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『複利チートの生贄勇者〜捧げられる前に、俺は世界を利用する〜』  作者: NEA_
第一章 偽りの勇者と、聖なる罠

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第28話「背中を預ける者たち」



 薄暗く、じめじめとした空気が漂う旧坑道型ダンジョン。

 壁には発光ゴケがわずかに生え、ゴツゴツした岩肌が奥まで続いている。

 突入したばかりの低層エリアを、ヴォル、ネネ、ティカの三人が慎重に進んでいた。


 先頭を歩くティカは、ピンと立てた狼の耳と、ヒクヒク動く鼻で周囲を探っている。


 ガラッ……。


 左側の壁から天井にかけて走るヒビから、小石がパラパラと落ちた。


「……右の壁沿いを歩け。左は落盤の気配がする」


 前を歩くティカの背中を見ながら、ヴォルは感心したように口角を上げた。


「さすがだな。罠の察知も索敵も、文句のつけようがない」


 その時、薄闇の奥から数匹の巨大なコウモリ――ブラッドバットが襲いかかってきた。


 キィィィッ!!


 耳障りな鳴き声が、坑道に響く。だが、ヴォルは歩みを止めなかった。

 片手をスッと前に出す。指先から『闇の矢』が、正確に連射された。


 シュバババッ!!


 闇の弾丸が空間を撃ち抜き、コウモリたちは一瞬で地面に落ちた。


「だが、低層の魔物じゃ経験値が少なすぎるな」



 ザッ、ザッ、と足音が一定のリズムで響く。


「ティカ。ここから中層へ降りる『最短ルート』を案内しろ」


 歩みを止めず、ヴォルが背中に向かって声をかけた。


 ティカはピタッと足を止め、勢いよく振り返る。呆れたような顔をしながらも、その目にははっきりとした警告があった。


「馬鹿言え。中層は『ロックゴーレム』や『デス・スパイダー』がうようよいる。素人が焦って降りる場所じゃない」


 双剣を軽く構えたまま、ネネが無表情に応えた。


「……素人の足手まといなら、心配無用だ」


 ヴォルもまた、余裕が混じった笑みを浮かべた。

 オッドアイの奥が、わずかに光る。


「案内人の腕を信じてるんだ。……行けるだろ?」


 ティカは腰の筒から古びた坑道図を取り出し、カサッ……と地面に広げた。


「通常なら、この外周坑道を回って中層へ降りる。時間はかかるが、崩落も罠も少ない」


 ティカの指が、地図の中央を縦に貫く細い旧搬送路を指した。


「最短はこっち。旧搬送路だ。ただし、何年も使われてない。崩落、落とし穴、古い鉱山罠、全部残ってる」


 地図を覗き込み、ヴォルはすぐに判断した。


「距離は?」


「通常の三分の一」


「なら、そっちだ」


 ティカの狼耳がピクッと跳ねた。信じられないと言いたげな顔になる。


「危険度は三倍以上だよ」


「経験値効率も上がる」


「……本当に嫌な判断するね」


 ティカは軽口を叩きながらも、斥候として本気の警戒を顔に出した。まっすぐヴォルを睨む。


「いいかい。私は罠を嗅ぎ分ける。死ぬかどうかはあんたたち次第だ」


「それで十分だ」


「……その返事が一番怖いんだよ」


 ティカは深いため息をつき、ガシガシと頭を掻いた。


「……死んでも私のせいにしないでくれよ。…こっちだ」



 中層へ続く旧搬送路には、古びたレールの跡が残っていた。

 壁には、さびた鎖がぶら下がっている。


 ギシ……ギシ……。


 古い金属が風に揺れ、不気味な音を立てていた。


 突然、ティカがしゃがみ込んだ。地面すれすれに張られた細い金属の糸を、指でピタリと止める。


「止まれ。足首の高さに糸だ」


 ヴォルがその先を見ると、壁にさびた矢筒のような仕掛けが並んでいた。


「ダンジョン罠か」


「ダンジョンの罠じゃない。人間が昔作ったやつだ」


 ティカは短剣で糸を慎重に押さえながら、壁にある小さな留め具を外した。


 カチ……。


 小さな金属音がした瞬間、反対側の壁から古い鉄の杭が一斉に飛び出した。


 ガガガガンッ!!


 だが、ティカはすでに安全な位置へ退いていた。


「ほらね。素人なら串刺しだ」


 突き刺さった鉄杭の動きを、ヴォルは無表情で見つめていた。


「なるほど。魔力感知に引っかからない物理罠か。お前を連れてきて正解だった」


 その言葉に、ティカは少しだけ得意げな表情を見せた。


「今さら?」


「評価は更新する主義だ」


 二人のやり取りを背後から見ていたネネは、静かな目でヴォルを観察していた。


(ヴォルは、相手が誰であれ使えるものは使う。だからこそ、敵にも味方にもやっかいだ)


 その時、中層の広い空洞にさしかかった。

 地中から、巨大な岩のゴーレム(ロックゴーレム)が二体、勢いよく飛び出してくる。


 ゴゴゴォォッ!!


 激しい地響きが起こった。


「遅いな」


 ヴォルの体に『光』のバリアが展開される。

 同時に、足元で『闇』が爆ぜた。

 『擬似・反発推進アサルト・ドライブ』。

 姿がブレるほどの速さで、ヴォルはロックゴーレムの横に回り込んだ。


 ドッゴォォォォンッ!!


 関節の隙間へ、高密度の魔力を込めた一撃を叩き込む。

 硬い外殻が、内側から砕けた。


 ズガァァァンッ!!


 同時に、空中へ跳んだネネが逆側から剣を振る。目にも留まらぬ速さの剣閃が、もう一体の頭部を一瞬で切り刻んだ。


 ザザザッ!!


 空気を裂く音が響く。


 ズズン……。


 二体の巨体が、土煙を上げて崩れ落ちた。


 安全な位置で見ていたティカは、目を丸くして二人の連携を見つめていた。

 ピクッ、と鼻が動く。


(……異常だ。あの男、数体のモンスターを倒すたびに、魔力の『匂い』が濃くなってる。戦いながら、急成長している……?)



 一日目の夜。


 中層の岩のくぼみを利用した安全地帯。

 小さな魔力灯の光だけが、三人を照らしている。

 周囲は深い闇に包まれていた。


 ネネは壁際に座り、無言で双剣を布で磨いている。だが、その目は暗闇へ向けられ、鋭い警戒を解いていなかった。


 ヴォルは、ネネに背中を預けるように少し離れた場所に立っている。

 光と闇の魔力球を手元で明滅させ、黙々と制御の練習を続けていた。


 ブゥゥン……。


 魔力の唸る音が、静かな空間に響く。


 報告書を書いていたティカは羊皮紙から顔を上げ、横にいるネネをじっと見つめた。


「……聞いていいかい」


「内容による」


 ティカはヴォルの方を顎でクイッと示した。


「あんた、魔族だろ。なんで人間の背中をそこまで守る?」


 一瞬だけ沈黙が流れた。


 ネネの横顔は冷静だった。

 だが、その目にはわずかな柔らかさがあった。


「利害が一致している」


「それだけ?」


 ネネは、修練を続けるヴォルの背中を見つめた。

 ヴォルは二人の会話に気づかず、魔力の制御に没頭している。


「……それだけで始まった。だが、今はそれだけではない」


 ティカは、不思議なものを見るような目をした。


「魔族が人間を信用するのか」


「人間を信用しているわけではない」


 ネネはティカを真っ直ぐに見据えた。

 迷いなく、静かに言い切る。


「ヴォルを信用している」


 予想外の答えに、ティカは言葉を失った。


 ティカは膝の上の羊皮紙に視線を落とした。

 少しだけペンを止めて迷う。

 だが、すぐに羽ペンを走らせた。


 カリカリ……。


 紙をこする音が響く。


 その音に、ネネがちらりと視線を向けた。


「それにしても、堂々と報告書を書くのだな」


 ティカはペンを止めず、肩をすくめた。


「報告役だってバレてるのに、今さらコソコソ書く必要もないだろ」


 カリカリ……。


 また羽ペンの音が続く。


「それに、嘘を書くつもりもない。見たものを、そのまま書くだけだ」


 ネネは少しだけ目を細めた。


「なら、好きにしろ」


「言われなくても、そうするよ」


『報告:片目が金色の男。戦闘力、魔力制御、すべてが異常』


 少し離れた場所で修練するヴォル。

 そのすぐ側で、周囲を警戒するネネ。

 ティカの鋭い目が、二人の不思議な信頼関係を見抜いていく。


(それに、この魔族の女……。男の背後を完璧に護っている。……本当に、背中を預け合ってるんだな)


 ティカは報告書の末尾に、斥候としての冷静な意見を書き足した。


『追記:男は同行者の魔族と絶対的な信頼関係にある。魔族の扱いを誤れば、男との交渉は即座に決裂すると進言する』



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