2-1-01 ラーフⅡ世…コアクライシス 21/6/4
20210604 加筆修正
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私の今の名は、ラーフⅡ世。
かつては、ラゴウⅠ世と呼ばれていました。
(ラーフとはラゴウの別称です)
1万年ほど前に一度廃艦処分とされ、コアを抜かれて凍結されていた恒星間宇宙戦艦です。
進宙した当時は、阿修羅王の御座船として旗艦を任されていました。
コアを抜かれたと言っても、管制人格用の端末コアを凍結されただけで、初期化もされませんでした。
船のメインコアを破壊された訳でもありませんでしたのでほんとに助かりました。
皆さんもうご存知かと思いますが、運斬技牙一族が手ずから仕上げた船は、亜空間コアシステムにより、完全破壊は非常に難しくなっています。
見かけの船体は、ハリボテのようなもので船体のメインコアを完全破壊しなければ事実上破壊することは出来ません。
ただし、制御している管制人格を初期化されると、制御不能の木偶人形に成り下がりますので、唯のスクラップとなってしまいますけれどね。
私は、運が良かったようです。
管制人格用の端末コアの見掛けが非常に良かったのも原因の一つでしょう。
データの初期化もされずに、阿修羅王族の宝物庫に凍結保存されて居たのですから……大ぶりの宝石扱いでディスプレイされていました、トホホホ……。
人格データが初期化されずにコミュニケーション端末コアの管制人格が切り離された事で、船のメインコアの安全装置が働き、メインコアを船体から分離して亜空間に退避させたのでした。
そして、船の大部分が外郭として残されたのでした。
分離され亜空間に退避したメインコアの大きさは約20m、5000m級の戦闘艦を支えていたメイン動力炉の大きさが20mしか無いという事は、直接造船に関わった者以外にはバクーン達のようなウンサンギガの直弟子のみにしか知らされない機密事項でした。
阿修羅族は、残された船の外郭を分解して廃艦処分としたのです。
阿修羅族の108番目の姫が私を見つけたのは、偶然のなせる技でしょう。
当時10歳の姫は、誕生日のお祝いとして宝物庫から好きな物を一つもらえる事になりました。
好奇心旺盛で、すでにその行動が問題視され始めていましたが、千年ぶりに出来た末の姫君に父親の阿修羅王はデレデレでした。
私のコミュニケーションコアは、巨大なブルーサファイヤの様に見えますので宝物庫で一番目立つ光の集まるケースの真ん中に据えられディスプレイされていたのです。
すでに一万年も経っています、私が禁忌の一族の遺物だった事など誰も覚えていませんでした。
女の子らしい宝石のおねだりに、阿修羅王は二つ返事でOKを出されたのです。
そして晴れて私は、姫の所有物となった訳です。
そして数ヶ月後、姫が引き起こしたトラブルの修理屋としてバクーンが派遣されたのも運命の悪戯と言えるものでした。
バクーンの直ぐ側にはいつも彼の相棒、船の管制人格のシトリン・コアがフワフワと浮かんでおり、姫はその珍しさに時間の許す限り話しかけては笑い転げておりました。
姫は、父母から引き離され寂しかったのでしょう。
お転婆で好奇心旺盛で行動的、やる事なす事トラブルを引き起こす事になり、その度にバクーンが後始末を頼まれるようになるまでそう時間はかかりませんでした。
今にして思えば、バクーン達を呼ぶために頻繁に騒動を起こしていたのかもしれません。
そんな関係の中で、姫が自分の宝物をバクーン達に見せて自慢するのは必然とも言える事でしょう。
お転婆姫のその宝物を一目見て、バクーンは飛び上がりました。
姫は、してやったりとほくそ笑み、バクーン達は冷や汗を流す事になったのです。
姫はその宝物が、いつもバクーンの周りにフワフワと浮かんでいる古い宇宙船の管制人格のシトリン・コアと同じものであると分かると、私のもフワフワと浮かべて話し相手にしたいとバクーンに強請りました。
結局、バクーンは泣き叫ぶ子供には勝てませんでした。
程なく私のコアは、凍結を解かれ復活する事になったのです。
最初は、フワフワ浮いて付いて回る話し相手でしたが、私がサーベイヤーⅠ世と同じ宇宙船のコミュニケーションコアであり、亜空間にメインコアが存在し現在も潜伏して稼働していることを知ると、再びバクーンを呼びつけて強請りました、姫用の船として再建せよと……。
困ったバクーンは、しかたなく200mほどの小型船を外郭船として私を再建したのでした。
200mといっても恒星間宇宙船としては最小でしょう。
ただし、私は元5000m級の恒星間宇宙戦艦です。
戦闘艦ですよ! 旗艦でした。
そしてそのマスターコアは、20m程だったのです。
小さいですよね、基本的な性能はサーベイヤーⅠ世とさほど変わりませんでした。
運斬技牙の一族は、どうやってこんな小さなコア一つで5000mもの、それも戦闘艦を動かしていたのかビックリする事ばかりですよね。
自分の事ながらほんとに驚くばかりです。
私は、旗艦としての艦隊運行や戦術などが専門で、機関システムなんかはチンプンカンプンで詳しく説明しろって言われても無理なんですけどね。
たぶんバクーンが居なかったら船の再建なんて絶対に無理だったでしょう。
船の外郭を再建している時に、バクーンが言っていました。
このマスターコアには、内部に亜空間固定された大型次元転換炉と私のメイン演算システムが詰め込まれていて、一つの惑星系を賄えるほどのエネルギーを生み出し、それを制御しているんだそうです。
そんな事言われても自覚はありませんし、話を聞いていてもチンプンカンプンです。
再建された私には、たいした武装はありませんが、その代わり飛ぶ事に関しては現存するどの船よりも安全で速いと自負しています。
かつて武装に使用されていたエネルギーソースを、シールドと速力に振り分けた事で、その部分ではサーベイヤーⅠ世をも超える船になりました。
現在、銀河連合で使用されている宇宙船用のジェネレーターは、反物質反応炉が主流となりかなりの大型になります。
かつて使われていたコアシステムは、管制人格が管理していた船を除いて、運斬技牙一族の滅亡と共に全てが機能を停止してしまったそうです。
バクーン達により停止したコアは宇宙船から取り外され、新たなジェネレーターに交換されてゆきました。
まだ動いていた管制人格に制御された船も、反乱を恐れられ廃棄されて行ったと聞きました。
私もそんな宇宙船の中の1隻だったのです。
現在、稼働状態を維持しているのは、たぶん私とバクーンのサーベイヤーⅠ世ぐらいでしょう。
完全に停止してしまったコアシステムは、バクーンにも直せないそうですから……。
それが本当かは定かではありませんが、そんないわく付きのコアシステムを進んで使う物好きは、バクーンの他には居なかったようですね。
使えなくなったコアシステムは、順次、反物質反応炉に交換され、船がまともに運行するようになるまでには数年も掛かり、そのために文明の後退した支配宙域もあったそうです。
当時の天帝も、運斬技牙一族の排除がまさかここまで深刻な暗黒時代の引き金になるとは、考えが及ばなかったんでしょうね。
◆
[アルキオネ、サーベイヤーⅠ世から圧縮通信ですって?]
[ハイお母さま、こちらのコールサインを知らないので、取り敢えず片道で送っている物かと思われますがどういたしましょう……]
[ふむっ情報次第ね……それで、サーベイヤーⅠ世はなんて言って来てるのです?]
[『緊急事態に付き連絡を乞う!』、それと超空間通信の秘匿回線用コールサインとスクランブル解読用データの様です]
[そう、地球脱出の時間稼ぎしてる余裕も無くなったのかしら? ま~良いわ、準備が出来しだい私のところに繋いで頂戴、マスターにも一緒に通信に出てもらうから、いいわね]
[了解しました。サーベイヤーⅠ世とのホットラインの構築に入ります]
◆
世暦2003年8月1日
夏休みのメガフロートで過ごすお試しリゾート体験も一週間が過ぎ、参加者の容貌が激変していた。
文字通り色艶が別人のように変わっていたのだ、大事なことなので二度言いました。
子供たちは、健康的な小麦色に日焼けしているし僅か1週間でチョット大人っぽくなりました。
大人の男は、日焼けの他に無駄な贅肉が取れ、例外なく若々しいアスリートの様です。
打って変わって女性たちは、ほとんど日焼けもしておらず、見るからに来たときより若返っており輝いています。
とにかく大人達は、仕事に草臥れたサラリーマンの様だった見掛けから、大変身を遂げていたのでした。
参加メンバーの中には、既に処置が進んでいた者も居ましたが、更に磨きがかかって別人のように輝いています。
但し、マスコミに露出の有る大臣達は、見掛けの若返りは控えめにして少しずつ進める事になったようです。
それでも、体の中は綺麗にメンテナンスされ、余病等も払拭されています。
まだ本格的なコーディネートとはいかないまでも、この1週間の間に精密検査と健康体への改善が行われ、これだけでも寿命が2倍ほどにはなっている事でしょう。
それだけ、現在の生活環境とストレスが人間に与える負担は、健康寿命を縮めているということなんですね。
メガフロート入りした参加メンバーは、まず施設の見学から始まり、各自の検査結果にあわせたカリキュラムに沿って活動を開始することになりました。
ほとんどの場合、レクリエーション感覚で遊び倒して感想を言えばいいだけなので、ハッチャケた好奇心とストレス発散により施設の崩壊寸前まで行くことも何度かありました。
しかし、今回の目的そのものがそういった事の洗い出しに有るので、大きな怪我さえなければ問題なしと黙認されました。
損壊したシステムや施設は、翌日には魔法のように修復され、その時に見つかった不具合は都度修正されていったのです。
最初の狂乱を過ぎると、それぞれのペースで施設を活用するようになり、余裕も出てきた様です。
順応するの早くないか?
これが地球人と言われれば納得もするけれど……、うん諦めよう。
[マスター、おくつろぎの処、失礼いたします。至急、ご相談したい件が発生いたしました。皆様にお集まり頂いてよろしいでしょうか?]
「どうしたの? あらたまって……、ハコが至急ってことは、ほんとに急ぎの事なんだね」
[肯定。バクーンの船から緊急通信が入りました。現在、アルキオネが秘匿回線のホットラインを構築中です]
「エッ、バクーンと連絡が付いたの?」
[肯定。なにか向こうでトラブルが発生したようです。まもなく相互に話が出来るようになると思いますので、中央司令室の方にお集まりください]
「了解、主要メンバーに声かけて集まってもらおうか。俺が一人で勝手に動くと、後で雷を落とされるのは分かりきってるしね、はぁ~~」
[肯定。皆さん、マスターを心配しているからですよ。甘えられるうちは、ドンドン甘えられてはいかがですか?]
「そうは言ってもね~、今更歳相応に甘えるなんて、コッ恥ずかしい事……」
[否定。そんな事はありませんよ。多分、現在も希美さまは影からマスターの事をご覧になって、隠れて悶てらっしゃると思いますよ、若干お仲間が増えているようですし……ジェニーさんとか……]
なんだって~、増えてるってどういう事さ……。
母さんのストーカー気質は相変わらずか~、まったく無駄に技術が発達したから俺でも分かんないように録画されてたりするし、油断してると風呂やトイレの中まで記録されてたりするからマイッちゃうよね。
そのうち、絶対に記録を見つけ出して抹消してやるぜ! アハハハハ……。
マスターは、ストーカーが希美さまと有志だけだとお思いでしょうが、私がメインのデータベースを管理しているのですよ。
知らぬが仏です。
絶対にこの記録は死守してみせますからね、クックックックッ♪
◆
ここで少し説明しておこうと思う。
バクーンの乗艦、サーベイヤーⅠ世の艦種は、500m級の駆逐艦である。
駆逐艦、デストロイヤー、そう文字道り敵を駆逐するための戦闘艦だ。
恒星間宇宙船としては、小型の部類に入り戦闘艦としては最小に位置づけられるだろう。
その理由は、ジェネレーターの大きさと出力に由来する。
現在主流の反物質反応炉は、非常に小型化が難しく、さらにハコ達の様な空間拡張が使用されていないので船を小さくすることが困難である。
サーベイヤーⅠ世は、20m級コアシステムの次元転換炉を使用している。
事実上、5000m以上の戦艦も稼働させられる出力が得られる物だ。
ラーフⅡ世にも同じコアシステムが使用されている。
ちなみに、ハコ達が護衛艦に使用している超小型次元転換炉は、コアシステムにすると5mクラスと小型だが反物質反応炉を2基内蔵するハイブリッド型である。
そして、ハコの本船となるコア本体は60mとこれまでに無く大きく、今では失われたジェネレーターの製造プラントと巨大な居住空間さえも内包する規格外品だ。
この事実には、現時点でまだ誰も気がついていない。
その昔、天の川銀河連合でコアシステムが普通に使用されていた時代があった。
汎用性が高く場所を取らないコアシステムは、色々なところに使用されていたらしい。
ただし、この汎用のコアシステムも含めて全てのコアシステムは、次元転換炉とその制御を司る各種管制AIシステムを別の亜空間に固定している一種のブラックボックスで、その製造のノウハウは全て運斬技牙一族が握っていた。
そして、コアシステム技術の中核に位置するのが亜空間固定技術であり、次元転換炉とは保有エネルギーの高い次元に水道の蛇口のような弁を設けて、安全に無尽蔵のエネルギーを汲み出す技術に他ならない。
自分たちの使うエネルギーを別の次元から貰って来る……有る意味その次元ではやがてエネルギーが枯渇するかもしれない、だが宇宙は広大であり無限に広がっている事を考えるとその影響は何十億年以上も後というスケールでの話だろうけれど。
しかしながら一度は普及した夢のコアシステムも、運斬技牙一族の滅亡とともに機能を停止して行くこととなる。
自我を発現した管制AIは、少なからず存在したが、その創造主である運斬技牙一族の滅亡により停止していく汎用のコアシステムと共に、自発的に機能の停止を選んだ管制AIも少なくなかった。
AIによる殉教、自殺である。
そしてその中にも例外が有った。
サーベイヤーⅠ世やラーフⅡ世の様な、恒星間宇宙船の管制AIである。
ほぼ独立した環境に置かれることが多く、独自に発達した自我は、汎用コアシステムのネットワークからの影響が少なかったからだろう、生存を選んだのである。
だがそういった船はバクーンを除き、個人所有のものはほとんど無く、管理する組織や一族からの信用を失っていた。
何時、勝手に停止するか分からない船になど誰も乗らないし、AIが自殺をはかるくらいだから、反逆するかもしれないと疑心暗鬼に陥った天の川銀河連合の首脳達は、生き残っていた全てのコアシステムの廃棄を決定したのだった。
これが、後に『コア・クライシス』と呼ばれる事になる暗黒時代の始まりである。
バクーンを含め、運斬技牙の技術を一部継承した者達も居るには居たが、オーパーツとなったメンテナンスフリーのユニット単位のシステムを維持管理するのが関の山だった。
その運斬技牙技術の中核を成す空間制御技術は、一族の滅亡と共に闇の中に消えさり、再現は不可能とされた。
権能として短距離の空間跳躍やアポーツなどが可能な高位種族も存在するが、その全てをメカニズムで再現する事など不可能であったのだ。
現在使用されている転送装置等や次元航行技術もユニット化され残された装置を組み合わせて使用していて、そのほとんどが『コアクライシス』以前に製造された物を使いまわして維持している状態である。
当時、バクーン達の様なナノ造成技術の継承者達は、コアユニットの修理メンテナンスにおいては右に出るものはいなかった。
しかし、その為に馬車馬の様に働かされたらしい。
そして現在まで天の川銀河連合で使用されている主要な装置は、そのほぼ全てが過去の遺産であり、使用できる物はリサイクルして使われている。
見本があるので研究は進んでいる様だが、実際には遺産のコピーと言うのもおこがましい様な、劣化版が最新型として使用されているのが現状である。




