75:お父さんと話して…
076
「お疲れさまでした……」
大阪での現地調査が終わると……高級車が迎えに来て待っていた
「まあ……自分で帰れるって言ったのに……」
「せっかく親切に送ってあげようとしてるのに…もっと人の好意を受け取ることを覚えなさいよ…」
迎えに来たのは他でもない……お嬢様サラヤシキだった……
「それでこの後はニシオたちが吸血鬼の手下どもを片付けるんですよね 俺はただ追加の情報を集めに来ただけで…なんで俺が呼ばれたんですかね…」
俺は皮肉っぽく言った……吸血鬼絡みの事件なんて吸血鬼にやらせればいいだろうに……
「安心感を与えるためよ」
相変わらず容赦のない物言いだな……
「マジですか? 俺、ナオちゃんとニューヨークで映画のスパイみたいな任務やったことあるんですけど…なんで俺がおまけ扱いなんですかね…そんなことなら連れてこなくてもよかったのに…」
「あんたを9年前みたいに吸血鬼と戦わせたりしたら、あんたの可愛い彼女や子供たちに恨まれるに決まってるでしょ…」
「じゃあなんで俺を連れてきたんですか?」
「だから言ったでしょ……安心感を与えるためだって」
「幼馴染にこんな扱いするか普通?」
「何が幼馴染よ…私たちが知り合ったのは中学の時でしょ…原則的には私とあんたはただの主人と従者の関係でしかないわ…」
まるで俺を犬みたいに扱いやがって……でもこの女らしいっちゃらしいな……三界一性格が最悪なお嬢様だよ……
「確かに中学であなたと話すようになったのは事実ですけど……でも俺たち二人は幼稚園から同じ学校に通ってましたよね……」
「ちょっと話したことがあるだけでしょ このアイマスクをもらったのと……あと一回抱きついてきたことがあるくらい……それは幼馴染とは呼ばないわ……」
はあ……こいつ……体だけ大人になった本物のガキだな
「はいはい……俺の負けです……あなたの勝ちですよ……」
車は阪神高速に乗った……妙に狭くてカーブの多い高速道路だったが……おかげで大阪の街の美しさを存分に見ることができた……
大学の頃から東京を出たことがなかったから……大阪の夜景に少しばかり心を躍らせていた……
世界中いろんな国に行ったことがあるのに……それでもまだこんな子供みたいなワクワク感が残っているんだな……
「大阪……か?」
「そういえば……アキト君はここでまだやることがあるんじゃないですか……」
彼女の口調はどこか俺を挑発するようだった……まるで俺がこの場所でやりたいことがあると分かっているかのように……
それは俺がずっと避け続けてきたことだった……
「いや……あとは休んで東京に戻るだけですけど……」
「本当に?……」
彼女は俺をじっと見つめた……誰も拒否できないようなプレッシャーのある視線を向けて……
はあ……この女……本当に恐ろしいな……
「じゃあ……道頓堀で降ろしてもらえますか……」
車は小さな路地に停まった……
「はい、これ……電車の切符買っておいたから……朝の始発逃さないようにね……」
「優しいですね……それでお嬢様はもう帰るんですか?」
「うん……成田に兄さんを迎えに行かなきゃいけなくて……じゃあね……」
「はい……また……」
もしかしたら……お嬢様が俺をここ大阪に連れてきたのは、このことのためだったのかもしれない……
俺はあるラーメン屋の前で立ち止まった……どこにでもあるような普通のラーメン屋だった……しかし……この場所こそ……俺が絶対に足を踏み入れる勇気がなかった場所だった
危険な場所でもなければ、幽霊が出る場所でもない……
ただの普通のラーメン屋……俺の実の父親の店だった……
「どうするかな……」
俺は店の中に入っていった……日本中どこにでもあるようなシンプルなラーメン屋だった……特に変わったところはない……
「ああ……悪いね兄ちゃん……もう閉店なんだよ……」
中年の男が……そこまで年老いてはいない男がカウンターに立っていた……俺より少し背が低く、坊主頭で、薄く髭を生やした、人生経験豊富そうに見える親父だった
「…………」
俺は固まった……どうしていいか分からなかったから……こいつが俺の父親だ……そうだ……
俺が二番目に憎んでいる人間だ……今すぐ殴りかかるべきなのか……それとも罵詈雑言を浴びせるべきなのか……
でも俺はそうしなかった……
怖かったからじゃない……でもあの憎しみの感情が、なぜか急に消えてしまったんだ……
どうしてだろう?
「あの……あと三十分だけ店開けててもらえませんか?」
彼は店中に響くほど大きく笑った……どこにでもいそうな親父らしい笑い方だった……
「いいとも……ラーメン二杯くらいなら奢ってやるよ……座りな……」
彼は丼を取りに行き……そしてまたガスコンロに火を点けた……
「いい雰囲気の店ですね……落ち着きます……」
「そうだろ……」
俺と同じ話し方だな……まるで大人になった俺自身みたいだ……
「最近どうだ?」
シンプルな質問……心から聞いているのが分かった
「まあ元気です……前よりずっと友達も増えて……それに彼女もできました」
「当ててやろうか……その子17だろ?」
いかにも青山らしい嫌味な言い方だった……
「よく分かりますね……」
「まあな……俺がお前の母さんと付き合ったのも17の時だったからな……でも信じられないな……お前がその子より八つも年上だなんてよ……」
「うるさいなジジイ……自分だって彼女を17で妊娠させたくせに何言ってんだよ 未成年略取もいいところだろ」
「まあ……あの頃は年齢にそこまでうるさくなかったんだよ……若気の至りってやつさ……」
親父は最初のラーメンを俺に出してくれた……俺は形式的に手を合わせてから、美味しそうにラーメンを食べた……
「うまいな……」
「当たり前だろ……俺の息子なんだから……」
俺は何も言わずにラーメンをすすった……本当に美味しかったから……
俺は丼を空にした……そして親父はもう一杯作りに戻った……
「なあ親父……」
「ん?……」
「それで……母さんは?」
俺とミフユがずっと知りたかった質問だった……ほとんど世話もしてくれず、会いにも来てくれなかった人を探しているというのは、なんだか奇妙な感覚でもあった
「さあな……」
しかし結局は徒労に終わった……妹に約束した最後の希望が、瞬く間に崩れ去った……
正直言って……ニシオたちに探させても母さんは見つからなかった……情報が少なすぎたから……それに彼女自身、もう完全に姿を消してしまった人間のようでもあった……
「お前が生まれて三歳になった頃……まだ学生だった俺たち二人には、子供を育てるだけの金も分別もなかった……だから息子はイケダ兄さんとその奥さんのヒメコさんに預けたんだ」
「…………」
「俺たちは激しく喧嘩した……何度も何度も喧嘩したよ……それで母さんは……俺に耐えられなくなって……それで別れたんだ……」
「…………」
俺は親父を殴りたかった……
本当に殴りたかった……
「お前の母さんと別れてから、もう連絡を取ってない……それでここでラーメン屋をやって食いつないでるってわけさ……」
ラーメンが出された……俺はすぐには食べる気になれなかった……
「俺も何度もお前に会いに行こうとした……でも、子供を捨てたような俺が、息子に会う資格なんてないと思ってな……」
「…………」
俺はずっと黙っていた……痛みを感じていたから……
こいつは俺を育てられないからって捨てて……それから一度も会いに来なかった……
「俺は……」
それでも口を開いた
「俺はずっと思ってた……親父のことを憎んでるんだって……」
「…………」
「殴りたかった……親父に知ってほしかった……俺が今まで生きてきて何を経験してきたか……八歳の時から一人で家で寝て……ずっと一人で飯を食って……ずっと自分で稼いで生きてきた……ずっと一人でやってきたんだ……そしてあの日……母さんが俺に会いに来た、俺が16の時……」
「母さんは一人の子供を俺に預けてきた……その子を迎えに戻ってくるって言って……でも結局……母さんはまた俺たちを捨てて行った……」
「…………」
「親父に会ったらどう感じるか、自分でも分かってたはずなんだ……ずっと親父を憎んできたのに……なのになんで……なんで俺はそうしなかったんだろう……」
俺はただうつむいて立っていた……二十数年間溜め込んできたことを口にしながら……短い言葉だったけど……今までで一番力強い声で言えた
親父はゆっくりカウンターから出てきて……俺を抱きしめた……
息子を心配する父親としての抱擁だった……
心の底から……
「お前はただ大人になったんだよ、アキト……お前はただ大人になっただけだ……」
親父は静かにそう言った……あの頃、俺を冷たく捨てていった人とはまるで別人のように、穏やかだった……
時が経てば……時間が俺たちがどんな人間になるかを決めてくれる……
何かは……ただ話すだけで解決することもある
俺はよくファンにそう言っている……そして今回のその言葉は……俺自身にも向けられていたんだ
「親父はよく分かってる……お前にしたことがどれだけひどいことだったか……でもどうであろうと……お前は俺の息子だ、ずっとな……」
「…………」
最近こんなに泣いてばかりだったっけ?……そうだな……よく泣いてる……
「親父にこんなことを言う資格なんてないと分かってる……それでも言わせてくれ……」
親父は俺を見た……真剣な眼差しで……
「すまなかった……全部……」
俺の親父は……俺に頭を下げた……頬に涙が溢れて止まらない俺に向かって……
何度涙を拭ったか分からない……今の俺は……肩に背負っていたものから解放されて、また自由に走り出せるような気がした……
「うん親父……俺は……親父を許すよ……」
ああ……俺って……
本当にダメなやつだな……




