第1話 絶望の公開処刑
元聖女のリゼット・ラングロワは、2人の獄卒に両脇を抱えられて、処刑台が待つ王都の広場へ連行されてきた。
冬の冷気は薄い麻布の衣服を容易に貫き、リゼットの肌を刺す。 靴を履くことを許されぬ素足は、寒さに悴み感覚を失っている。 両手首を後ろ手に縛る荒縄が肌に食い込む。 1週間の獄中生活により、蜂蜜色の髪は汚れてボサボサだ。
広場はリゼットの斬首を見ようと集まった観衆で溢れかえっている。
「来たぞ、聖女だ!」
「へへっ、震えてやがる」
「さっさと舞台に上げろ!」
ギロチンによる公開処刑は、民衆にとって格好の娯楽だ。
処刑台にいちばん近い最前列を占めるのは、広場の近辺に住む主婦たち。 リゼットの登場に興奮し、お喋りが熱を帯びる。
「ほ~ん、なかなか可愛い顔してるじゃないの」
「さて、どれだけ取り乱すかしら」
「あれが聖女? 首が細いから、すんなり刃が通るわね」
主婦たちは、椅子を手に早い時間からやって来て場所取りをしていた。 処刑見物にいちばん熱心な層なのだ。
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リゼットを連行する獄卒の前で、衛兵たちが群衆を追い払う。
「どいたどいた!」「道を開けろ!」
衛兵が持つ槍の穂先を恐れて人垣が割れ、処刑台への道が作られた。 前方にギロチンが全貌を現す。 リゼットは自分を処刑する道具を見上げた。
(なんて高い――)
リゼットが処刑される様を群衆に見せるため、ギロチンは舞台の上に載せられている。 ギロチンそれ自体にも高さがある。 二階建ての家ほどの高さだ。 ギロチンの最上部で、重厚な白刃が冬の太陽の光を反射する。 リゼットは眩しさに目を細めながら、ギロチンの刃を睨む。
(これがギロチン。 私を処刑する道具......)
歩みが止まりかけたリゼットを獄卒が罵る。
「しっかり歩け!」
獄卒に引きずられそうになり、リゼットは歩みを再開した。 むりやり処刑台へと連れて行かれるのではなく自分の足で処刑台へ向かいたかった。 自分の罪が冤罪で、処刑される理由が皆無であるにしても。
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広場を見下ろす位置にある建物の二階や三階も、見物人で一杯だ。 リゼットの公開処刑を一目見ようと、ベランダに出たり、窓から顔を覗かせたり。 特等席は市庁舎2階のバルコニー。 処刑台の正面に位置し、ギロチンの刃で罪人が首を切断される様を余すところなく見物できる。
市庁舎のバルコニーに立つのは、リゼットの元婚約者である王太子リュシアン・ベルフォール。 22才。 軍服に身を包みマントを羽織る姿は、まことに凛々しい。 獄卒に両脇を抱えられ広場に入ってきたリゼットの痛々しい姿から目を背け、彼は屋内に戻ろうとする。
「やっぱり見たくない。 僕は中で待ってる」
隣に立つ派手な美女が、リュシアンの腕を取って引き止める。
「なりません、リュシアン様」
黒髪黒目のこの女性は、公爵令嬢カミーユ・ヴィニエ。 豊かな胸と八頭身の体を、毛皮をふんだんに使った贅沢なコートに包んでいる。 カミーユはヴィニエ公爵の自慢の娘であり、昨年17才になって社交界へのデビューを果たすや、あっと言う間に社交界を掌握した。
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リゼットが今こうして断頭台で処刑されようとしている原因は、ひとえにカミーユにある。 次期王妃を目指すカミーユは、王太子リュシアンの婚約者だった聖女リゼットの目を盗んでリュシアンに接近した。 美しい顔と魅力的な体で王太子を誘惑してリゼットとの婚約を破棄させようとした。 リゼットが婚約破棄を拒むと、法務大臣の職にある父親ヴィニエ公爵の権力を用いてリゼットに不貞の濡れ衣を着せた。 ヴィニエ公爵は娘を将来の王妃にできるとあって、意欲的に娘にそそのかされた。
不貞の冤罪により、リゼットは聖女の地位を剥奪され、王太子との婚約を破棄された。 王太子の婚約者だったリゼットの姦通は不敬罪でもある。 ゆえにリゼットは死刑を宣告され投獄された。 リゼットが獄中にいる1週間のうちにカミーユは王太子と婚約した。
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カミーユはリュシアンを引き止めると同時に身を寄せ、彼の腕を両腕で抱え込んでいた。 ゆえにリュシアンはカミーユを振りほどけない。 力では振りほどけるが、押し付けられたカミーユの豊かな胸の感触と甘い香りの魅力は、男性の身には抗いがたかった。
リュシアンはカミーユに腕を抱えさせたまま吐き捨てるように言う。
「なぜ見なきゃならない? こんな悪趣味なショーを。 そもそも、なぜ処刑を公開する? リゼの気持ちになってみろ。 自分が拘束されて首を落とされる屈辱の場面を大勢に見られるんだぞ? 広場に集まった奴らの卑しい顔を見るがいい。 どいつもこいつも、リゼの首が切断されて転げ落ちるのを心待ちにしている。 まるでリゼが生贄だ。 猟奇的な祭りのな」
カミーユは17才とは思えぬ蠱惑的な声をリュシアンの形の良い耳に送り込む。
「リゼット・ラングロワの罪状は不敬罪。 王家のどなたかが処刑の執行を見届ける必要がございます。 両陛下が欠席される以上、リュシアン様に見届けて頂かねばなりません。 また社会秩序を維持するうえで、処刑の公開は不可欠です」
カミーユにとって今日の処刑は、リュシアンに語った以上の意味を持つ。 首尾よく聖女リゼット・ラングロワを罪人に貶め王太子婚約者の地位を奪ったが、リゼットは聖女。 神が介入してくる恐れがあった。 カミーユの暗躍が発覚すれば、今度はカミーユ自身が断頭台に登ることになる。 リゼットの首が胴体から切り離されるのを見届けるまで、油断ならないのだ。
「さあ、そろそろ始まりますわよ」
リゼットは既に舞台の上まで来ている。 それを見てカミーユが懐から取り出したのはオペラ・グラス。 公開処刑の見物には欠かせないアイテムだ。
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舞台の上で処刑人はリゼットに要求した。
「処刑板に横たわれ。 うつ伏せだ」
処刑板を前方にスライドさせて、リゼットの首をギロチンの刃の真下に差し出させるわけだ。
リゼットは屈辱に身を震わせる。
(くっ、自ら殺される姿勢になれですって?)
「早くしろ!」
焦れた処刑人が、リゼットを無理やり処刑板の上に載せようと手を伸ばす。
リゼットは身をよじって、それを躱す。
「やめて! 自分で乗ります」
後ろ手に縛られる不自由な体で板の上に膝を付くリゼットの視界に飛び込んできたのは、処刑台の正面に位置する市役所。 そしてその二階にあるバルコニー。 さらには、そこに2人並んで立つ王太子リュシアン・ベルフォールと公爵令嬢カミーユ・ヴィニエ。 カミーユは片手でリュシアンの腕を抱え込み、もう片手でオペラ・グラスを覗いている。
リュシアンとカミーユの仲睦まじい様子を見てリゼットは全てを悟った。
(っ! そういうことだったのね!)
2人の親密な様子からして、カミーユは今や王太子の婚約者。 リゼットが獄中にいる数カ月のうちにカミーユは、かつてリゼットが占めていたポジションに収まったのだ。
獄中でリゼットを悩ませた謎がスルスルと解けてゆく。
(突然の婚約破棄。 身に覚えがない不貞の罪。 どれだけ尋ねても誰も何も教えてくれなかったけど、すべてあの子が裏にいたと考えれば辻褄が合う)
勘と言えばそれまでだが、リゼットの勘は聖女の勘。 間違いないと考えて差し支えない。
明らかになった衝撃の事実に、リゼットの顔から音を立てて血の気が引いてゆく。 だが死刑囚には青ざめる時間も許されない。 業を煮やした処刑人の無骨な手が、リゼットの柔らかな肩を掴み、強引に処刑板に押し倒した。
「あっ」
リゼットが漏らした声に構わず、処刑人は処刑板に備え付けの革のベルトで容赦なく、そして手際よく、リゼットの体を処刑板に拘束した。
拘束されたリゼットの体を載せて、板が前方に押し出される。 首にギロチンの枷がはめられ、固定された。 うつ伏せにされたリゼットの視界の大部分はバケツが占める。 切断された罪人の頭部を受け止めるバケツである。 幾多の罪人の首と血を受け止めてきたバケツから、生臭い死の臭いが漂ってくる。
執行官が群衆に向けてリゼットの処刑を高らかに宣言する。
「この者リゼット・ラングロワ、リュシアン・ベルフォール殿下の婚約者でありながら姦通を働いた。 殿下に対する不敬である。 よって斬首の刑に処す!」
「待って! いま全部わかったの! あの子の陰謀なの!」
後ろ手に縛られる不自由な体でリゼットは必死に大声を出し訴えた。 極限的な緊張と興奮で、胸の中で心臓が暴れ、頭はどくどくと重く脈打つ。 しかし叫び声はバケツの中を打つのみ。 執行官には無論リゼットの声が聞こえたが、聞く耳を持つはずがない。 うるさいリゼットを黙らせようとするかのように、一際大きな声で処刑人に命令を出す。
「刃を落とせッ!」
リゼットは頭の中が真っ白になった。
(こんなの、こんなの納得できないっ!)
しかし世界はリゼットの納得に無頓着。 ガラン、と固定具が外れる無慈悲な音が響き、重い鉄の塊が落ちる凄まじい気配がリゼットの頭上に迫る。
(イヤっ、死にたくないっ!)




