↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『複利チートの生贄勇者〜捧げられる前に、俺は世界を利用する〜』  作者: NEA_
第一章 偽りの勇者と、聖なる罠

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/31

第22話「百年前の亡霊」



 夜明け前の聖地ティティーリア教会は、静まり返っていた。巨大な教会の中で、大司教の執務室だけが異様な緊張感に包まれている。


 豪華な彫刻が施された執務机の上には、丸型の通信魔道具が置かれていた。その魔道具が、淡い赤い光を点滅させている。


 ジジ……ジジ……。


 無機質な魔力ノイズが、かすかに響く。その中から、男の声が聞こえてきた。


「――ガドの戦死、及び……勇者の確保に失敗しました……。『真面目』な報告は以上です」


 ピキッ。


 執務室の空気が、一瞬で凍りついた。通信を聞いていた大司教の額に、くっきりと青筋が浮かび上がる。


「……今、なんと言いましたか?」


 低く、震えるような声が漏れた。


 次の瞬間。


 バンッ!!


 大司教が激怒し、両手で執務机を叩きつけた。あまりの衝撃に、机の上に積まれていた書類やインク瓶が跳ね上がる。インク瓶は床に落ち、黒い染みを広げた。


「ふざけるな!! 教会最強の剣たるホーリーナイツが、得体の知れない輩どもに後れを取った挙句、勇者を取り逃がしただと!?」


 大司教の顔は、怒りで醜く歪んでいた。ハァッ、ハァッ……と激しく肩で息をしながら、通信魔道具を憎々しげに睨みつける。


「あの勇者の魂は、百年に一度の邪神封印の大義に不可欠な、もっとも『尊き生贄』なのです! 何のために貴方たちを選んだと思っているのですか!」


 ――一方。


 サルファン街から数キロ離れた荒野。


 冷たい風が吹き抜ける。


 片手で丸型の通信魔道具を握りしめ、顔から血を流しながらも、ウォーデンは淡々と報告を続けていた。


「私の落ち度です。……ですが、警戒すべきは勇者ではありません。我々を襲撃し、ガドを殺したあの『異端』です」


 ウォーデンの声が、わずかに低くなる。彼にしては珍しく、言葉に重みがあった。


「自分の命を削る『禁術』すら平然と使う、異常な狂信者でした」


 ――聖地ティティーリア教会。


 大司教の執務室。


 その言葉を聞いた瞬間、大司教の激怒していた顔が、忌々しげな表情へ変わった。


 ピタッ……と怒声が止まる。


「……命を削る禁術、ですか。己の命すら躊躇いなく投げ捨てる異常な狂信者……」


 ギリッ……。


 大司教は歯を食いしばった。指先を口元に当て、苛立ちを隠さずに呟く。


「教会の特秘記録に記された『百年前の事件』と、特徴が酷似していますね」


 チカチカと揺れる魔道具の光の向こうから、ウォーデンの声が反応した。


「記録、ですか?」


「ええ!」


 大司教の脳裏に、古い文献で読んだおぞましい光景が浮かび上がる。


 教会の騎士たちに完全に包囲されながら、不気味な笑みを浮かべる黒装束の者たち。誰一人口を割ることなく、全員が一斉に奥歯の毒を噛み砕いた。自分の命すら平然と捨てる、異常な狂信者たち。


「百年前、突如現れて我々の管理下にあった勇者を奪おうとした、正体不明の組織です! 捕縛の直前、全員が服毒自害したという……!」


 ドンッ!!


 大司教が、再び机を叩いた。


「あの時の亡霊が、いまだにうごめいているというのなら……目障りな!!」


 大司教の瞳に、異常な執着と狂気が宿る。


「勇者は何としても、何としても我々が手に入れねばなりません!」


 執務室に怒号が響き渡った。


「ウォーデン! 他のホーリーナイツにも連絡を取り、直ちに帰還して詳細な報告を上げなさい! 次の失敗は絶対に許しません!!」



 教会の重苦しい暗闇から一転。


 時間は流れ、深い森には昼前の柔らかな木漏れ日が差し込んでいた。


 チュン、チュン……。


 鳥のさえずりが、平和に響く森の中。二つの影が駆け抜けていく。


 ザッ……ザッ……。


 草をかき分ける足音。


「ハァッ……ハァッ……ハァッ……!」


 ヴォルは全身汗だくになり、激しく肩で息をしていた。長時間の全力疾走で、体力はもう限界に近い。


 一方、隣を走るネネは、息一つ乱していなかった。スッ……スッ……と音もなく軽い足運びで、涼しい顔のまま並走している。


 ザザッ!


 たまらず足を止め、ヴォルは膝に手をついてうなだれた。


「ハァ……ハァ……いい加減、もう追手は大丈夫か……」


 ネネもスッと立ち止まる。目を閉じ、周囲の気配を慎重に探った。やがて小さく頷き、ヴォルを振り返る。


「ああ。気配は完全に途切れている。ひとまずは安全だろう」


 ドサッ。


 ヴォルは近くの太い木の根元に、崩れ落ちるように座り込んだ。


「少し休もう……。戦闘と逃走の連続で、体力も魔力もすっからかんだ」


 スゥゥ……。


 ヴォルが空間に手をかざすと、黒い渦が現れた。『アイテムボックス』だ。そこから革袋の水筒を取り出し、ポンッと蓋を開ける。


「ほら、ネネ」


 ヴォルは自分が飲む前に、無造作に水筒をネネへ差し出した。


 ネネは少し驚いたように目を丸くする。だが、すぐに水筒を受け取った。


「……ああ、恩に着る」


 コクッ……コクッ……。


 ネネは静かに水を飲む。ヴォルはその横で荒い息を整えながら、彼女が飲み終わるのを待った。


 チャプン……。ネネが水筒をヴォルに返す。


「すまない。助かった」


「気にするな」


 水筒を受け取ったヴォルは、勢いよく水を喉へ流し込んだ。


 ゴクッ! ゴクッ! プハァッ!


 豪快に喉を鳴らし、息を吐く。再び黒い渦に手を入れたヴォルは、ガサッと布に包まれた固焼きパンと干し肉を取り出した。


 だが、その少ない量を見て、チッと小さく舌打ちする。


「……食料はこれだけか」


 ネネは無表情のまま、干し肉とパンを受け取った。


「街に入った後、あのタイミングで襲われるとはな……偶然にしては、少し出来すぎている」


 ガリッ。


 固焼きパンを噛み砕きながら、ヴォルはぼやいた。


「こんな量じゃ、切り詰めても二日も持たないぞ」


 モグ……モグ……。


 干し肉を一口かじり、ネネは淡々と答えた。その声は、いつも通り落ち着いている。


「問題ない。この森を抜けるまで持てば十分だ」


 木の根元で向かい合って座り、二人は無言で干し肉やパンをかじった。


 過酷な逃走劇の中で、ほんの短い休息の時間が流れていく。


 静かで、どこか少しだけ温かい時間だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。