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『複利チートの生贄勇者〜捧げられる前に、俺は世界を利用する〜』  作者: NEA_
第一章 偽りの勇者と、聖なる罠

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第12話「俺の女と、強くなる理由」



 神が住む天上界。


 白く美しい柱が、どこまでも並ぶ神殿。その中には、いつも以上に冷たく重い空気が漂っていた。


 この世界ディタリアの管理者である女神フライヤは、普段の冷たい顔を苛立ちに歪めていた。忌々しげに、親指の爪をギリッと噛む。


「……あの異世界人、やってくれましたね」


 空中に浮かんだ光のウィンドウには、ヴォルが教会の聖騎士部隊を壊滅させた、森の惨状が映し出されていた。


「教会の部隊を返り討ちにして、まんまと王国の壁を越えるとは」


 管理者であるフライヤにとって、想定外の出来事だった。その瞳が、怒りを通り越して、冷たく細められる。


「最初に『めんどくさい男』と思った直感は……どうやら間違いではありませんでしたね」



 天界から放たれた強い神託の光が、地上の大聖堂へ降り注いだ。


 聖地ティティーリアの教会。


 巨大な女神像の前にひれ伏していた大司教の背中を、神々しい光が包み込む。


「おお……! 女神フライヤ様からの直々の神託……!」


 光を浴びた大司教の顔が、喜びに震えた。その表情は、狂ったような歓喜に満ちている。


「王国……! 辺境の街『サルファン』!!」


 大司教は興奮したまま勢いよく振り返った。背後に控える神官へ向けて叫ぶ。


「勇者の現在地が判明しました! 奴は王国へ逃げ込みました!」


 大司教は神官へ歩み寄った。今にも胸倉を掴みそうな勢いで、唾を飛ばしながら命令を下す。


「直ちに『ホーリーナイツ』へ連絡を取りなさい! 即応可能な者を、至急サルファンへ向かわせるのです!!」


「は、はいっ! ただちに!」


 異常な気迫に圧倒され、神官は震える手で懐から通信用の魔道具を取り出した。


 大司教の顔には、目的のためなら手段を選ばない狂気が張り付いている。


「王国領への武力介入になるが、構わん! 勇者(生贄)の確保が最優先だ!」


 ギリッ、と大司教の歯が鳴った。その瞳は、憎しみと執念で燃えていた。


「今度こそ……絶対に逃がさんぞ、偽勇者め」



 教会の濁った狂気とは反対に、ルワール王国の辺境街・サルファンは、抜けるような青空と活気に満ちていた。


 冒険者ギルドの大きな木製の扉から、ヴォルと、深くマントのフードを被ったネネが出てくる。


「よし、これで身分証明の確保は完了だ。冒険者『ヴォル』の誕生だな」


 面倒な手続きを終えたヴォルは、不敵に笑った。


「ああ。魔族である私が表立って動くわけにはいかないからな。助かる」


 周囲の目を気にしながら、ネネがフードの奥で頷く。


 ヴォルは真新しいギルドカードを見つめた。そして、懐にしまうふりをして、アイテムボックスへ収納する。


「さて、どうする? まずは飯でも――」


 次の行動を決めようとした、その時だった。


「おいおい、見ない顔だな。新入りか?」


 ヴォルたちの前に、三人の男たちが立ち塞がった。


 使い込まれた粗末な武具を身につけた、見るからに柄の悪い冒険者たちだ。


 リーダーらしい大男は、身長が二メートルほどもある。筋肉だらけの体でヴォルたちを見下ろし、下品な笑みを浮かべていた。


 そのいやらしい視線は、ネネのフードの奥から覗く美しい顔や、マントの上からでも分かる胸元へ向けられている。


「お前みたいなガキが、随分と上等な女を連れてるじゃねえか」


 その言葉を聞いた瞬間、ヴォルの顔から笑みが消えた。先ほどまでの余裕は消え、氷のように冷たい目つきへ変わる。


「……道を開けろ。用はない」


「まぁ待てよ。こんなガキより、俺たち『大人の男』とパーティーを組んでやるって言ってんだよ、なぁ?」


 大男はヴォルの警告を無視した。下品に笑いながら、ネネの肩へ太い腕を伸ばす。


 ――大男の汚い手が、ネネに触れる寸前。


 ガシッ!!


 ヴォルの黒いハーフグローブをはめた手が、大男の太い手首を掴み止めていた。万力のような力だった。


「あ?」


 大男は不思議そうに眉をひそめた。自分の腕が止められたことに、ようやく気づいたらしい。


「……おい」


 前髪の隙間から覗くオッドアイに殺気が宿る。ヴォルは静かに、低い声で言った。


「人の女に手を出すとは、随分と良い度胸だな」


 周りの空気が凍りついた。


 メキィッ!!


 次の瞬間、ヴォルは顔色一つ変えず、大男の腕をあり得ない方向へへし折った。


 骨が砕ける生々しい音が、ギルド前の広場に響く。


「ギャアアアアアッ!?」


 大男は白目を剥き、口から泡を吹いた。激痛に顔を歪め、絶叫しながらその場に崩れ落ちる。


 残りの二人が慌てて武器を抜こうとした。だが、ヴォルが冷たい目で見ただけで、二人は恐怖に固まった。


「……まだやるか?」


「ヒィッ!?」


 二人は腰を抜かした。そして、泡を吹いて気絶した大男を両脇から引きずり、土煙を上げながら逃げ出す。


「お、おぼえてろよォ!!」


 典型的な捨て台詞を聞き流し、ヴォルは殺気を収めた。


 いつもの余裕ある表情に戻り、ふぅ、と息を吐いて首を鳴らす。


「やれやれ。どこの世界にも、ああいう手合いはいるもんだな」


 逃げていく冒険者たちとヴォルを交互に見ていたネネが、静かに隣へ並んだ。フードの奥から、少しだけヴォルの顔を覗き込む。


「ほう。……私は、貴殿の女だったのだな?」


 ネネの口元が、ふっと上がった。


 からかうような微笑み。普段の無表情からは想像できない、悪戯っぽく魅力的な笑顔だった。


「……っ」


 予想外の笑顔とからかいに、ヴォルは雷に打たれたように固まった。


 心臓が大きく跳ねる。


 大人の余裕は完全に崩れ、顔がわずかに赤くなった。ヴォルは気まずそうに視線を逸らす。


「な、違……っ! ああいう手合いを一番手っ取り早く追い払うための、ただの『建前』だ!」


 必死に照れ隠しをするヴォル。その反応を楽しむように、ネネはクスクスと小さく笑った。


「ふふ……冗談だ。助かったよ、ヴォル」


 和やかな空気が流れる。


 だがすぐに、ヴォルは照れを引っ込めて真剣な顔になった。


「……ネネ。少し無茶なやり方をするが、これからダンジョンでのレベル上げに付き合ってくれ」


 自分の力がまだ足りないことを、ヴォルは冷静に理解していた。その手を、強く握りしめる。


「この世界には、まだ俺より強い奴がいくらでもいる。このままじゃ確実に生き残れない」


 ヴォルの冷静な判断に、ネネは少し驚いたようだった。だが、すぐに頼もしそうに頷く。


「……己の立ち位置を正確に把握しているのだな。いいだろう、付き合うぞ」



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