第23話「継がれる術式と金色の瞳」
食事を終え、一息ついたところで、森の空気がスッと変わった。ヴォルが真剣な顔つきでネネを見つめたのだ。
「ネネ……さっきのセインって奴、Lvが121だったんだ」
ピクッ、とネネの耳が動き、わずかに目を丸くして驚いた表情を見せた。
「セイン? ……あの魔法使いか。ヴォルはもしかして、鑑定系のスキルもあるのか?」
ポリポリ、と少し気まずそうに頬を掻きながらヴォルが答える。
「あれ? 言ってなかったか……。別に隠してたわけじゃないんだが」
ハァ……とネネは小さくため息をつき、すぐに冷静な顔に戻った。
「……まぁいい、それでどうしたんだ?」
ヴォルは深刻な表情になり、ギュッ……と自身の拳を強く握りしめて見つめた。
「あいつは、Lvが俺とそう変わらないのに、異常に強すぎた。……あの魔法、俺も真似できないか?」
ネネは腕を組み、真剣に思考を巡らせた。短い沈黙が流れた後、彼女はヴォルを真っ直ぐに見据え、鋭い視線で忠告した。
「ヴォルが鑑定で見た通りなら、あれは絶対に真似するな」
ネネの瞳は冷たく、重いトーンで真実を告げる。
「あれはただの魔法ではなく、禁術の類……自らの命を削る呪いに近い」
ネネの言葉に合わせて、ヴォルの脳裏にセインの姿がよみがえる。狂気に満ちた表情。目から血を流しながら、禍々しい白と黒の魔力をまとって術を放つ、あの異常な姿が。
「戦闘中、攻撃を直接受けてもいないのに、奴は目から血を流していた。己の肉体そのものを代償に、強引に術を起動させていた証拠だ」
ネネはそこで一度言葉を切り、さらに低い声で続けた。
「とはいえ、あれは天才の類だろう。普通の人間なら、望んでも届かない領域だ」
ネネの淡々と冷徹な分析結果を聞き、ヴォルは納得しつつも、顔を伏せてフゥ……と息を吐いた。
「そうか……あれほどの火力、俺も使えれば教会の追手を蹴散らせると思ったんだがな」
うつむくヴォルの様子を、ネネは静かに観察していた。やがて、何かを思いついたように、ネネの口角がフッ……と少しだけ上がった。
「だが、あの『高速移動術』。空から一直線に飛来してきた、あの移動方法だけは禁術ではないはずだ。……通常、いくつもの属性を扱えるものは極めて稀だが、多様な属性を扱うヴォルなら、再現出来るかもしれないぞ」
ハッ!
勢いよく顔を上げ、ヴォルのオッドアイが見開かれた。
荒野で、セインがネネの背後に『白と黒』の魔法陣を展開し、反発力で爆発的に加速して飛んできた場面が、ヴォルの脳裏によみがえる。
ガタッ! と身を乗り出し、ヴォルは目を輝かせた。
「本当か……! 俺は全属性を扱える。何が必要か、理論を教えてくれ!」
興奮するヴォルを、ネネはスッと手をかざして冷静に制止した。
「待て。あれは『光』と『闇』という、相反する属性だ。通常、正反対の性質の属性は、ぶつかれば互いに打ち消し合う」
ネネは指先を小さく動かしながら、説明を続ける。
「たとえば、火と水の魔法を同時に展開すれば、その場で打ち消し合って蒸気になる。あるいは、出力が大きい方だけが少し残る。ただそれだけだ」
ネネは真剣な眼差しになり、ピシャリと釘を刺すようにヴォルに告げた。
「普通のやり方でただ魔力をぶつけるだけでは、あの異常な『推進力』を生み出すのは無理だ。あそこまでの爆発的なエネルギー変換を起こすには、何か特殊な『仕掛け』が術式に組み込まれているはずだ」
だが、その言葉を聞いて、ヴォルは顎に手を当て、疲れが吹き飛んだような表情でニヤリと不敵に笑った。
「なるほどな……ただ闇雲に属性をぶつけるだけじゃダメってことか。だが、原理さえわかれば、再現可能ってことだな! なら、あとは俺が仕掛けの正体を暴いてやる」
*
一方その頃、辺境伯邸の執務室では、昼の静かな空気の中、調査報告が行われていた。
ディーン・ラップルゴ辺境伯が威厳を持って執務机に座り、調査部隊の隊長からの報告を受けていた。
「――現場である宿屋の残骸、および荒野の調査について、ご報告いたします」
隊長は書類から目を上げ、神妙な面持ちで険しい顔のまま続けた。
「荒野には広い範囲に戦闘の痕跡が残されていました。しかし……証拠は不自然なほど消されており、魔法の残滓や魔石の破片すらありません。戦闘の当事者が何者なのかは、まだ特定できておりません」
隊長の脳裏に、荒野で見つかった男の死体が浮かぶ。調査部隊がムシロを被せたその体には、異様な術式の痕が刻まれていた。
「現場には、一体の人間の死体と、複数の異形の人型の獣のような死骸が放置されていました。人間の方は、服装、所持品、そして体に刻まれた自傷のような術式痕から、正体不明の狂信組織の者と思われます」
ディーン辺境伯は目を細め、鋭い視線を向けた。
「人型の異形の獣を使役する狂信組織……。その者たちが血眼になって、街を巻き込んでまで争っていた『標的』の正体は掴めたのか?」
ペラッ、と書類をめくり、隊長が報告する。
「はっ。事件の直前、あの死体と似た装束の者たちが、街で『特定の男』を探し回っていたという証言を複数得ております。住民の目撃情報から、標的の容姿を割り出しました」
ディーンは隊長をジロリと見た。
「言ってみろ」
「若い男。茶色い髪、そして最大の特徴は……『片目が金色』のオッドアイであると」
ピクッ!!
その言葉を聞いた瞬間、ディーン辺境伯の瞳孔が急激に収縮した。
ポキッ!
無意識のうちに込めた凄まじい握力で、ディーンが手に持っていた羽ペンが真っ二つに折れた。
「ディ、ディーン様?」
ギョッと驚く隊長。だが、ディーンの脳裏には、かつて王家秘蔵の書庫で読んだ、古びた文献の挿絵が浮かび上がっていた。
そこに描かれていたのは、右目に金色の瞳を持つ女性の『勇者』の姿。
(片目が金色……だと? まさか……いや、あり得る!)
ガタッ!!
ディーン辺境伯は、かつてないほどの驚愕と焦燥が入り混じった顔で、椅子を蹴立てて立ち上がった。
「五百年前の記録……お伽話だと思っていた伝承は、真実だったというのか……!」
状況が読めず、困惑している隊長が尋ねる。
「伝承……とは?」
ディーンは隊長に鋭く言い放った。その声に、室内の空気が一気に張り詰める。
「この件は、辺境のいち領主ごときが抱え込んで良い問題ではない! 私が直接、王都へ赴き、国王陛下へご報告申し上げる!」
バッ! と顔を上げ、目を見開いて驚く隊長。
「ディーン様自らですか!?」
ディーンはマントをバサァッ! と翻し、足早に執務室を出ようと歩き出した。
「ああ。同時に、領内および近隣の各街、すべての冒険者ギルドへ緊急の通達を出せ!」
扉の前で振り返り、隊長へ絶対の命令を下すディーン辺境伯の眼光は、すべてを射抜くように鋭かった。
「『片目が金色の男』を見つけたら、決して手荒な真似はするな。丁重に保護し……国賓に準じる扱いで、最上級の護衛をつけて王都へとお招きしろ!」
窓の外には、遠く王都へと続く青空がどこまでも広がっていた。
教会でも、邪教でもない。王国そのものが、ヴォルという一人の青年に向けて動き出そうとしていた。




