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『複利チートの生贄勇者〜捧げられる前に、俺は世界を利用する〜』  作者: NEA_
第一章 偽りの勇者と、聖なる罠

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第20話「深淵の逃走」



 ヒュゥゥゥ……。


 物悲しい冷たい夜風が、荒野を吹き抜けていく。


 ガドとセインの体は、血だまりの中で重なるように倒れていた。その周囲に残る激戦の跡だけが、ここで起きた異常な戦いを物語っている。


 少し離れた場所では、タムタが力なくへたり込んでいた。セインの死と同時に、彼女を縛っていた鎖は消えている。巨大な鎌は傍らに放り出され、全身は傷だらけだった。


 普段の余裕も、軽い態度も、今のタムタには残っていない。ただ、目の前に広がる信じがたい光景を、青ざめた顔で見つめることしかできなかった。


「……ありえない」


 胸に大穴を開けられ、大剣を握りしめたまま息絶えているガド。


(あのガドが……負けた? 今まで、私たちホーリーナイツが本気を出して、傷を負うことすらなかったのに……)


「ガァ……ハァ……」


 その時、地面に倒れていたウォーデンの指先がピクッと動いた。ひどくゆっくりとした動きで、ウォーデンが上半身を起こす。


 先ほどの戦闘で全聖力を使い果たし、息も絶え絶えの状態だった。


「……ウォーデン。あんた……聖力、完全に切れてるじゃない……」


 ハッとして声をかけたタムタの声は、かすかに震えていた。


 ウォーデンは膝をついたまま、荒い息を吐く。だが、その表情は冷たく、理性を失ってはいなかった。


「……ええ。今の私には、戦闘を継続することは不可能です」


 ウォーデンは、ガドの死体を静かに見つめた。


「まさか、あのガドが後れを取るとは……『異端』の狂信を侮っていましたね」


 タムタはよろめきながら立ち上がった。そして、自分の鎌を重そうに拾い上げる。その顔には、濃い疲労と、まだ見ぬ脅威への警戒が浮かんでいた。


「……それで? 肝心の勇者の追跡は、どうするの……?」


 ウォーデンは険しい顔で、すぐに戦況を計算し直した。


「……勇者の追跡は、一旦中断します」


 月明かりの下。荒野には、ボロボロになった二人と、息絶えた二人だけが残されていた。


「今の疲弊した私たちでは分が悪い。これ以上の深追いは、全滅のリスクを招きます」


 ウォーデンはゆっくりと立ち上がり、タムタへはっきりと指示を出した。


「後退し、まずは教会へ連絡を入れます」


 ウォーデンの蛇のような細い瞳に、狂信者としての底知れない光が宿る。


「この想定外の事態……ありのままを『真面目』に上層部に報告し、次なる『手』を打たねばなりません」



 荒野の静けさとは対照的に、深い森の中では凄まじい轟音が響き渡っていた。


 バキィィンッ!! ドゴォォン!!


 木々が密集する暗い森を、デレンが巨大なツルハシを振り回しながら突き進んでいる。邪魔な木々を次々となぎ倒し、猛スピードで追ってきていた。


「逃がすかァァッ!! 勇者ァァッ!!」


 血走った目をむき出しにし、獣のように叫ぶデレン。


 ザザザザッ!!


 そのはるか前方を、ヴォルとネネが全速力で駆け抜けていた。走りながら、背後から迫る地響きを感じ、ヴォルは舌打ちする。


(距離は少し離せているが……撒けるほどじゃないか)


 ヴォルは冷静に考えを巡らせた。


(あのデレンの異常な馬力……今の俺の身体能力じゃ、このまま走り続けてもいずれ追いつかれてジリ貧になる)


 並走するネネは無表情のまま、両手のダガーを構えている。影の魔力を練り上げ、いつでも反撃に出られる状態だった。


 ヴォルは隣を走るネネの戦力と、背後から迫るデレンの異常な気配を天秤にかける。


(……ネネと協力すれば、ここであのツルハシ野郎を殺し切れるかもしれない)


 だが、ヴォルの険しい表情は晴れなかった。脳裏をよぎるのは、荒野で出会った教会の精鋭たちだ。


(あのホーリーナイツとかいう連中が、いつ追ってくるか分からない。ここで戦闘が長引けば、挟み撃ちになるリスクが跳ね上がる。それに、俺たちの目的はこいつを倒すことじゃない。無駄に消耗する時間の猶予はないんだ)


「……私がやる」


 ネネが短く告げた。


 だが、ヴォルはネネの前にスッと手を出して制した。


「よせ、ネネ。正面からやり合う必要はない。長居は無用だ」


 ネネはヴォルの意図を察し、無言で小さく頷く。


 ヴォルは走りながら、『鑑定眼』も使って周囲の地形を素早く読み取った。


「地形を利用して、確実に足止めするぞ」



 うっそうと茂る木々が途切れ、月明かりが差し込む開けた場所へ、二人は飛び出した。


(ここなら……!)


 ヴォルは振り返りざまに、地面へ向けて両手を突き出す。


 バチィィッ!!


「『地割れ(アース・クレバス)』!!」


 ズゴゴゴゴォォォッ!!


 ヴォルが地面に魔力を叩き込んだ瞬間。デレンの進路上にある地面が、轟音と共に裂けた。


 深い大穴が、森の中に出現する。そこへ、凄まじい勢いで突進してきたデレン。


 目の前に巨大な穴が現れたことに気づいたが、彼は減速を選ばなかった。


「オオオォォッ!!」


 ドガァァァンッ!!


 デレンは凄まじい脚力で地面を蹴った。地面を粉砕するほどの踏み込みで、巨大な穴を一直線に飛び越えようとする。


 空中へ飛び出し、巨大なツルハシを振りかぶった。


「死ねェッ!!」


 地上から見上げるヴォルのオッドアイが、冷たく光る。


「空中にいれば、踏ん張れないだろ?」


 ヴォルは空中のデレンへ、スッと手をかざした。


「『重力グラビティ』」


 ブブゥゥンッ!!!


 空中にいたデレンの全身へ、自重の何倍もの重圧がのしかかった。巨体が、上から下へ無理やり押し潰される。


「なッ……!?」


 デレンの顔が驚愕に歪んだ。強靭な筋力をもってしても、空中ではその重力に逆らえない。


 ドゴォォォォォンッ!!!


 跳躍の軌道をへし折られ、デレンは一直線に深い穴の底へ叩き落とされた。穴の底から、もうもうと土煙が上がる。


 ヴォルは穴の縁から下を見下ろした。そして、一気に畳みかける。


「休む暇は与えない!」


 ゴゴゴゴゴ……!


 ヴォルの頭上に、魔力で作られた無数の岩の槍と岩の塊が現れた。


「沈め」


 ズドドドドドドォォォォンッ!!!


 ヴォルが腕を振り下ろす。その瞬間、穴の底へ向かって、無数の岩が豪雨のように降り注いだ。


 ズザザザザァッ!!


 岩と土砂が崩れ落ち、巨大な穴はあっという間に埋め尽くされていく。


 すべて撃ち尽くすと、ヴォルは短く息を吐いた。だが、結果を確認することなく、すぐに背を向ける。


「よし、行くぞ」


「やったか?」


 埋まった穴を見つめながら、ネネが短く問う。


「だといいが……。今は距離を稼ぐのが最優先だ」


 ヴォルは一切振り返らずに走り出した。


「わかった」


 ネネもすぐに並走する。


 タッ……タッ……!


 土砂で埋まった大穴を背に、二人は夜の深い森の奥へと消えていった。




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