第25話「予期せぬ歓待」
同じ夕暮れ時。
ララーブラトへ続く街道を、ラップルゴ辺境伯家の紋章をかかげた早馬が、土煙を上げて走っていた。
ダダダダダッ!!
馬に乗った伝令は、ラップルゴ辺境伯家の封ろう印が押された緊急通達を、強く握りしめていた。
城塞都市ララーブラトの正門。
伝令から通達を受け取った門兵長は、文面を読んだ瞬間、顔色を変えた。
「……片目が金色の男?」
門兵長は周囲の兵たちへ鋭く命じた。
「現時点より検問を強化する。フードを被る者も、必ず目元を確認しろ」
「ただし、決して手荒な真似はするな。見つけ次第、国賓に準じる貴人として丁重にお迎えするのだ」
兵士たちは困惑しながらも、一斉に敬礼した。
「はっ!」
遠く、森の出口から城塞都市へ向かうヴォルとネネの小さな背中が見えていた。
二人はまだ、自分たちを待ち受ける『歓待』を知らなかった。
*
城塞都市ララーブラトの巨大な正門前。
ガヤガヤ……と商人や旅人が列を作る中、厳しい検問が行われていた。
ジリッ……と少しずつ進む列の少し後ろに、深くフードを被り、息を潜めるヴォルとネネがいた。
ヴォルは前方の検問をじっと観察する。門兵たちは、通行人の顔を一人ずつ確認していた。特に目元を、しつこいほど覗き込んでいる。
(……ただの入市審査にしては、顔を確認しすぎだ)
フードの奥で目を細め、ヴォルは警戒を最大まで引き上げた。
(入る前に、頭の中を探らせてもらう)
ピコンッ……。
ヴォルの瞳の奥に魔力の光が宿る。
列の先頭にいる門兵へ向けて、『鑑定眼Lv4(思考の看破)』を密かに発動した。
無機質なシステム音が、脳内に響く。門兵の横に、半透明なウィンドウが展開された。
『対象:門兵(Lv11) / 思考の深層(目的の断片):辺境伯様の厳命。標的、片目が金色の男を見つけ次第、決して危害を加えず、国賓に準じる貴人として丁重にお迎えする』
ウィンドウの文字を読み取った直後、ヴォルの脳裏に、あの教会の騎士小隊長の顔がよみがえった。
『お待ちしておりました、我らが勇者殿』
ギリッ……。
ヴォルは奥歯を噛み締めた。
「国賓」という言葉に、激しい嫌悪と冷たい疑いが混じる。
(……危害を加えない? 国賓として迎え入れる? ふざけるな。前回「勇者」と持ち上げてきた奴らは、俺を生贄にする気だったんだぞ。これも教会の罠か、それとも別の組織の企みか)
ヴォルは隣のネネにだけ聞こえるよう、低い声で告げた。
「ネネ、聞いてくれ。門兵は俺――片目が金色の男を探してる。どうやら国賓に準じる賓客として丁重に確保しろって命令が出てるらしい」
ネネが驚き、小声で返す。
「国賓……? 教会の追手ではないのか?」
「辺境伯の兵だ。だが、俺は少しも信用しちゃいない。裏(罠)があると思って行動する」
ヴォルはアイテムボックスの中で、剣の柄に触れた。
(ここで強行突破はできる。だが、俺たちは食料も水も、体力も限界だ)
フッ……。
ヴォルは、不敵で打算的な、冷たい笑顔を浮かべた。
「……だから、向こうの賓客扱いを逆手に取って、物資と休息だけを奪い取る。俺が合図するまで、ネネは絶対に動くな」
やがて、ヴォルたちの順番が回ってきた。
門兵が事務的な態度で手を差し出す。
「次。身分証を提示しろ。それと顔の確認だ、フードを外せ」
バサァッ!
ヴォルはギルドカードを出しながら、自らフードを勢いよく跳ね除けた。金色の瞳を、これ見よがしに門兵へ見せつける。
「!?」
その目を見た瞬間、門兵の顔が強ばった。
ヴォルは一歩も引かず、冷たい目で門兵を見下ろす。
「俺を探してたんだろ? 『お客様』をいつまでこんな所に立たせておく気だ」
門兵は冷や汗を流し、あわてて後ずさった。
「も、申し訳ございません!! 直ちに控室へ……!」
ギロリ。
門兵の視線が、フードを被ったネネへ動く。
だが、ヴォルがすぐにネネの前へ立ち、門兵の視線を遮った。
「俺の連れだ。顔の確認は後でいいな?」
「は、はいっ!! どうぞこちらへ!!」
*
正門脇にある、貴族用の豪華な控室。
ガシャッ、ガシャッ。
案内された部屋の周囲を、十数名の完全武装した騎士たちが囲んでいた。退路はふさがれている。
マントの中で双剣の柄を握ったまま、ネネが小声でヴォルに問う。
「罠なら、いつ仕掛ける?」
ヴォルはスッと右手を出し、ネネを制止した。
「……待て。相手の出方を見る」
バサァァァッ!!
騎士たちの中から、豪華な鎧を着た辺境軍騎士隊長が進み出た。そしてヴォルの目の前で、片膝をつき、深く頭を下げる。
敵意はない。
ただ、命令どおりに動いているだけに見えた。
膝をついたまま、騎士隊長が告げる。
「お待ちしておりました! ディーン・ラップルゴ辺境伯様より、貴方様を国賓に準じる賓客として丁重にお迎えするよう厳命を受けております!」
ヴォルは腕を組み、冷ややかな目で騎士隊長を見下ろした。
(……あの小隊長と全く同じ態度だ。虫唾が走るぜ)
騎士隊長は顔を上げると、誠実な表情で、城塞都市の奥に控える豪華な馬車を示した。
「当城塞にて最高の食事と休息をご用意しております。その後、辺境伯様のご命令により、王都へご案内申し上げる手筈となっております。さあ、こちらの馬車へ」
馬車へ向かおうとする騎士隊長を、ヴォルの低い声が止めた。
「待て」
ピタッ。
騎士隊長が振り返り、戸惑った顔をする。
「いかがなさいましたか?」
ヴォルは冷たい目で騎士隊長を見据えたまま、隣に立つネネへ静かに声をかけた。
(こいつらの『危害を加えない』という命令がどこまで絶対なのか……ここで試させてもらう)
「ネネ、マントを脱いでくれ」
ネネがハッとして、ヴォルを見つめる。
周囲には大勢の騎士がいる。ここで正体を見せるのはあまりにも危険だった。
「……正気か?」
ヴォルは前を向いたまま、自信を込めて頷いた。
「ああ。俺を信じろ」
バサァァァッ!!
ネネがフードに手をかけ、マントを勢いよく脱いだ。
隠されていた魔族の姿が、騎士たちの前にさらされた。
赤い目。
ダークエルフ特有の褐色肌。
尖った長い耳。
白銀の髪。
人間とは違うその姿に、部屋の空気が一瞬で変わった。
「なっ……!?」
周囲の騎士たちが目を見開く。
チャキチャキチャキッ!!
反射的に剣の柄へ手をかけ、一気に殺気を放った。
「ま、魔族!?」
「なぜこんな所に魔族が!!」
殺気を向ける騎士たちの前に、ヴォルがスッと立った。ネネを背にかばい、抜刀しようとする騎士たち全員を、オッドアイで冷たく睨みつける。
その場の空気が押し潰されるように重くなった。
ヴォルは、自分が辺境伯にとって傷つけられない存在だと分かっていた。
ならば、その立場を使う。
騎士たちを黙らせるために。
「武器を収めろ。……俺に危害は加えないんだろ?」
騎士たちは剣に手をかけたまま、動けなくなった。
魔族であるネネを背中でかばい、ヴォルは堂々と立ち塞がる。
相手の命令の縛りを逆手に取り、完全に場を支配した彼の声が、控室に響いた。
「俺の連れを、俺と『全く同じ扱い』にしないなら……俺は、お前たちにはついていかない」




