第18話「反逆の連鎖」
深夜の荒野を、絶望が支配していた。
ギリギリと不快な音が鳴り続けている。
『聖縛影牢』。
セインが放った白と黒の鎖は、教会が誇る最強の騎士団、ホーリーナイツの三人を容赦なく縛り上げていた。三人は冷たい地面に膝をつかされている。聖銀製の防具に鎖が食い込み、彼らの誇りごと締め上げていた。
「……誇り高き教会の偽善者ども。その地を這う無様な姿、実にお似合いだ」
冷たい目で三人を見下ろすセイン。その右手には、白と黒の稲妻をまとった魔力の球があった。魔力球はバチバチと音を立てながら、限界まで圧縮されている。
次の瞬間、セインが魔力球を一気に解き放った。無数の光弾が雨のように三人へ降り注ぎ、凄まじい爆発が連続して起こる。
「ゴアアアッ!!」
爆炎の中で、巨体のガドが顔に青筋を浮かべて吼えた。鎖を引きちぎろうと暴れる。だが、鎖はびくともしない。
「クソッ!! 聖力が吸われやがる……ッ! この俺が、サンドバッグだとォ!?」
「ちょっとぉ……これマジでヤバくない……?」
タムタも愛用の大鎌で、自分に絡みつく鎖を斬り飛ばそうとする。しかし、硬い音を立てて刃が弾かれるだけだった。冷や汗が、彼女の頬を伝う。
「女神の加護とやらで、どこまで耐えられるか見せてみろ!」
セインの背後に、何本もの反転術式の槍が現れた。まるで、処刑を告げる槍だった。
容赦なく撃ち下ろされる槍の雨。大地がえぐれ、轟音が荒野を揺らす。
「ガハッ……!」
直撃を受けたガドは、自慢の防具を大きく砕かれた。大量の血を吐きながら、地面に叩きつけられる。
タムタの顔のすぐ横を、槍がかすめた。頬から一筋の血が、ツーッと流れる。彼女は引きつった笑いを浮かべるしかなかった。
「アハッ……冗談キツすぎ……」
「ぐぅッ……!」
ウォーデンは鎖に縛られたまま、なんとか聖力の障壁を張っていた。だが、槍の威力に耐えきれない。障壁はガラスのように砕け散った。
防御を破られたウォーデンの肩を、一本の槍が貫く。聖職者の赤い血が、荒野の風に舞った。
ボロボロになって膝をつく三人。その姿を見下ろしながら、セインは両手を広げた。暗黒のオーラが、さらに強く広がっていく。力の差は、あまりにも明らかだった。
「さあ、祈るがいい。貴様らの信じる虚構の神にな」
死の足音が、確かな重みを持って三人へ迫っていた。
*
荒野での死闘から遠く離れた、月光すら届かない深い森の中。
木々が密集する暗闇を、二つの影が猛烈な速さで駆け抜けていた。
「ネネ! ペースを上げるぞ! このままじゃ追いつかれる……それに!」
太い枝から枝へ飛び移りながら、ヴォルは焦りに顔を歪めた。背後からは、巨大な木々が次々となぎ倒される轟音が響き続けている。
追ってくる巨人。デレンだ。
デレンは行く手をふさぐ大木を、すべて巨大なツルハシで粉砕していた。まるでブルドーザーのように、森の中を一直線に突き進んでくる。
(あの巨体で、森の中でスピードが落ちないだと!?)
冷や汗を流すヴォルの脳裏に、桁違いのレベルを持つホーリーナイツ三人の姿がよぎる。
「教会の奴らが、あのセインって男を突破して、いつ後ろから来るか分からない! ここで立ち止まるのは危険すぎる!」
ヴォルの言葉に、並走していたネネが小さく頷いた。無表情のまま、走りながら後方の地面の影を操る。
スゥゥッ、と伸びた影が鋭い棘へ変わり、地面から無数に突き出した。
「逃がすかァァッ!! 勇者ァッ!!」
だが、デレンの突進は止まらない。足元に無数の影の棘が突き刺さっても、まるで気にしない。棘をバキバキとへし折りながら、猛然と突っ込んでくる。
(……影の拘束ごとへし折って進んでくるか。化け物め)
ネネは内心で、その異常な力に驚いていた。
「『氷壁』!!」
ヴォルが走りながら振り返る。オッドアイを光らせ、氷の魔力を放った。
デレンの目の前に、分厚い氷の壁がそびえ立つ。
ドガシャアァァァンッ!!!
だが、それすらもデレンは止まらず、ツルハシを叩き込んだ。氷壁は一撃で粉々に砕け散る。キラキラと氷の破片が舞った。
しかし、氷壁を破るために生まれたわずかな遅れが、勝負を分けた。その隙にヴォルとネネは一気に加速し、さらに森の奥へ姿を消していく。
「チッ。ちょこまかと……どこまでも追いつめてやるぞ……!」
距離を離されたデレンは、忌々しげに深く舌打ちをした。
*
再び、土煙が晴れていく荒野。
激しい爆撃を受け続けたホーリーナイツの三人は、立っているのも不思議なほどボロボロだった。だが、ウォーデンの瞳には、狂信とも呼べる異様な光が宿っていた。
「ハァ……ハァ……」
荒い息を吐きながら、ウォーデンは自分の聖剣の刃を素手で握りしめた。刃が肉に食い込み、手から大量の血がポタポタと流れ落ちる。それでも構わず、ウォーデンは鋭い目でガドとタムタを見た。
「……ガド、タムタ。『真面目』によく聞きなさい」
血まみれの手で、ウォーデンは聖剣を握り直した。そして、自分の心臓付近に剣の柄を押し当てる。
「私の全聖力を以て……ガドの呪縛を解きます。ただし、私は全力を使い切り、しばらくまともに動けなくなります」
タムタが驚いた顔をする。その横で、ガドは血走った目で笑った。
ウォーデンは血まみれのまま、最後の命令を叫ぶ。
「異端の命……確実に絶ちなさいッ!!!」
その瞬間、ウォーデンの全身から強烈な白銀の光が爆発するように放たれた。限界を超えた白銀の光が、光の刃となった。
口から血を噴き出すウォーデンの意志に応え、その刃はガドを縛る鎖へ襲いかかる。
相反する極大の力がぶつかり合う。凄まじい反発の末、ガドを縛っていた鎖がパァンッと甲高い音を立てて砕け散った。
「ハァ……ハァ……」
すべての聖力を使い果たしたウォーデンは、糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。
セインが驚きに目を見開く。その一瞬の隙を、解放された猛獣が見逃すはずもなかった。
ズガァァァァァンッ!!!
溜め込んでいた怒りを爆発させ、ガドが地面を砕く勢いで踏み込んだ。音速を超える突撃。セインへ一直線に迫る。回避する暇すらない。
ガドの巨大な大剣が、セインの腹から胸にかけて完全に貫いた。背中から鮮血が噴き出す。セインは大剣に貫かれたまま、宙に浮くような体勢になった。
「ヒャハハハハッ!! 串刺しだぜェ、異端のクズがァ!!」
ガドは狂ったように笑った。勝利を確信した凶悪な表情だった。
だが、大剣に貫かれ、血を吐きながらも、セインの口元には不気味な苦笑いが浮かんでいた。
「……道連れだ」
セインが呟いた瞬間。彼の胸に刻まれた禍々しい術式が、赤黒く光った。
【自動発動術式――状態転写】
「……あ……?」
ドボォォォォンッ!!!
見えない力によって、ガドの腹から胸にかけて内側から弾け飛んだ。セインとまったく同じ、巨大な風穴がガドの巨体にも開く。背中から大量の血と肉片が吹き飛んだ。
驚きに見開かれたガドの目から、光が消えかける。それでも大剣の柄だけは強く握ったまま、ガドは仁王立ちで固まった。
胸に風穴を開けたまま立つガド。その刃に貫かれたまま、宙で串刺しにされているセイン。
二人の動きは、完全に止まった。
大剣に貫かれたセインの瞳から、急速に焦点が失われていく。
薄れゆく意識の中、視界はゆっくりと、セピア色に染まる過去の記憶へ沈み込んでいった。




