第26話「軟禁の国賓」
薄暗い正門脇の控室には、重い空気が流れていた。
チャキチャキチャキッ!!
ヴォルの背後で、ネネがマントを脱ぎ、魔族の姿を現した瞬間だった。周囲を囲んでいた十数名の騎士たちが、一斉に剣の柄を握った。金属のこすれる音が、部屋に鋭く響く。
「魔族だと!?」
剣を抜こうとする気配。殺気。
だが、ヴォルは一歩も引かなかった。
オッドアイで、騎士たちを冷たく睨みつける。その圧に、歴戦の騎士たちの動きが止まった。
「武器を収めろと言ったはずだ。ネネを俺と『全く同じ扱い』にしないなら……俺は、一歩も動かないぜ」
チャッ……。
一人の騎士が、額に冷や汗を浮かべながら剣を抜きかける。刃が、窓から差し込む夕陽を反射した。
その時だった。
ガチャンッ!
前に出た騎士隊長が、部下の剣の柄を強く叩き、鞘へ押し戻した。その顔は苦しそうだったが、判断は冷静だった。
「……武器を収めろ。ここで剣を抜くことは、この私が禁ずる」
「しかし隊長、相手は魔族です!! 我々騎士団が魔族を見逃すわけには……!」
部下の訴えに、騎士隊長は厳しい目を向けた。隊長としての重みが、その場の動揺を押さえ込む。
「ディーン・ラップルゴ辺境伯様の厳命は、『この方に決して危害を加えるな』だ」
隊長は、低い声で続けた。
「その同行者に刃を向ければ、貴人様との間に争いが生じる。それは結果として辺境伯様の命令に背くことと同義だ」
スッ……。
騎士たちは悔しそうに顔をゆがめた。それでも命令には逆らえない。しぶしぶ剣の柄から手を離していく。
その様子を見て、ヴォルはわずかに口角を上げた。
(命令を守りつつ、今すべき判断も間違えなかった。王国の軍隊……どうやら無能ではないみたいだな)
「……判断は悪くない」
ヴォルが少しだけ警戒を解く。すると、騎士隊長は彼に向き直った。
生真面目な顔をしているが、その表情は苦い。
「……ですが、魔族の方を我々の一存で『国賓』に準じる扱いとすることはできかねます」
ヴォルは腕を組み、冷たく突き放した。この場の流れは、もうヴォルに傾いていた。
「なら、俺もここから動かない。……辺境伯の命令違反、どう言い訳する気だ?」
*
沈黙が流れた。
やがて、騎士隊長は深く頭を下げた。苦し紛れではあるが、折り合いをつけるための案を出してくる。
「辺境伯様は現在、王都へ向かわれております。至急、早馬を出し、魔族の方の処遇についてご判断を仰ぎます」
隊長は顔を上げる。その態度は、どこまでも誠実だった。
「辺境伯様よりご判断が下るまで、城塞内の『迎賓宿』でお待ちいただけますでしょうか。もちろん、お連れ様もご一緒で構いません」
ヴォルは顎に手を当てた。
(早馬なら、王都との距離にもよるが往復で数日は時間が稼げる。それに……ヒールで体の傷は塞がっても、心と体の疲れは限界に近い。どのみち、確実な休息が必要だ)
ヴォルは不敵に笑った。
場を支配している者の余裕を見せながら、条件を突きつける。
「いいだろう。ただし、食事、水、風呂の用意、最高の寝床。……連れの分も全部『最上級』で用意してくれ」
その要求に、騎士隊長はほっとしたように頷いた。
「……承知いたしました」
案内されたのは、城塞都市ララーブラトの中にある迎賓宿だった。
中は豪華だ。
だが、外は物々しい。
ガシャッ、ガシャッ……。
重い金属音が響く。建物の周囲は、完全武装した騎士たちによって二重三重に囲まれていた。隙間なく見回りも行われている。
迎賓宿の内部。
ふかふかの高級ソファに腰を下ろし、ヴォルは出された赤ワインを口にしていた。
コクッ、と一口飲み、ソファの背もたれに深く体を預ける。
一方、ネネは窓辺に立っていた。窓越しに外の警備兵を見下ろし、兵士たちの数を数えるように冷めた目を向けている。
無表情のまま、小声で呟いた。
「……歓待というより、立派な軟禁だな」
「だろうな」
ワイングラスを持ったまま、ヴォルは落ち着いた声で答える。この状況を理解したうえで、余裕の笑みを浮かべていた。
「……だが、今は美味い飯と安全なベッドが手に入った事実だけを利用すればいい」
*
迎賓宿の広い大理石の大浴場。
湯気が立ちこめる中、チャプ……と静かにお湯が揺れた。
白銀の長い髪をまとめ、ネネは広い湯船にゆったりと浸かっていた。
スッ……と両手で温かいお湯をすくい、顔を洗う。ダークエルフ特有のなめらかな褐色肌を、お湯がつややかに流れ落ちていく。
肩や鎖骨に、水滴が光っていた。
湯船の縁に頭を預け、ネネはふっと目を閉じた。いつもの隙のない無表情が、ほんの少しだけほどける。
静かな安堵が、その顔に浮かんでいた。
ふぅぅっ……と、胸の奥から長い息を吐き出す。
(……これほど安全に背中を預けて温かい湯に浸かるのは、いつぶりか)
湯上がりの後。
豪華なダイニングルームには、長いテーブルが置かれていた。その上には、肉料理や新鮮な果物が所狭しと並べられている。
モグモグモグモグ!
ものすごい速さでフォークとナイフを動かし、ヴォルは次々と肉料理を平らげていく。空になった皿は、すでに何枚も重なっていた。
まるで体に必要な燃料を急いで補給するように、ひたすら食べ続けている。
「ヴォル、その体のどこにそれだけ入るんだ?」
見かねたネネが、呆れたように聞いた。
「……戦闘と魔法の連発で、極限まで体力を消費してるんだよ。食える時に食っておく」
ゴクンッ、と口いっぱいの肉をワインで流し込み、口元をナプキンで荒っぽく拭う。
「ネネも遠慮しないでいっぱい食べておけよ」
フゥ……と、ネネはやれやれといった様子で小さく息を吐いた。
コトッ。ヴォルはワイングラスをテーブルに置き、表情を引き締めた。
部屋の空気が少し変わる。
「……だが、この極上の歓待。手放しで喜べる状況じゃないな」
ネネも食事の手を止めた。目に冷静な光を宿し、真剣な顔で頷く。
「ああ。だが、あの正門での騎士たちの対応……。私が魔族だと割れた瞬間、奴らは本気で剣を抜きかけた。もし教会と繋がっているなら、私の存在も事前に共有されていておかしくない。……少なくとも、聖教国が手を回した線は薄いだろうな」
ヴォルは目を細めた。
考えるべき本題に入る。
「だが、辺境伯は明確に俺を探していた。それも、『片目が金色の男』という一点の特徴だけでな」
ネネは腕を組み、冷静な視点で分析する。
「教会が勇者を探す理由は分かる。だが、王国側がそこに割って入る理由がわからない。……何か、別の情報を王国側が持っている可能性があるな」
ヴォルは深く考え込んだ。オッドアイが、かすかに光る。
「教会の内情を掴んで横取りしようとしているのか。それとも、俺の金色の目に関する別の記録を独自に持っているのか。どちらにせよ、王都に行けば俺は単なる『保護対象』じゃないだろう。いいように利用される可能性が高い」
「外交カードか……」
ヴォルのオッドアイが鋭く光った。
「待っているだけの時間なんて、一秒もない」
窓に映る自分の顔を睨み、ヴォルは強く拳を握った。ギュッ……と、拳が震えるほど強く握られる。
その瞳には、誰にも利用されないための力を求める炎が宿っていた。
「俺はもう、神だろうが貴族だろうが、誰の思惑通りにも動く気はねぇ。政治力すら物理的にねじ伏せるには……盤面をひっくり返すだけの『力』が要る」




