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第2話 先手必勝、婚約解消

ギュッとつぶった目を開けたとき、リゼットはどこだかよく分からない場所にいた。


「ここは......」


背後から男性の厳しい声がする。


「リゼット」


リゼットは振り向いた。 そこに立つのは銀髪の美男子。 上半身は白のシルクシャツ、下半身は黒のスラックス。 清らかに澄み渡るアイスブルーの瞳に、リゼットは目を射抜かれた。


「エトゥワ様......」


美男子の正体は、この世界の神だ。 今こうしてリゼットがエトゥワの前にいるのは、極限下の緊張下で大声で叫び酸欠になったから。 酸欠は瞑想と同じトランス状態を引き起こす。 トランス状態になると意識が神域に飛ぶ。


エトゥワは厳しさと優しさが混じる目をリゼットに向ける。


「馬鹿者め。 何故もっと早く私に会いに来なかった?」


「それは――」


リゼットは言い淀んだ。 リュシアンの心変わり・不貞の冤罪・死刑宣告・投獄と一連の悪夢が続く中で、リゼットはエトゥワに助けを求めなかった。 一度も瞑想しなかった。 エトゥワに何かできるとは思わなかった。 神は精神世界の住人であり、現実世界への影響力は限定的だ。


「もっと早く来ていれば、ここまで辛い目に遭わずに済んだものを」


「私のために何かして頂けるのでしょうか?」 でも、何ができるというの?


「ああ。 お前の意識を過去に飛ばす」


「過去に意識を......?」 それでどうなるの? 単に過去を再体験するだけじゃ?


「過去の再体験ではない。 わかり易く言えば、お前の時間を巻き戻すのだ。 お前が王太子に婚約の破棄を迫られた日にな」


「私にまた辛い思いを繰り返せとおっしゃるのですか?」


リゼットの愚かさに、エトゥワは目を見開いて驚く。


「アホウ、繰り返してどうする。 王太子に婚約の破棄を迫られたら、今度はあっさり承諾してやれ。 あの男に、お前が未練を感じるだけの価値は無い。 婚約破棄を受諾したら直ちに荷物をまとめ、セザール王国を出ろ。 さすればあの公爵令嬢はお前への関心を失う」


「は、はい」


「ではな。 また私に会いに来い。 聖女など肩書に過ぎないのだから」



          ✩˖°⌖.꙳✩˖°⌖.꙳✩˖°⌖.꙳✩˖°⌖.꙳✩


気づくとリゼットは神殿の見慣れた自室にいて、ソファーに腰掛けていた。 麻布の囚人服ではなく、高価な絹の衣服に身を包まれて。 対面の席には王太子リュシアン・ベルフォールが深刻な顔で座っている。


リュシアンは整った顔に愛想笑いを浮かべる。


「やあ、リゼ。 久しぶりだね。 今日は君に話があるんだ。 楽しくないコトかもしれないけど聞いて欲しい」


リゼットは速やかに、自分が過去に戻ったことを理解した。 そして過去のどの時点に戻ったかも。


(ここは...... ちょうどリュシアン様が私に婚約の破棄を迫るところ)


もう数時間でも過去に戻してくれれば気持ちの準備を出来たが、神は意外と気が利かない。 ともあれ、婚約破棄を求めるリュシアンの言葉をもう二度と聞きたくない。 辛いシーンを再体験したくない。 かくなる上は先手必勝。 リゼットは機先を制することにした。


「むしろ私のほうから話があります。 本日をもってリュシアン様との婚約を解消させて頂きます」


リゼットの言葉は、本人が思ってもいない効果をリュシアンに対し発揮した。 リュシアンが怒りにみるみる顔を赤く染める。


「ぶっ、無礼な! 僕に不満があるというのか!」


リゼットとの婚約解消を望んでいても、リゼットから解消を申し出られるとプライドが傷つくらしい


リュシアンの反応にリゼットは、きょとんとする。


「ですが殿下は今日、私との婚約を解消しにいらしたのですよね?」


「なっ、何故それを!」


リュシアンの疑問を無視して、リゼットはテキパキと婚約解消の手続きを進める。


「では合意書を出してください」


「え?」


「合意書です。 婚約解消の。 そこにお持ちですよね?」


一度目の経験から、リュシアンが今日ここに合意書を持ってきていると知っている。


「くそっ!」


リュシアンは王太子にあるまじき罵りと共に懐から書面を取り出し、テーブルの上に叩きつけた。


リゼットは文面に目も通さず、署名欄に自分の名前を手早く記入。 ペンを置いて、席を立った。


「ではご機嫌よう。 もう二度と会うこともないでしょうけれど、お達者で」


「まっ、待てリゼ――」


引き止めようとするリュシアンの声に背を押され、リゼットは応接室を出た。 閉めた扉の向こうで尚もリュシアンの声が聞こえるのを放置して、リゼットは自室へ向かう。 荷造りのためである。


(急がなきゃ。 リュシアン様は前回よりもご立腹。 冤罪の成立を急ぐかもしれない)


速やかにこの国を脱出する必要があった。 聖女の仕事を放り出すのは心が痛むが、後輩の誰かが聖女のポジションを引き継ぐだろう。


足早に回廊を歩きながら、リゼットは考える。


(私の後任は誰かしら? ノエル? それともマリアンヌ? 2人ともまだ頼りないけど――)


聖女の役目は、神の話し相手になり無聊(ぶりょう)を慰めること。 その対価として神は国に加護を与える。 災害や飢饉を抑制し、人心を穏やかにする。 だから聖女たるもの神に会えねば話にならないが、ノエルもマリアンヌも意識の周波数を上手く神に合わせらない様子。 加えて、神との相性も未知数だ。


リゼットはセザール王国が心配になった。


(......私がいなくて大丈夫かしら、この国)


でも今は、自分を処刑台に送り込んだ国の心配をしている場合ではない。 一刻も早く国外に脱出せねばならない。 リゼットはさらに歩みを早めた。


(もう二度と、あんな所(ギロチン台)になんて上がるもんですか!)

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