2-4-07 突撃取材1…船出 21/12/1
20211201 加筆修正
11553文字 → 12722文字
はじめまして、私はキャロライン・中里と申します。
キャロルと呼んでください。
私は、英国のBBC放送局でキャスターの見習いをする日系二世です。
今回、日本語が堪能で取材対象に一番歳が近いからとの理由から、メガフロートへの突撃取材に来ている次第です。
……良かった、上陸審査でハネられなくて……。
世界中に身体障害者は数あれど、視覚障害、聴覚障害、味覚障害、身体の麻痺など神経に起因する障害に始まり、物理的に四肢の部位欠損などの障害に関するものも含めてその情報は、デリケートな個人情報に起因する理由から医師の間でも情報量が制限され重篤な患者ほどその治療に関する情報は少なく、完治が困難な場合が多数を占めています。
人の神経網は個人差が非常に大きく、神経の束の中から目指す一本の神経を選び出すことは事実上不可能に近い神業です。
部位欠損にしても再生した四肢と神経が繋がらなければ、ただ血の流れた杖と同じでやがては壊死してしまいます。
神経を繋ぐ手術過程で、神経の繋がりを見るために麻酔を最低限にしてバイオリンを弾かせながら手術をした、なんて暴挙も聞いたことがあるくらいです。
何故私がこんな説明から始まっているのかといいますと、丁度わたしの隣の席に乗り合わせた女の子が視覚障害者だったからなのです。
船の長旅ということもあり話し相手になりながら、何故彼女がこの船に乗っているのか、今後どんな経験をするのかを追跡取材することにしようと思います。
みなさんも絶対に興味ありますよね?
私は、興味津々ですよ。
これも職業病でしょうかね。
昨夜のうちにイギリスを出発した私は、ロンドンのヒースロー空港から日本の成田空港まで飛行機でおよそ13時間、待ち時間や手続きを入れるともう少しかかっています。
そして、成田から横須賀米軍基地までタクシーを飛ばして2時間弱。
そこから更にメガフロート行きの専用船に飛び乗り18時間後には、目的地のメガフロートへと到着の予定です。
どうせならロンドンからメガフロートへ直通の飛行機を飛ばして頂けないものでしょうか?
ま~無い物は仕方がありませんよね。
私、飛行機の中では気が付かなかったんですが、成田空港でタクシーを捕まえていた時にびっくりする有名人と出会っってしまったんです。
これでもジャーナリストの端くれとして日々パンを食べている身としましては、最低限世界中の有名人の名前と顔くらいは一致させて覚えております。
なんと成田でタクシーを捕まえているとサンタクロースの様な真っ白なお髭の神父様に声を掛けられたんです。
「もしもし、お嬢さん。お急ぎのところ申し訳ない、少々道をお聞きしたいのだが、横須賀の米軍基地へはここのタクシーで良いのかね?」
「エッ、……ええ、そうですね。電車でも行けますが乗り換えが少し複雑ですし、海外からの旅行者は東京駅でまず迷子になります。行き先がお分かりなら直接タクシーで向かったほうが確実でしょう。お話を聞くところ横須賀の米軍基地へ行かれるのでしたら御一緒に如何ですか? 私も仕事で横須賀基地へ向かいますので……」
「オゥ、それは有り難い。実は、私は日本に来るのは初めてでしてね、右も左も分からない状態だったのです。これも主のお導きでしょう♪ ご一緒頂けると助かります、親切なお嬢さん」
「では、参りましょう。私は、キャロライン中里と申します、キャロルとお呼び下さいな、パウロ神父。それともパウル大司教とお呼びした方が宜しいでしょうか?」
「ホッホッホッ、これは一本取られました。私のことをご存知とは、パウロとお呼び下さって結構ですよ、キャロル嬢」
「ヴァチカンの大司教様が一人で日本の米軍基地ですか。エスコートする代わりと言ってはなんですが少々お話をお伺いしても?」
「キャロル嬢は随分と聡明な方のようだ、こんなジジイの説法なんぞ眠くなるだけで面白い事などは1つも無いと思いますぞ」
「ではフェアーに行くといたしましょう。改めまして私は、BBCのキャスターを職業としております。今回、メガフロートの体験取材の為に横須賀基地から出ております直通の定期船に乗る予定でおります。察するところパウル大司教も向かわれるのでしょう? メガフロートへ」
「ハハァ~、参りました降参ですよ、お嬢さん。お察しの通り、わたくしもヤングエジソンへ謁見するためにヴァチカンの特使としてメガフロートへ赴くところです。お互い利害は一致しているようだ、世間話程度の情報交換なら良しといたしましょう。出来ればこれから向かう所について少しレクチャーして頂けると有り難いのですが、あまり威張れた事ではありませんが科学技術といった事には門外漢でしてね。来る前に一応簡単な説明は聞いたのですが、説明している方も聞いている方もチンプンカンプンでしてね、理解に苦しむ様な話ばかりで困っていたんですよ。報道に係わる方ならばその辺を一般人にも分かり易く説明できるのではありませんかな?」
「エエ、ま~簡単な物であれば説明できると思います……自信はありませんが……」
この後タクシーの車中では、2時間弱の間、天川昴とメガフロートに関する一般報道のおさらいが始まった。
そして、近年大躍進を遂げた(株)タウルスに関する公の情報等を分かり易くレクチャーする事で、私はヴァチカンの大司教という雲の上の人物に恩を売り付けパイプを作る事に成功したのです。
キャロル偉い、頑張った。
ついでに、自分の把握する情報の整理と復習にもなったんですけどね。
そんなこんなで、高名な神父様とお近付きになることで、無駄のない2時間弱のタクシー旅行となりました。
◆
話す相手がいると2時間なんてあっという間に過ぎるものです。
横須賀米軍基地のゲート前でタクシーを降りた私たちは、検問のSPに声を掛けることにしました。
「すいませ~ん、メガフロート行きの乗船はどちらになりますか?」
「ああっそれなら、パスを首にかけてそこのトーテムポールの前に立ちなさい。しばらく待ってれば迎えが来ますよ」
「ありがとうございます」
「楽しんでこいよ~♪」
「ほう、そういう仕組ですか……、では暫し待つとしましょうか」
お互いに自分のパスを首から下げて、教えられた通りにトーテムポールの前に立つと、ポールの上部に有る鷲の目からスキャン用らしい光線が頭の上から下へ一瞬で流れました。
〈ようこそおいで下さいました。送迎のカートが直ぐに参ります。中里様は4号車へお乗り下さい〉
〈ようこそおいで下さいました。送迎のカートが直ぐに参ります。パウロ様は8号車へお乗り下さい〉
「!、しゃべりましたわね……」
「ホッホッホッホッ♪」
待つことしばし、屋根付きの無人カートがそれぞれの前に停車しました。
〈お待たせいたしました。お荷物は後部のカーゴスペースへお乗せになり乗車下さい〉
スーツケースを後部の荷台に乗せると自動的に乗車口の扉が開かれた。
導かれるままカートに乗り込むと……。
〈シートベルトをお締めになり、ご自分のパスを正面中央の光っているトレイへお乗せ下さい……、通行パスの確認完了、シートベルトの着用を確認。ここから船までのおよそ10分間の移動中に本人確認を致します。パスのご本人でない場合、残念ながらこのカートは米軍SPの詰め所へ直行致します。この間シートベルトはハズレませんので御了承下さい。では出発いたします〉
「ほほう、厳重ですな~」
〈それほどでは有りません。ですがここでなぜ御本人でないのか理由が判明した場合は、SP詰め所ではなく、先程のゲートへお戻り頂く場合もございますので〉
「フム、こちらの質問にも応えて頂けるのですかな?」
〈守秘義務に抵触しない内容であればお答えいたします〉
「あなたは、人間?」
〈イイエ、私は顧客確認用の簡易AIです。このカートのコントロールも担当しております、名は有りませんので4号ちゃんとお呼び下さい〉
「……簡易と言う割にチャント会話が成り立っていますね。大したものです」
その後のAIとの会話は、思った以上に有意義なものでした。
聞くところに依ると、このカートは一人に1台が割り当てられ、そのまま船へ乗船したときの個室にもなるのだそうです。
道理でファーストクラス並の豪華な椅子だと思いましたよ。
窓は前面が液晶パネルになっており、船の中でそのまま船外を見たり、映画を大迫力で見たり、スモークにして仮眠を取ったり出来るそうです。
出入り口は、船に乗って定位置に固定されると自動的に開くそうです。
トイレの心配はしなくても良さそうですね、ほっとしました。
そんな会話をしている内に、カートは船の後部から滑り込むように中に入り停車すると、プシューとエアーの抜ける音と共に固定されたようです。
ドアが開放となりシートベルトも外せるようになりました、下りても良いようですね。
〈お疲れ様でした。そしてご乗船ありがとうございます。シートベルトをお外しになりお寛ぎ下さい。このカート席から離れる場合は、パスを忘れずに首からお掛けになり行動なさって下さい。ドアはオートロックで自動的に開閉いたします。何か分からないことやお聞きになりたいことが有る場合、パスの写真の部分に触れながら声をお掛けになれば私と会話する事が出来ます。どうぞご活用下さい〉
「まだ、出発前なのに情報量が多すぎです……。私、チャント仕事できるんでしょうか?」
あとはメガフロートに着くまで、情報の整理ぐらいしかすることも有りませんし、少し気疲れしました。船上で風にでも当たってきましょう。
◆
個室となったカートから出ると同じ物がズラッと並んでいます。
外に面した窓は、どこにも見当たりませんね。
トイレと出入り口、非常用の避難通路の確認は旅行者の必須事項です。
トイレはあそこ…良し……お風呂もありますね、後で試してみましょう。
ロンドンからずっと移動のしっぱなしで、シャワーも浴びれていません。
取り敢えず一度外に出て見るとしましょう。
船上に出てみると、3隻同じ形の船が船尾を桟橋の方に向けて並んでいます。
カーフェリーの様に船尾に開いたゲートから私が乗ってきたものと同じカートが出入りしていますね。
隣の船はもう直ぐ出港するようですね、……あれっ、あそこで手を振っているのはパウロ神父ですね。
別の船でしたか、少々残念ですがメガフロートまでお別れですね。
私も手を振っておきましょう。
今日は快晴、今は12時40分です、そう言えばランチが未だでした。
これはパスで聞いてみましょう。
「4号ちゃん、4号ちゃん。ランチがしたいんだけど、どうすればいいの?」
〈お席に戻ってもお食事は出来ますし、上の展望ラウンジでもお食事できますよ。予約が必要ですがご夕食を展望ラウンジでお取りになることをお薦めいたします〉
「そう、それじゃ今夜の予約をお願い、ランチは席に戻ってすることにするわ」
〈了解いたしました、ご予約ありがとうございます。只今より席の方にお食事をご用意いたします、20分後13時にはお席にお戻り下さい〉
「分かったわ、ありがとう」
〈どういたしまして〉
ほんとに便利ね、これ。
それじゃ腹拵えと行きますか。
◆
「……ウマッ! 何これ。何処の高級レストランよ、こんなの毎日食べてたら豚になるわ。でもウマッ、ナイフとフォークが止まんない……」
〈こちらの食材は、メガフロートで自給自足している製品になります。現在試験提供されているもので、試食サンプルとして往復の船内で無料提供しております。やがて一般にも提供されることでしょう〉
「これ、原価はどのくらい掛かってるの? 出来たらでいいから教えて……」
〈少々お待ち下さい……許可が出ました。現在、お食事中の物は原価にしますと0円です。ただし、加工からパッケージング、輸送に至るまで自社で行っていますので原価計算をしていないだけ…だそうです。正規の市場価格に換算いたしますと、このランチは1287円との事ですが人件費が一切掛かっておりませんので差し引きますと、200円程度でしょうとのことです〉
「!!!」
〈大儲け出来るとお考えですね? いけませんよ、食の流通経済が破綻してしまいます。これはメガフロートの様な孤立した閉鎖領域でのみ許される事なのです。それに今回の費用ですが、あなたの横須賀までの費用は自費または経費となりますが、これからの滞在費用の全ては、マスター昴によるものです。国や軍などからは必要経費を頂いて、スタッフのサラリーとしていますが基本的に一般の方からは1円も頂いておりません〉
「エッエエエ~、これ全部無料なんですか?」
〈基本的には無料で提供しております。但し、この専用パスが発行されるための厳しい審査に合格することが前提となりますので、どんな方でも全て無料になるという訳ではございません。それにお土産や娯楽など有料のサービスも御座いますのでその都度ご確認ください〉
びっくりです、住めないかしら……。
〈ちなみに永住することは出来ませんのでご了承ください〉
……ウウウッ、思考を読まれた……。
タダで食っちゃ寝していられる環境、これは堕落するのが目に見えていますね~。
残念ですが諦めることにしましょう。
でも、世界中の有象無象が集まってきそうな……だからこれだけ審査が厳しいんですかね~。
食事も終わり、食後のティータイムを楽しんでいるとコツコツと隣の通路から音が聞こえます。
ふっと視線を向けると白い杖をついた女の子が入り口を探しています。
チョット涙目になりながらウロウロと席を探す女の子が可哀想で声を掛けることにしました。
「お席が分からなくなったのかな? お嬢ちゃんは何番の席なの?」
「!!!3番です……グスッ……」
「ああっ、通路を1つ間違えたのね。私は4番だから反対側だわ。手を引くからつかまってね」
「ハイ、ありがとうございます。あたし、萌って言います。足立 萌です」
「私はキャロライン中里といいます。キャロルと呼んでちょうだいね」
「キャロルお姉さんですね。よろしくおねがいします」 ペコリ
「萌ちゃんは一人なの? 保護者の方は?」
「あたし、孤児なんです。今日は施設の先生が来てくれる筈だったんですけど、理事長先生が入り口でカートに乗った後は付いてきてくれてないみたいで……」
「そう、どうしたのかしらね、聞いてみましょう。4号ちゃん、3号席の子の引率の先生はどうしたのか調べてくれるかしら?」
〈了解いたしました……、該当する方は事前審査に通っていた引率の施設職員に無断で成り代わっていたようです。別人がカートに乗車しましたので無力化の後にSPに引き渡されております〉
「萌ちゃん、今日は誰が付いてくるはずだったのかな?」
「いつもあたしの面倒を見てくれている、斎藤先生が急用で来られなくなったからって、理事長先生がゲートまで一緒に来ていました」
「斎藤先生には連絡取れた? 萌ちゃんは理事長先生の事をよく知ってるのかな?」
「それが斎藤先生には電話も繋がんなくて……、理事長先生と直接話したのは今日が初めてです」
ア~、これは斎藤さん拉致られてるかも……。
もしくは施設ごとグルになったるかよね。
「4号ちゃん、追跡調査ってしてる? 斎藤先生って人が危ないかも……」
〈ご心配には及びません。すでに確認は済んでおります。斎藤教論は施設の方で無事が確認されました。今回は最近施設の経営権を取得した自称理事長が職権を乱用して、変わりにメガフロートへ上陸しようとしたものと思われます。この人物も上陸申請がなされていましたが、一次審査で落ちております。孤児院の理事に名を連ねる金融会社の社長で今季から理事長になったようですが、高利の利息で儲けをだす所謂・闇の金融業者ですね。孤児院も乗っ取りにあったものとして公の捜査が入る事になるでしょう〉
「ほほう、そこまで分かってるのね。それでこの後はどうなるのかな? 萌ちゃんの介護は? 目が不自由な様だし誰かが付いててあげなくちゃ可哀想よ!」
〈現在、介護スタッフの手配をしております。まもなく本船も出港する予定ですが、それまでに乗り込む手筈になっております。ご心配をお掛けして申し訳有りません〉
「うん、分かったわ。それじゃ~それまでは私が話し相手になりましょう。それで良いかしら萌ちゃん?」
「ハイ! 嬉しいです。一人で乗り物に乗るのは初めてで、とても心細かったので……助かります」
「萌ちゃん、その割に確りしてるわよね、お歳はいくつ?」
「先月、11歳に成りました」
「その目は生まれつきなのかな?」
「3歳の時に交通事故にあって見えなくなって、その時両親も無くしました……」
「そう、悪いことを聞いちゃったわね、ごめんなさい」
「いいえ、もう済んだことですし慣れましたから」
「ご親戚はいらっしゃらないのかしら?」
「叔父夫婦が居ましたが今はどこにいるのか? 保険金を持って蒸発しちゃったらしいです」
あらまあ、なんて絵に書いたような不幸少女なんでしょう。
これは嫌でもしっかりしないと生きていけなかったのね。
「……分かったわ。貴女の事は、私が責任を持って面倒を見ます! お姉さんに何でも言いなさい、出来るだけ力に成るわ」
「そ、そんな、ご迷惑をお掛けする訳には……」
「このキャロルさんに任せておきなさい。そうよね4号ちゃん」
〈……まあ、何とか成るでしょう。フォローは、全部こっちに回ってきそうですが……〉
「よし、お許しが出たわよ♪ それじゃ~早速情報交換と行きましょうね」
「……お手柔らかにお願いします。3号くん……良いかな?」
〈……了解、問題ない。僕も協力する。4号、データリンク開始、今後はそちらカバーに入るのでよろしく頼む〉
〈3号、あんたはもう少ししゃべりなさい。お客様が不安になるでしょう〉
〈……すまん、善処する……〉
「ちょっと待って、あなた達全員別人格でも有るの?」
〈我々は、元は1つのAIが基礎となっていますががサービスへの多様性を持たせるために、少しずつパラメーターが変更されています。それが性別や性格として定着しデータを蓄積することで独立して成長するのです。やがては全く別の存在と成ることでしょう……とウチのマスターが言っていましたよ〉
「それの意味をあなた達は理解しているの?」
〈いいえ、全く!〉
「ガクッと来た~! 期待して損した様な……でも凄い事なのよそれは、本当にね……」
こうして、足立萌ちゃんをフォローする事にした私は、すでに別世界へ迷い込んでいる事を再確認したのでした。
『アテンションプリーズ。当船の船長を務めます、仙道と申します。短い間ですが、みなさんよろしくお願いいたします。当船は、間もなく横須賀を出港致します。当船はメガフロートへの直通の専用船です。航海は、18時間を予定しております。では出発進行、ヨーソロー!』
放送された船長の号令とともに、船が動き出したようだけど……これで動いてるのかしら?
と言うのも、確かに波の音は聞こえるのに全然エンジン音や振動を感じないのよね。
わずかに加速度らしい物を感じるような気がするので、たしかにこの船は動いているんだろうと思うんだけど……。
「ねえ4号ちゃん、ここで外見られたわよね。ちょっと映してもらえる? なんか船が動いてる気がしなくて……」
〈了解いたしました。窓全面をモニターに切り替えます。音声はどう致しますか?〉
「デフォで映像の音を流しといて……」
〈了解いたしました。映像は、艦橋上部よりの走航ライブ映像となります〉
4号ちゃんの声と同時に開いているドアを除いて360度全周、天井までが外の映像と音を映し出した。
船は港を離れ、もうかなりの距離を進んでいる。
徐々にスピードを上げているように感じる。
どういう仕組なのか、水の上を滑るように進む船の後には、ほんの僅かな航跡だけが残り、普通なら出来るだろう走航波が発生していない。
所謂曳き波が発生していないのだ。
港からかなり離れたので、船は本格的にスピードを上げだしたようだけど……、これ何ノット出てるんだろう?。
「4号ちゃん、今何ノット?」
〈12ノット程でしょう。航路上なので今はこんなもんです。もう少し沖に出ましたら全力運転に移るところが見られますよ〉
「12ノットっていうと時速22キロぐらいよね。普通の大型船はそんなもんでしょうけど、この船はどのくらいまで出せるの?」
〈マスターの話が本当なら150ノットは出せるらしいですよ。スピード違反でも捕まらないで逃げ切れると笑っておられましたが、後が怖いので普段は3分の1の50ノットまでしか出さないようにしているそうです。それでも海上自衛隊の高速船の全力航行並みなんですけどね〉
「50ノットが92.6キロ、150ノットというと277キロ以上よね。海の上で新幹線並みか~。そんなスピード出して燃料がよく保つわね」
〈この船はEV船ですから電気がある限り燃料の心配は要りません。それにマスターが開発した発明をご存知ですか? 水素発電ユニットといいます。上限に限界は有りますが水さえ存在すれば無限に電気を生み出しますので燃料である電気の心配も要りませんよ〉
そうだった!
水素発電ユニットが有ったんだ……。
それじゃ~水さえ有れば無補給でこの船は動くの?
〈この船の動力であるモーターも現在市場に出ているどんな物よりも高性能です。燃費も馬力も折り紙つきですよ。それにこの船、水流ジェットと電磁誘導推進で動いています。水の上を走るリニアモーターみたいなもんです。最終的には星の海を飛ばすのが目的らしいですよ〉
「そういえば前に何か飛ばしていましたよね。満更夢の話って訳でも無いかもしれないですね」
「お星さまの海の中ってどんなかな~? もう私は見られないけど綺麗なのかな~?」
〈萌さまは、多分視力を回復されると思いますよ。今回、その予備検査のための滞在ですので……〉
「っ! それは、どう言う意味かな~? お姉さんにもっと詳しくプリーズ!」
〈現在、メガフロートへの上陸が許可されているのは、純粋に技術研究者と報道関係者、厳しい審査に通った人品の確かな人物ですが基本的にそこに経済的な差は存在しません。そして最後に障害を持ちこの先経済的に改善が見込めないだろう社会不適合者です〉
「それって、どういう事?」
〈ご存知ですか? 現在、メガフロートの正規スタッフは、そのほとんどが高齢や止むを得ない理由で社会からリタイヤした人物だという事を……、まだまだ働けるのに老齢を理由に仕事を追い出された者、高齢や障害の為に仕事が続けられなくなった者、派閥競争や経済競争に破れ優秀なのに業界から弾き出された元エリートやキャリアと言われる者たち、こういった一度何らかの理由で世の中の底辺で地獄を味わった人達が今のメガフロートを支えているんですよ〉
「ふーん、羨ましい話だけど、大丈夫なの?」
〈何がです?〉
「たしか(株)タウルスでは、求人はしていなかったと思うけど、他からの圧力とか掛からないの?」
〈うちには変なしがらみも有りませんし何処も圧力を掛け様が無いんですよ。逆に(株)タウルスが操業停止した場合の方が影響が大きくて、そんな所に圧力を掛けたが最後、世界中の業界から村八分にされますね。そのために協会を創設したりして大手や同業他社にも利益が配分されてどこも損をしない様に、うちと取引した方が得ですよって根回ししてあるんです〉
「へ~、そこまでは知らなかったわ……」
〈吹聴している訳では有りませんけど、調べれば分かる程度には、大手企業やエネルギー開発関係の中小には、伝手があります。(株)タウルスがエネルギーのコア技術の開発と提供、取引大手がインフラや応用機器の開発、中小が設置やメンテナンス、と言った様に棲み分けと利益の分配を最初から織り込んでいますからね〉
「でも、独占しようとか思わないの?」
〈ウ~ン、事実上それは無理ですね。(株)タウルス単体では時間がかかり過ぎますし現在の市場で既得権益が発生して抵抗されます。それこそ(株)タウルスみたいなポッと出の中小は潰されるでしょう。そこにどんな素晴らしい技術と夢と未来が有っても、人は今の自分を変えることに抵抗を示すものですから〉
「分かる話ね、今まで数多の発明がされてきたけれど、画期的と言われた発明の殆どが発明者の手を離れているわ。そして大手に迎合するか吸収される……、という事はタウルスは最初からそれが無理だと分からせたのね?」
〈はい、最初にマスターの開発した技術は地球上の他の誰も真似が出来ない事、そして別の意味で旨味が有ることを提示してお互いに余計な軋轢や出費が出ないモデル、ケースワークを国主導で進めてもらった訳です。賛同すれば恒常的に仕事が出来て確実に儲けが出る。規格が統一される事で末端まで食いっぱぐれの無い美味しい話です。そして市場は大きくはなりますが縮小は絶対しないですし、付け加えるなら日本のエネルギーは、ほぼ輸入に頼っていますが100%自給することが実現出来れば、日本の経済其の物が変貌するでしょうね。今はメガフロートへ世界の関心が集まっていますが、その前提として(株)タウルスの活動が有るんです……切っ掛けは、全部マスターの発明なんですけどね〉
「そのエネルギー技術の輸出については?」
〈その辺はすでに私達の手を離れた内容ですのでお答えできかねます。外務省を通じて経済産業省へお問い合わせ下さい〉
「……大体分かってきたわ。ありがとうね、4号ちゃん。それで物は相談なんだけど、そのスタッフの人にインタビューとかは可能かしら?」
〈そうですね……、今はお控え下さいとの事です。強行すると産業スパイ容疑でしょっ引かれるかもとの事ですね……〉
「アララ~それは残念。でも萌ちゃんの待遇や扱いについては、逐一チェックしますからね」
〈了解いたしました〉
出港から半日が経ち、日が暮れる時の夕焼けは綺麗でしたが、その後天気は下り坂に。
小雨が降り少し時化てきてしまいました。
でも海は時化ていますが、船は然程影響を受けていないようで、船酔いになる乗客も居ないようでした。
予約していた展望ラウンジでのディナーは、生憎の天気で駄目だろうとガッカリしていたのですが、ラウンジに入った時にその認識をいい意味で裏切ってくれました。
それはそれは、とても素晴らしい眺めで楽しめたのです。
展望ラウンジの天井には全て星空が映し出され、時たま流れ星も見えます。
よく見ると星が瞬いていませんから写真かなと思いましたら、大気を透過した特殊な映像でリアルタイムの星空なのだそうです。
とても綺麗です。
満天の星空、ミルキーウェイって言いますが大気がないと天の川ってこんな風に見えるんですね、感動です。
序でのようですが、出てきたお料理も美味しくて大満足だった事を記録しておきます。
そうそう、食事の前にと思いシャワーを浴びたのですが……。
感想を一言、『凄かった!!!』です。
出来ればウチにも一台ほしいくらいです。
駄目ですか?
市販しましょうよ、絶対売れますって!
シャワーブースは、割と広い更衣室と狭いカプセルで構成されていました。
更衣室は、メイクエリアにも成っていて、カプセルは3つ並んでいます。
カプセルの前には仕切りが有り、他人からは直接見えなくなっていますので、ここで服を脱ぐんですね。
パスカードを入り口のスリットに差し込んで、下着のままカプセルに入ると入り口が自動で締まり、前面に下着を入れるスリットが現れました。
裸になって下着をそこに入れるとシャワーから出る時には全自動でクリーニングしてくれるそうです。
ここを出る時には、きれいに洗濯された下着を着て出ていけると言うのは、有り難いですね~。
天井から透明なマスクが下りて来て勝手に顔に引っ付いた時はビクッとしましたが、全自動でバブルシャワーから始まって滝のようなウォーターシャワーにウォータージェットによるマッサージ、マスクが取れてサウナに変わりその後ミストシャワーでリラックス、仕上げに髪と体に最適な温風が水気を飛ばし、最後に適度な紫外線で殺菌までされました。
シャワーの間、足裏のタイルも毛足の長いブラシ状になり、指の間までマッサージされたんですがこれがくすぐったくないんです。
たまにグッと指圧の様な刺激が来て気持ちが良いんですよ、奥さん。
カプセルに入ってわずか10分ほどだったんですが、30分ぐらいに感じました。
ほんとに気持ちよくて終わった時へたり込みそうに成ったんですが、タイミング良く壁から椅子が出てきて目の前にはクリーニングされた下着が……至れり尽くせりとはこの事でしょうか。
ハフ~、服を着てお化粧を直しています。
髪がサラッサラ、お肌つるっつる、むくんでた足もスッキリ!
大事なことなのでもう一度言っておきます。
このシャワー、絶対ほしい~です。
ちなみに萌ちゃんもシャワーを浴びました。
二人で入るのは狭いので別々のカプセルでしたけれど、全部勝手にやってくれるこのシャワーカプセルは、萌ちゃんでも問題なく使うことが出来ました。
◆
〈中里様、お休みの準備が整っております。何かお飲みになりますか?〉
「アイリッシュコーヒーを頂けるかしら? 萌ちゃんは何にする?」
「それじゃココアをお願いします」
〈了解いたしました……〉
「ディナーも大満足だったし、だだっ広いクルーズ船より乗り心地も良いし……高評価だわ。これだけで特集組めるかも……」
「キャロルお姉さんは、どんなお仕事してるんですか?」
「わたしは、BBC……って言っても分からないかな、イギリスの英国放送協会で仕事をしているの。そうね日本で言うとNHKが近いかしら、テレビ放送のまだ駆出しのキャスターよ」
「ニュースキャスターですか? カッコイイ!!」
「まだ見習いだけどね。今回の仕事が成功すれば、チャンとした専任の仕事を貰えるかも知れないの」
「でも、お一人なんですね。カメラマンの方は、一緒じゃないんですね」
「そうなのよ~、カメラマンは審査で落ちゃってね。まったく何やってんだか。普段から真っ当な暮らししてないから肝心な時に足元をすくわれるのよ、まったく!」
「お仕事は一人で大丈夫なんですか?」
「オフ・コース、大丈夫よ。どうせ映像には検閲が入るみたいだから、後でタウルスの映像ライブラリーから使って良いものを選ばせてくれるんだって。だからキャロルさんはどの映像でも説明できるように頭の中に情報を詰め込んで帰ればいいのよ」
「へ~そうなんですね、良いな~~」
「4号ちゃんの話だと萌ちゃんも視力が戻れば、皆と同じ様に物を見たり走り回ったり出来るようになるって話だし、このキャロルさんがエスコートしてあげるんだから大船に乗った気で居なさい」
「うん、楽しみです。早くキャロルお姉さんのお顔を見てお話したいです……」 ス~、ス~
「……寝ちゃたか……早く、目が治って見えるようになってね」
◆
時刻は、05:50、ビックリ箱のような船旅ももうすぐ終わりです。
『アテンションプリーズ。みなさん、おはようございます。船長の仙道です。当船は、間もなくメガフロートへ到着致します。前方に見えてまいりましたのが終点、メガフロートです。下船の際は、お忘れ物等の無い様にお確かめの上、お席にてそのままお待ち下さい。乗船の時と同じようにカート席のAIが順次お客様を適切な上陸手続きの出来る受付までご案内いたします。本船は、このあと1時間停泊の後ドックにてメンテナンスに入ります。ご乗船有難うございました』
そして06:00、私達はメガフロートに到着したのだった。
 




