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『複利チートの生贄勇者〜捧げられる前に、俺は世界を利用する〜』  作者: NEA_
第一章 偽りの勇者と、聖なる罠

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第14話「守る価値のない世界」



 月が雲に隠れ、サルファンの街は深い夜の静けさに包まれていた。宿屋が立ち並ぶ表通り。その暗がりに、黒衣をまとった邪教の構成員たちの影が、静かに溶け込んでいる。


「デレン様。情報によると、この宿屋で間違いありません」


 部下の一人が、デレンを見上げるようにして報告した。


「……俺が当たりをひいちまったなぁ」


 報告を受けた男、デレンは、無精ひげの生えた顎をさすりながら静かに呟いた。身長は二メートルを軽く超えている。六十歳ほどに見えるスキンヘッドの男だ。だが、年齢を感じさせないほど背筋は伸び、その巨体だけで周囲を圧していた。

 デレンは宿屋の窓を見据えた。その瞳には、手柄を喜ぶ色はない。あるのは、底の見えない虚しさと、深い悲しみだった。


「勇者……百年ごとに、このくだらない世界の贄にされる為だけに召喚された、哀れな者よ」


 デレンの瞳の奥に、暗い炎のような過去の光景が蘇る。


「てめぇを贄にしたところで……この世界に、守る価値なんてねェんだ……」


 過去の絶望を思い返すように、重く吐き捨てる。


(守る価値なんて……)



 ――デレンの記憶は、はるか昔の凄惨な光景へと遡る。


『俺は、生まれついての化け物だった』


 幼い頃のデレンは、自分の背丈をはるかに超える巨大な熊を、素手で引き裂いていた。血の海の中に、無表情で立っている。

 全身を真っ赤な返り血で染めながら、自分の人間離れした力にも、その光景のおかしさにも、何の感情も抱いていなかった。

 時は流れ、青年となったデレンの視線の先に、一人の少女の後ろ姿があった。


 アリア。


 彼女の右腕は黒く変色し、まったく動いていない。


『生まれながらに右手を魔素に蝕まれ、忌み子として村人から迫害されてきた女。……それでも俺は、心優しい彼女を愛さずにはいられなかった』


 デレンの大きく無骨な手に、アリアの小さな左手がそっと重なった。不器用な二人の、温かな触れ合いだった。

 アリアは寂しげに、それでも心から優しい笑みをデレンへ向ける。村で化け物と呼ばれ、恐れられていた彼を、唯一「人間」として愛してくれた存在だった。

 やがて二人は結ばれ、新しい命を授かる。赤子を傷つけてしまわないか心配しながら、不器用に抱きしめるデレン。その隣で、アリアが微笑んでいる。

 だが、残酷なことに、赤子の右手もまた母親と同じように魔素に蝕まれ、黒く変色していた。


『……アリアは魔素に蝕まれて体も弱かったが、この子を命がけで産んでくれた』


 デレンは巨体を震わせた。嬉し涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、泣き崩れた。

 それから十年後。暗い鉱山で、上半身裸のデレンがツルハシを振るっていた。ただひたすらに働いている。

 ごつごつした両手で、ツルハシを強く握りしめていた。


『この狂気バケモノは二度と出さない。この手は、あいつが遺した宝物を守るためだけにある』


 それは、狂気を押し殺して生きる男の、強い誓いだった。

 しかし、その平穏は唐突に崩れた。あまりにも理不尽に。


 夕暮れ時。


 デレンは、息子のために買ったささやかな土産を手に、足早に家路を急いでいた。


 木彫りの馬。


 それが、息子への土産だった。


『……アリアが魔素の浸食に耐えきれず一年前に死んでから、俺と、十歳になった息子との二人きりの生活。この息子を守り抜く事が、アリアとの最後の約束だ』


 自宅が近づいた時、デレンの足が止まった。異変を感じ取ったのだ。

 彼は自宅の入り口へ駆け寄った。頑丈なはずの扉は壊され、蝶番から外れて無残に転がっていた。

 荒らされた室内。奥には、赤黒い血だまりが広がっていた。村の男たちはその周りに立ち、下品な笑い声を上げながら酒を飲んでいた。

 その中の一人が、泥だらけのブーツで、冷たくなった十歳の息子の頭を踏みつけている。抵抗した跡のある小さな手が、力なく血だまりに投げ出されていた。


「忌み子のガキが、目障りなんだよ。母親と同じように、呪いを撒き散らす前に処分してやったのさ」


 デレンの手から、力が抜けた。握っていた木彫りの馬が滑り落ちた。


 コロン……。


 虚しい音を立てて、それは血だまりの中へ転がっていった。


 ブツンッ。


 デレンの中で、人間としての理性をつなぎ止めていた最後の糸が切れた。瞳孔が、爬虫類のように縦に割れる。

 幼い頃に封じ込めた純粋な殺意が、完全に蘇った。


「あ? 化け物が帰ってき……」


 背後の気配に気づき、酔った村人がニヤニヤしながら振り返りかけた。


 その瞬間。


 ドグシャアァァッ!!!


 デレンの巨大な拳が、村人の頭を原形も残さず粉砕した。言葉を発する暇も与えず、圧倒的な暴力で潰したのだ。

 デレンは、村人の血を浴びた手で、玄関脇のツルハシを拾い上げた。そして、室内の村人を蹂躙した後、無言のまま家の外へ歩き出す。

 家族を養うために振るっていた道具は、虐殺の凶器へと変わった。

 そこからは、まさに地獄だった。

 燃え上がる村。逃げ惑う百人規模の村人たち。理性を失ったデレンは、圧倒的な暴力で次々と村人を殺していった。

 村全体を無差別に破壊し尽くし、積み上がった死体の山の上に立つ。血に濡れたその背中は、もはや人間ではなかった。

 人の形をした、異形の怪物だった。

 血まみれになった息子の亡骸を強く抱きしめながら、デレンは燃え盛る炎と月へ向かって吠えた。


「ゥウウウオオオオオアアアアアアッ!!!」


 世界への絶望と怒りが込められた獣のような咆哮が、夜空に響き渡った。



 宿屋の窓を見上げるデレンの顔には、底知れない虚しさと、すべてを壊そうとする殺意が入り混じっていた。

 デレンの右手が、背中に背負っていた巨大な武器の柄を掴む。


 ツルハシ型の重武器。


 それは、かつて村人を虐殺したツルハシを、さらに凶悪に進化させたような代物だった。

 デレンはその巨大な武器を、片手で軽々と横に振りかぶる。巨体から放たれる圧が、周囲の空気を歪ませた。


「……俺から行かせてもらうぜ」


 一方、宿屋の二階。

 ベッドで目を閉じていたネネの尖った耳が、ピクリと動いた。わずかな殺気に反応したのだ。

 鋭い危険察知能力と聴覚が、下から迫る圧倒的な殺気を捉える。生存本能が、強烈な警鐘を鳴らしていた。


(殺気……!!)


 毛布を跳ね除け、ネネは一瞬で飛び起きた。両手に握った短剣を交差させ、防御の姿勢を取る。

 そのまま一直線に、窓へ向かった。


 ガシャアァァァンッ!!!


 ネネが自室の窓ガラスを、短剣の柄で突き破る。月夜の空へ、鮮やかに飛び出した。

 ガラスの破片が、きらきらと舞う。

 その激しい音に、別室のベッドで寝ていたヴォルも、カッと目を見開いた。


(ネネの部屋か!?)


 デレンが横に振りかぶった巨大なツルハシを、容赦なく振り抜く。


「死ね」


 ドゴォォォォンッ!!!


 必殺の一撃が、宿屋の壁を打ち砕いた。すさまじい衝撃波が、建物全体を吹き飛ばす。

 深夜の街の静けさは、完全に引き裂かれた。二階建ての木造建築が、一瞬にして粉々に砕け散る。

 空中に飛び出していたネネは、背後で爆発するように崩れ落ちる宿屋を振り返った。その破壊力に、思わず目を見開く。


「ヴォルッ!?」


 ネネは空中で素早く身をひるがえした。降り注ぐ瓦礫の雨をかわしながら、軽やかに二軒隣の建物の屋根へ着地する。

 屋根の上に片膝をつき、土煙の上がる宿屋の跡地を見下ろした。

 一瞬、焦りが顔に浮かぶ。だが、ネネはすぐに冷静さを取り戻した。


(いや、ヴォルがこれしきで死ぬはずがない)


 もうもうと立ち込める土煙の奥。宿屋の瓦礫の山の中心部が、ピキピキと音を立てて凍りついている。


 パァァンッ!!


 氷が砕け散った。


 巨大な半球状の氷のドーム。

 『アイスシールド』。


 その中から、ヴォルが姿を現す。埃まみれではあるが、まったくの無傷だった。


「……随分と派手な挨拶だな。おかげで目が覚めた」



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