカが顔を引きつらせた。
「おい……まさか、そのまま斬る気か?」
ネネが正面からミスリルゴーレムの巨大な腕を受け流した。その一瞬で、巨体の重心がわずかに崩れる。
「今だ」
ドッゴォォンッ!!
ヴォルの足元で、闇が爆ぜた。アサルト・ドライブの推進力で、弾丸のように一直線に加速する。
「推進力を、斬撃に乗せる」
「《ドライブ・ブレイカー》!!」
ギィィンッ!!
ヴォルの高速の斬撃が、ミスリルゴーレムの首の根元へ叩き込まれた。刃が外殻に食い込む。
光の魔力と、闇の推進力が一点に集中した。
ミスリルゴーレムの装甲に、深い亀裂が走る。
だが、その硬さの反動が、剣を通じてヴォルの腕に跳ね返る。
「……っ、硬い!」
ギィィンッ!!
ビリッ……!
柄を握る手に凄まじい振動が伝わり、ヴォルの手が一瞬痺れる。
(今の剣で何度も撃てる技じゃないな……!)
だが、ヴォルは剣を引かなかった。足元で二段目の闇を起爆し、刃をさらに押し込む。
ドゴォォォンッ!!
「押し切る!」
バキィィンッ!!
斬撃が、ミスリルゴーレムの首関節部を断ち割った。衝撃が内部核へ貫通する。
「通った……!」
ズゴォォォンッ!!
中層主の巨体が、地響きを立てて崩れ落ちる。
ジン……。
手に残る反動を感じながら、ヴォルは剣を軽く振った。刀身を確認する。
剣は無事だった。だが、手にはまだ痺れが残っている。
「……剣は持った。だが、連発は危ないな」
ネネは、ヴォルの手の痺れを見逃さなかった。
「大丈夫か?」
「剣が折れる前に、俺の腕が持っていかれそうだ」
崩れたミスリルゴーレムが消え、魔石と淡いエメラルド色に光る結晶核が残された。
コォォ……と、周囲の魔力を吸い込むように脈打っている。
ティカが目を見開いた。恐怖とは別の驚きだった。斥候として、素材の価値を理解している顔だ。
「……待て。それ……ミスリル結晶核……魔力伝導率を跳ね上げる超希少素材だ」
ヴォルは結晶核を拾い上げた。青白い光にオッドアイを照らされながら、奥の闇を見据える。
「そりゃあいいな。こいつで俺の技に耐えれる武器が作れそうだ」
ピコンッ! ピコンッ!
ヴォルの前に、半透明のステータスウィンドウが次々と浮かび上がった。
『経験値獲得』
『魔力制御 熟練度上昇』
『反発推進制御 熟練度上昇』
『複利補正 +1%』
ティカは恐怖と理解不能が混じった顔で、鼻をヒクつかせた。
「……また、匂いが変わった。あんた、本当に何なんだ……」
ヴォルの肩越しに、坑道の奥が見えた。
中層主の部屋のさらに奥。そこに、深層へ続く真っ暗な入口が開いていた。
奥の闇から、不気味で冷たい風が吹き抜ける。
ゴォォ……。
ティカが必死の顔で飛び出し、二人を止めようと声を張り上げた。
「お、おい待て! ここから先は『深層』だ! 今までとは魔物の格が違う! 辺境伯様からの返事も、数日以内には戻るはず! 今日は引き返すべきだ!」
だが、ヴォルは振り返った。
中層主を倒しても、まだ満たされていない。危険を楽しむような、狂気じみた笑みが口元に浮かんでいた。
「なら、ちょうどいい」
ザッ……。
ヴォルは暗い深層の坑道へ、迷いなく一歩踏み出した。その背後には、静かに従うネネと、立ち尽くすティカの姿があった。
「早馬が戻るまでに、このダンジョンを攻略する」
暗闇の奥へ続く坑道。まるで巨大な怪物が口を開けて待っているような、不気味さだった。
三人の姿が、その闇へ飲み込まれていく。
ゴォォォォ……。闇の奥から、低い風鳴りが響いていた。




