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『複利チートの生贄勇者〜捧げられる前に、俺は世界を利用する〜』  作者: NEA_
第一章 偽りの勇者と、聖なる罠

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第27話「時間を喰らう者」



 安全な迎賓宿の静けさから一転、荒れ果てた森の暗闇に冷たい風が流れていた。


 へし折れた木々。


 焦げた魔法の跡。


 踏み荒らされた土。


 ヴォルが『アサルト・ドライブ』の修練をした跡が、そこにはまだ残っていた。


 その地面を、デレンの大きなブーツが踏み潰す。


 グシャッ……!


 地面に残った跡を睨みつけるデレンの目は、獲物を追う獣のように血走っていた。鼻がヒクつき、ヴォルたちの匂いを探る。


「……痕跡が新しい。近いはずだ」


 デレンの肩越しに、森が途切れた先の街道が見えた。王国によって整えられた、広い石畳の道だ。


 デレンはハッとして顔を上げる。


「この先はララーブラトか!」


 その時、木陰の闇から、黒装束の邪教密偵が音もなく現れた。まるで影から這い出るように姿を見せ、デレンの前で片膝をつく。


「デレン様。これ以上の追跡はお控えください」


 デレンは密偵を睨み殺すように見下ろした。その目には、狂気と苛立ちが渦巻いている。


 ゴォォッ……と、強い殺気が放たれた。


「……あ?」


 密偵は冷や汗を流しながらも、早口で報告した。


「王国軍が動いております。荒野での戦闘の痕跡も、既に辺境伯の調査部隊に回収されました。ここで大都市に手を出せば、教団の存在が表に引きずり出されてしまいます」


 密偵の顔が、さらに恐怖で引きつる。


「それに……王国には、あの方も……」


 ズガンッ!!!


 デレンは怒りに任せて、巨大なツルハシを地面に叩きつけた。凄まじい音と共に、地面に亀裂が走る。


「…あのイカれ野郎か。……胸糞悪ぃ」


 ツルハシを引き抜き、デレンは森の奥に続く街道を睨み据えた。


 ギラッ、と血走った瞳に、怒りが燃える。


「……チッ。次は逃がさねぇ……」


 獣のような重い足音を響かせ、デレンの巨体は再び深い森の暗闇へ消えていった。



 迎賓宿のダイニング。


 食後の温かい茶を飲みながら、ヴォルは呼び出した騎士隊長に切り出した。


 コトッ、とカップをソーサーに置く音が響く。


「で、近くにダンジョンはあるか?」


 ピタッ、と隊長の思考が止まった。


 間抜けな声が漏れる。


「……は?」


 ヴォルのオッドアイが、隊長を真っ直ぐに射抜く。


「早馬の返事を待つだけなら、時間の無駄だ」


 ガタッ!


 隊長は慌てて手振りで制止した。


「な、何をおっしゃるのです! ヴォル様を危険地帯へお連れするわけには参りません!」


 ドンッ、とヴォルもテーブルに両手をついた。立ち上がって顔を近づけ、逃げ道をふさぐように言葉で迫る。


「俺を守りたいなら、俺が『強くなる時間』を奪うな」


 気迫と正論に押され、隊長は額に汗を浮かべた。


「っ……」


 しばらく苦しそうに考えた末、騎士隊長は深いため息をついた。


「……分かりました。ですが、それならば護衛隊を編成いたします。最低でも精鋭の一個小隊を付け、安全を確保した上で――」


 軍人らしい真面目な提案を、ヴォルは冷たく切り捨てた。


「いらない。邪魔だ」


 隊長は信じられないものを見るような目をした。


「じゃ、邪魔……?」


 オッドアイを細め、ヴォルは本音を口にする。


「俺の目的は『経験値』を稼ぐことだ。護衛に横取りされるのも困るし、何よりダンジョン内で足音のうるさい鎧の護衛は『足枷』にしかならない」


 隊長は頭を抱えた。胃を痛めた苦労人のような顔で、悲鳴に近い声を上げる。


「しかし! 完全に自由行動を許すわけには……万が一のことがあれば、私が腹を切ることに……!」


 ヴォルは人差し指を立てた。妥協案という形をした要求を突きつける。


「なら、案内役を『一人だけ』つけろ」


 必要な条件を、淡々と並べていく。


「地元の地形に詳しく、足音が小さく、俺たちの戦闘の邪魔をしない奴だ」


 ハッと、隊長が何かに気づいたように顔を上げた。


「……適任が、一人おります」



 一時間後。


 コンコンッ。


 ヴォルの私室の扉を叩く、短いノック音が響いた。


 ギィ……と扉が開き、人影が入ってくる。


「辺境伯軍斥候、ティカだ……です」


 現れたのは、青みがかった灰色の狼耳と、ふさふさの尻尾を持つ獣人の女性だった。


 年齢は二十代前半。


 動きやすい軽装の斥候服を着て、腕を組んでいる。ツンとした鋭い目つきで、少し不機嫌そうにヴォルを見ていた。


 隙のない立ち姿だ。


「案内役だ。足を引っ張るなよ……です」


 ピコンッ……!


 ヴォルの瞳の奥に魔力の光が宿り、システム音が静かに鳴った。ティカの横に、半透明のウィンドウが展開される。


『対象:ティカ (Lv38) / 思考の深層(目的の断片):対象の案内、監視、および辺境伯への報告』


 ウィンドウ越しに、ヴォルは相手の手の内を知った。ニヤリと余裕の笑みを浮かべる。


(Lv38……ただの案内役の斥候にしては、随分と腕が立つな)


「無理に敬語は使わなくていい。……俺たちの監視と、『報告役』も兼ねてるんだろ?」


 ティカはわずかに眉をひそめた。舌打ちしそうになるのをこらえる。


 狼耳がピクッと動いた。


「……嫌な男だな」


 スッと鋭い視線が、部屋の奥へ向けられる。


「で、そっちの魔族も連れていくのか?」


 部屋の暗がりから、ネネが半歩進み出た。無表情のまま、鋭い視線を返す。


「不満か?」


 ティカは腕を組んだまま、つまらなそうにフッと鼻で笑った。あっさりと、その問いを否定する。


「不満じゃない。ただの確認だ。腕が立つ奴は使う。それだけだ」


 ネネはわずかに目を見張った。それから、スッと殺気を収める。


(亜人を斥候の要職に就けているだけあって、王国は実力主義ってわけか)


 ヴォルはソファから立ち上がった。気さくな笑顔を浮かべ、右手を差し出す。


「話が早くて助かる。俺はヴォル。で、こっちがネネだ」


 ティカは無愛想なまま、しかし力強くヴォルの手を握り返した。


 ガシッ。


「ティカだ。……道中、勝手な真似はしないでくれよ」


 ネネも少し離れた位置から挨拶を返した。


「……よろしく頼む」



 翌朝。


 青空の下。


 城塞都市から少し離れた岩山の麓に、ぽっかりと黒い口が開いていた。


 ヴォル、ネネ、ティカの三人は装備を整え、その入口の前に立っている。


 ザッ……と、足元の砂利が鳴った。


 少し離れた場所では、騎士隊長がオロオロしながら心配そうに見送っている。


 スッ……と、ティカが素早く入口の前で身をかがめた。足元の土を指ですくい取る。


 スンスン……。


 指先の土の匂いを嗅ぎ、プロの斥候の顔つきで奥の暗闇へ鋭い視線を向けた。狼耳がピクピクと動き、細かな音を拾う。


 土を払い落とし、ティカは淡々と見立てを告げた。


「……ブラッドバットの糞の新しい匂い。それに奥からロックワームの這う振動がする。中層の魔物が、かなり上層まで上がってきてる……」


 ホゥ、とヴォルは感心したように口角を上げた。


(入り口に立っただけでそこまで分かるのか。……腕は確かだな)


 ティカは表情を引き締め、厳しい声で改めて警告する。


「この先は、ララーブラト外郭の上級『旧坑道型ダンジョン』だ。罠も多いし、魔物の匂いも濃い。……素人なら入口で確実に死ぬ」


 ポキッ。


 指を鳴らし、ヴォルは戦闘の準備を整えた。


 ニヤァ……と、危険を楽しむような獣じみた笑みを浮かべる。


「ちょうどいい」


 フッ……と、ティカの警戒が少しだけ解けた。面白そうに笑う。


「本当に、嫌な男だな」


 ザッ!!


 ヴォルは迷いなく、ダンジョンの暗闇へ一歩を踏み出した。


 その横顔には、時間を惜しんで力を求める、強い野心が燃えていた。


「案内しろ、ティカ」


「待ってるだけの時間を、全部レベル『力』に変える」



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