第15話「虚空の膂力と、黒い光」
無傷のヴォルを見て、デレンはチッと舌打ちをした。
「……チッ。やっぱ勇者を仕留めるには、こんな一撃じゃダメか」
ヴォルは黒い渦から鋼の剣を静かに抜いた。そして、冷たい目でデレンたちを見る。
「教会……ではないな。何者だ」
「お前を殺し、この糞みたいな世界を終わらせる者だ」
ドンッ!
デレンが巨大なツルハシを地面に突き立てる。足元の石畳が、クモの巣のようにひび割れた。
その時、デレンの後ろにいた数人の構成員たちが、一斉に懐から小瓶を取り出した。赤黒い液体の入った小瓶。魔物の血を濃縮した、禁断の薬だった。
構成員たちは、その液体を一気に喉へ流し込む。
ゴキャァッ!!
構成員たちの体が、異常に膨れ上がった。服が破れ、獣の毛皮や爬虫類の鱗が体から盛り上がっていく。彼らは瞬く間に、人間離れした人型の「キメラ」へと変わっていった。
「ガアアアアアッ!!!」
周囲の状況を見ていたネネが、鋭い声で叫んだ。
「ヴォル! ここで戦うな! これだけの騒ぎだ、ギルドや自警団が出てくる!」
周囲の家々に、次々と明かりが灯り始めていた。それを見て、ヴォルは周囲へ一度視線を走らせた。
ネネも、明かりが灯り始めた周囲の家々へ目を向ける。
(これ以上ここで戦えば、人が集まる。教会にまで気づかれれば厄介だ)
ヴォルも気が付いたらしい。周囲へ一度視線を走らせると、デレンたちへ挑発するような笑みを向けた。
「俺の首が欲しいなら……周りに邪魔者のいない場所まで来い」
次の瞬間、ヴォルは凄まじい脚力で跳躍した。ネネもそれに続く。二人は街の外壁の方へ向かって、夜の屋根の上を高速で駆け抜けていった。
「追え」
虚ろな目で獲物の背中を睨みながら、デレンが追跡を命じた。
*
街の外壁の外側。
岩が転がる無人の荒野に、ヴォルとネネが着地した。だが、息をつく暇もない。背後から空気を引き裂きながら、巨大なツルハシが振り下ろされた。
「ここで終わりだ!!」
ズドォォォォンッ!!
デレンがツルハシを斜め上から振り下ろす。ヴォルは剣に魔力を込めて防いだ。しかし、衝撃があまりにも重い。体が後方へ数十メートルも弾き飛ばされ、荒野の地面が大きくえぐれた。
「くっ……!」
ヴォルは靴底で地面を削りながら、なんとか踏みとどまる。だが、剣を受けた腕がジンジンと痺れていた。
ネネは迫ってくるキメラを警戒しながら、ヴォルの様子を視界の端で捉えた。
(正面から受けたか。ヴォルは強い。だが、戦い慣れてはいない。手を貸すか? いや、経験を積むほうが今は大事か)
ヴォルは剣を握り直し、デレンをじっと見た。
その視線が、ほんの一瞬だけ鋭くなる。
ネネはその変化に気づき、わずかに目を細めた。ヴォルが何を見ているのかまでは分からない。
次の瞬間、ヴォルは剣の刃に氷の魔力をまとわせた。
デレンの追撃が振り下ろされる。
今度のヴォルは真正面から受けなかった。剣を斜めに当て、巨大なツルハシの軌道を横へ逸らす。
その動きを見たネネは、静かにヴォルの戦い方を見定める。
ヴォルは剣の刃に「氷」の魔力をまとわせた。カウンターの準備だ。
デレンの追撃が、再び振り下ろされる。ヴォルは氷の魔力をまとわせた剣で、ツルハシの軌道を受け流した。
デレンの巨体が、わずかに体勢を崩す。その隙に、ヴォルは空いた左手でデレンの顔面を殴りつけた。
デレンはわずかに目を見開いた。殴られた場所が少し赤くなっただけで、まったく効いていないように見える。それでも、デレンはヴォルの技量を認めるように呟いた。
「……ほう。流石勇者だな」
一方、ネネは襲いかかってくる複数のキメラと戦っていた。影の移動を使い、流れるような動きでキメラの首を切り落としていく。
血しぶきが舞う。
切り裂かれたキメラから次の獲物へ向かって、ネネは静かに影へ沈んだ。次の瞬間、影から飛び出したネネは、別のキメラの懐へ入り込む。短剣を、顎の下から脳天へ一気に突き刺した。
さらに、次の一体の頭上を軽やかに宙返りしながら飛び越える。空中ですれ違いざまに、その首を一瞬で刎ね飛ばした。まるで舞うように、死をばらまく戦い方だった。
ネネは着地すると同時に、ヴォルの方へ一度だけ視線を送った。
(まだ問題ない。あの男の力には押されているけど、ヴォルの動きは最初より良くなっている。あの男と戦っている間にも、成長している)
短剣についた血を無造作に払う。そして、冷たい視線を周囲へ向けた。
「……これで残り三分の一か。図体ばかりで連携がなっていないな」
*
サルファンの外壁から、はるか遠く離れた上空。
宿屋の爆発で上がった煙を遠目に確認し、夜空を弾丸のように飛んでくる影があった。邪教の幹部、セインだ。
黒い長髪に髭を蓄えた四十代の男。その表情からは、感情がまったく読み取れない。
「……始まったか」
セインの背後に、神聖な「光」と黒い「闇」の魔法陣が、一直線に並んで展開される。
光と闇。
相反する魔力の【反発力】を利用した、セイン独自の推進・加速術式だった。彼はその反発エネルギーを連続で爆発させる。常識外れの飛行速度で、荒野へ向かって無言のまま急加速した。
一筋の流星のような光の軌跡が、夜空を貫き、戦場へ迫っていく。
地上でキメラを相手にしていたネネが、上空からの異常な気配に気づいた。ハッとして、頭上を見上げる。
ネネのはるか上空。そこに、空を覆うほど巨大な「黒と白の光」の魔法陣が展開されていた。
ズバァァァァァッ!!!
魔法陣から、極太の光の柱が放たれる。それはネネを正確に狙い、一直線に降り注いだ。
「ネネッ!!」
デレンと交戦していたヴォルが、異変に気づいて叫ぶ。
ネネは間一髪で後ろへ跳び、ギリギリで直撃を避けた。黒い光の柱が、目の前の地面をえぐり取る。荒野の地面が、深さ数メートルにわたって消し飛んだ。
爆風に吹き飛ばされながらも、ネネは受け身を取って膝をつく。
えぐり取られた地面を見て、ネネはすぐに先ほどの魔力の性質を探る。
(教会の聖魔法……!? いや違う、性質が反転している?)
さらに上空から、セインが急降下してくる。直撃すれば即死しかねない速度だった。足元で光と闇の反発を連続爆発させ、自分自身を大きな砲弾のように撃ち出している。
ズドォォォンッ!!
凄まじい衝撃と共に、セインが荒野に着地した。地面がクレーターのようにへこみ、砂や小石が天高く舞い上がる。隕石が落ちたかのような、派手で暴力的な着地だった。
もうもうと上がる土煙の中から、セインが立ち上がる。あれほどの衝撃にもかかわらず、体勢はまったく崩れていない。
ネネは短剣を構えたまま、その姿をじっと見据えた。
(あれだけの速度で突っ込んで、まったく体勢を崩していない。……あの大男より厄介そうだな)
「……おせェぞ、セイン」
ツルハシを振るう手を止め、デレンが声をかける。
「……距離があった」
セインは無表情のまま、短く答えた。
ネネは短剣を顔の前に構え直し、鋭く睨む。頬には、冷や汗が一筋流れていた。本能で、相手の異常な強さを察しているのだ。
セインは感情の抜け落ちた暗い瞳で、ネネを見下ろした。
「……魔族か。邪魔だ」
ゴゴゴゴゴッ……!!
セインの背後に、無数の「白と黒」の複合魔法陣が一瞬で展開された。夜空を覆い尽くすほどの数。空の色が反転したかのような、圧倒的な光景だった。
冷たい表情のセインのシルエットが、無慈悲な処刑の始まりを告げていた。




