第13話「規格外の追跡者と、砕ける宿屋」
サルファンの街とは違う場所。荒れ果てた大地に、地獄のような光景が広がっていた。
地面は大きくえぐれ、あちこちに巨大な穴が空いている。その破壊の中心には、山のように巨大な魔獣が倒れていた。
街一つを簡単に滅ぼせそうな、ベヒーモス級の超大型魔獣。その巨体は、血の海の中で無残な死体となって転がっていた。
その死体の上に、三つの人影が立っている。
純白の十字マントを羽織った三人の『ホーリーナイツ』。これほどの怪物を相手にしたはずなのに、三人は息一つ乱していなかった。
もはや人間の枠を外れた化け物と呼ぶしかない。
「チッ……! なにが『災厄指定』だ! すぐに壊れちまうじゃねェか! 俺の血は全然沸き立たねぇぞ!」
短く刈った赤茶の髪。猛獣のように鋭い目つき。
巨漢の騎士ガドが、退屈そうに吐き捨てた。身の丈ほどの大剣にこびりついた血を、力任せに振り払う。
「ふぁ〜あ……つまんない。アタシ、もう帰って寝たいんだけどぉ……」
巨大な黒とピンクの大鎌に寄りかかりながら、小柄な女騎士タムタが眠そうに目をこすった。
長い桃色のツインテールが、だるそうな動きに合わせて揺れる。愛らしい顔立ちと、身の丈に不釣り合いな大鎌。そのちぐはぐさが、かえって彼女の危うさを際立たせていた。
「……静かにしなさい。民の脅威を排除する、我々の『真面目』な任務ですよ」
くすんだ緑髪を乱雑に垂らした細身の剣士、ウォーデン。
蛇のように冷たい目を細め、陰湿な笑みを浮かべて仲間をたしなめる。
優雅な動きで剣を鞘に納めた、その時だった。
ウォーデンの懐で、通信用の魔道具が光った。着信を知らせる光が、点滅している。
ウォーデンは丸い機械のような魔道具を手に取った。相手が見えないにもかかわらず、丁寧に頭を下げる。
「はい……御意に」
通信を終えたウォーデンの口元が、不気味に吊り上がった。
「タムタ、ガド。好きなだけ暴れる許可が出ました。どうやら教会の包囲網を抜けた、『ネズミ』がいるそうです」
「え……?」
獲物の存在を知らされた瞬間。タムタの眠たげな目が、カッと見開かれた。
そして、背筋が冷えるような、狂気に満ちた笑顔へ変わる。
「教会に抵抗するの……? アハッ……目ぇ、すっごく覚めてきちゃった♡」
「ガハハ! いいぜェ! そいつの骨が何本折れるか数えてやろうじゃねェか!」
戦いの予感に歓喜し、ガドは指をボキボキと鳴らして凶暴に笑った。
ウォーデンは、魔道具の水晶に映し出された光の地図で目的地を確認する。
「標的は『勇者』。現在、王国の辺境街……『サルファン』に潜伏しているとのこと」
「王国? べつにいいよねぇ。街ごとグチャグチャに刻んじゃっても」
タムタは残酷なことを考えながら、大鎌の柄を愛おしそうに撫でた。
「必要ならば、です。だが目的はあくまで回収。確実に遂行しましょう」
タムタの凶行を否定せず、ウォーデンは静かに頷いた。その瞳には、底知れない悪意が宿っている。
「徹底的に、そして陰惨に絶望を叩き込み、手足を切り落としてでも回収する……それが我らの『真面目』な務めですから」
バキィィッ!!
三人のホーリーナイツが、魔獣の死体を蹴って一斉に空へ跳び上がった。
足場にされた魔獣の巨体が大きく沈む。跳躍の衝撃だけで、地面がさらに割れ、大きな穴が広がった。
次の瞬間。
三つの影は空を切り裂くように高く舞い上がり、サルファンの方角へ凄まじい速さで消えていった。
*
二日後。
サルファンの地下ダンジョン深層エリア。
薄暗く、瘴気が漂うその場所で、ヴォルとネネは魔物の群れと戦っていた。
強力な装甲を持つアイアンゴーレム。複数の獣が混ざり合ったキメラの群れ。それらが怒号を上げ、一斉に襲いかかってくる。
「経験値の複利を一気に回す!」
「グラビティ」
ヴォルが左手を地面へ向けた瞬間、周囲の空気が重く沈んだ。
ズンッ!!
見えない重圧が、魔物の群れを一斉に地面へ押さえつける。
「グォォォッ!?」
アイアンゴーレムの太い脚が石床へめり込み、キメラたちも四肢を震わせながら、その場から動けなくなった。
「なるほど。格上には通用しなさそうだが、止めるだけなら、こいつは使いやすいな」
ヴォルは押さえ込まれた魔物たちを見渡し、口元をわずかに上げた。
その隙を逃さず、闇に紛れたネネが影から飛び出す。流れるような短剣の連撃で、身動きの取れないキメラの急所を次々と切り裂いていった。
ヴォルも左手を魔物の群れへ向ける。
「まとめて吹き飛べ」
極太の雷撃が放たれた。
ドゴォォォンッ!!
通路にひしめく魔物の群れが、一気に焼き尽くされる。黒焦げになったアイアンゴーレムやキメラたちは、次々と崩れ落ち、魔石へ変わっていった。
ヴォルの視界を、大量のシステムウィンドウがすさまじい速さで埋め尽くしていく。
『経験値取得』
『複利適用』
『レベルアップ!』
『ヴォル Lv112』
複利の力が、文字通り爆発していた。
(完璧だ。完全に俺の想定した通りの成長曲線を描いている)
二日間の過酷な修練。その成果に、ヴォルは満足そうに笑った。
*
その日の夜。
ダンジョンでの死闘を終えた二人は、サルファンの宿屋の一室で短い休息を取っていた。
ネネの部屋は別に取っている。だが今は、今後の打ち合わせのために、ヴォルの部屋に集まっていた。
ベッドの端に腰をかけるヴォル。窓辺に立ち、警戒を怠らないネネ。
「……すさまじい戦いぶりだった。ヴォルの強さは底が見えないな」
ネネの素直な称賛に、ヴォルは余裕のある笑みを返した。
「これでも、まだ上の連中には全然足りないからな。……また明日もダンジョンだ、今日はしっかり休むとしよう」
部屋には、少しだけ和やかな空気が流れた。
二人はそれぞれ休息に入る。
深夜。
街の騒がしさは完全に消え、宿屋も静まり返っていた。
ベッドで静かに眠っていたヴォル。
だが、その目が突然カッと見開かれる。
――ズガァァァァァンッ!!!
深夜の静けさを引き裂く、鼓膜を破るような轟音。
炎でもない。魔法の気配でもない。
ただ純粋な、圧倒的な物理の暴力だった。
何者かの規格外の馬鹿力による一撃が、表通り側から宿屋の壁を直撃した。
次の瞬間、ヴォルとネネが休んでいた木造の宿屋が、壁ごと内側へ押し潰される。
柱が折れ、床が跳ね、天井が砕けた。
建物全体が衝撃に耐えきれず、一瞬で粉々に弾け飛ぶ。
表通り側から叩き込まれた破壊は、そのまま宿屋を裏手へ突き破った。
大量の木片。瓦礫。砕けた家具。そして土煙。それらが凄まじい勢いで夜の街へ吹き飛んだ。




