第3話<不穏な影>
クラムは王の唸る声にほくそ笑む。
「レージュよ、またクラムに用か」
「そうじゃ。ワシはクラムに話がある。王よ、外に」
「仕方あるまい」
王は渋々クラムとレージュを残して外に出ていく。扉がゆっくりと閉まった。クラムはようやく起き上がり、魔術師に向き直る。
「久しぶり、でもないな」
「そうかの。一月は経つか? どうじゃ、ワシの話を聞く気になったか?」
「……」
クラムはレージュと初めて出会った日を思い出していた。ミリア姫を助けたあの時、誰かの存在を感じた瞬間、炎がまいあがり、魔物が一瞬で消し炭になった。その炎が女神の姿をしていたと、目撃した傭兵の証言が国中に広がったのだ。
噂を聞き付けた“神託の魔術師レージュ”が、クラムを訪ねてきた。
「何故、転生者が女神の加護を受けられないのか秘密を知りたくないか」
「……まあ、気にはなる」
突然、鐘の値が響く。戦闘終了の合図だ。外からざわめきがする。これから死者を埋葬する儀式が始まるのだが、クラムは絶命した仲間を想って瞳を閉じた。
「あいつは、前世は5歳で死んだ。だから、今の生ではもう成人年齢なのに、前世の記憶を思い出した途端、精神が幼くなって、戦うのが怖いと泣いていた」
それでも、毎日魔物との戦いを強要されて、クラムにすがるようにしてどうにか生き延びいていた。だが、とうとう命を落としてしまった。もう少し、生き延びる術を教える事ができていれば。
レージュが鼻をならす。
顔を上げると、両手を腰に当てて、眉ねをひそめていた。
クラムは首をかしげる。
「俺は、この世界が気にくわないし、あんたのいう秘密について、好奇心はあるけど」
「あるならば、なぜ早くワシの話を聞かぬ? ワシの立場ならば今すぐにオヌシをこの国から連れ出すのは、造作もないことよ」
ずいっと顔を近づけてきた。見た目は絵の中に出てきそうな美少女なのだ。さらに、ミリアとは違って色気がある。さすがのクラムもドキッとする。頭をふった。
「いや、そう簡単にはいかない」
「ほお〜」
「……わかってるだろ。ミリア姫だ」
「クラムさまあ〜!」
「うげ」
話していたら当人が外でわめきはじめた。
「どうしてですの? わたしよりもそんな魔物みたいな女がよろしいのですか? クラム様はミリアと結婚するにふさわしい方なのに!! はやくでてきてくださいませ!! そうしないとミリアはこの扉を吹き飛ばしますわ!!」
「ミリア駄目だ!!」
すかさず制したのはアルスである。どうやらひと段落したようだ。
ミリアは執着心が強く、民を悩ませているのだ、と、いうのも。
「ミリア姫よ、オヌシがそんなだから、いつまでも加護を受けられないのが分からぬのか?」
「レージュ!! クラム様から離れなさい!!」
「ミリア!!」
轟音を立てて扉が粉々に砕けた。
「うお!」
クラムは思わず腕で頭をかばうが、何の衝撃もなかった。目の前には、結界を張るレージュの姿。クラムはその神々しい様を見つめてため息をつく。
――これじゃ、この魔術師の方が聖女様みたいだな。
ミリアが大泣きしながらレージュに突進してくる。
「はやく離れてよお〜〜〜ッ!!」
「全く!」
レージュはミリア目掛けて魔力を放とうとする――が、そこに影が割り込み、刃が光った。
「やりすぎです!」
「アルス!」
クラムはアルスが己の剣をふるって、レージュの力を受け止める光景に目をみはった。それでもミリアは興奮状態で、アルスにかまわず、その背中からレージュを攻撃しようと短剣を突きさした。
「ウグッ」
「クッ」
「おいっ!!」
苦悶に顔を歪ませるアルスを見て、レージュが力をおさめる。クラムはミリアを睨み付けた。
「あっ、ちがいます! ミリアは!」
「いくらなんでもおかしいだろ!」
相手の立場など関係なくクラムは怒りに叫ぶ。いつもならば、寸で正気にもどるが、どうも今日は相当気がたっているらしい。アルスがうずくまると、ミリアはようやく短剣を手から放す。床に短剣が落ちる鈍い音がひびいた。
「あ、アルス」
「ミリア、落ち着いたかい」
「え、ええ」
しょんぼりするミリアはアルスにすがり付くように項垂れる。
「ごめんなさい、ごめんなさいアルス! クラム様の事となるとつい」
「いや、いいんだ。とにかく力を制御できないと、女神様の加護を受けられないのが心配だよ」
「……はい。私は聖女なのに、どうして」
ミリアがクラムを見やる。その表情は暗く、目には光がなかった。
――っ!
クラムは一瞬、背筋が凍りつく感覚がしてめまいに襲われる。
ぽん。
「あっ」
「しっかりせんか」
肩に手を置かれているとクラムは気付いて、その手の主である“信託の魔術師”を見つめた。見透かすような紅い光を宿す彼女の瞳に吸い込まれそうだ。
ミリアはアルスに庭園に連れ出された。二人を見送ると、クラムはレージュに手を捕まれて、瞬間、別の場所へと移動する。
体が傾くと視界いっぱいに新緑が広がっていた。
「おっと!」
「この大木の上からは、国が一望できるのう。見てみい」
「ん~」
促され、クラムは視界に広がる木々の群れや、遠くに見える城下町を良く見ようと目をこらす。
ここからでは、人間はぜんぜん見えない。焼け焦げたような臭いと、城の後方からわきあがる黒い煙は、さきほどの戦闘の痕跡である。
こんな日常が今のクラムによって普通であるのだ。
「何か聞きたい事があるんじゃないのか」
「レージュ、どうして俺につきまとう」
「オヌシはわかってないのお。否、わかっておるからか? ワシの知る限りの世界について分かれば、オヌシは必ず国を棄てるだろうからのお」
「わからない」
どうしたら良いのか。
この世界に産まれてすぐに、この目の前の信託の魔術師によって、両親に子供は転生者だと告げられた。
クラムはその事実を成人となり、前世の記憶を取り戻して知った。




